11 魔法使いを追い込む世界 #マリー
「サミーさん。あの石で、人を殺したでしょう?」
動揺するサミーの退路を断つように、マリーは言った。
昨夜の魔法は、攻撃した方が、返された魔法で負傷した。つまり、最初に攻撃したのはサミーの方。
「まさか…嘘だ…嘘ですよね、マリーさん」
最初、サミーは否定した。
けれども、強い眼差しをマリーが向け続けると。
「…本当に? 本当に、あなたには、あの石と僕がやってきたことが視えると?」
ふるえる声でマリーに問いかけた。
マリーはやりきれない思いで、目を閉じた。
「あたしはただ、石の傷みが視えるだけ。でも…」
そこで一度言葉を切ると、あらためてサミーの目を見据えた。
「どうして? 街の人たちからも信頼されて、薬屋も繁盛して、それに市長選に立候補している方にも贔屓にしてもらってるって…」
「やめて下さい、マリーさん!」
そこで、サミーは爆発したように叫んだ。
「人々の信頼も、店の繁盛も、僕は……人を殺して手に入れたんだ!」
サミーは、自分の表の顔は、市長候補のトーマス・オットーの力で作られたものだと告白した。
市長候補と言えば聞こえはいいが、オットーは裏に回れば犯罪者組織のボス。孤児院も、オットーが裏稼業のために設立したもので、シスターはオットーの愛人だった。
「知らないでしょう、マリーさん。Bランク魔法使いは、住む場所を移動することも、旅に出ることも許されない」
「サミーさん…」
「僕には、この街しかなかった。だけど、この店の元の主人は、僕を雇ったせいで、街の人々から迫害されて死んだ。薬屋を継いでも客なんか来ない。オットーに言われるまま、手を汚すことでしか、生きてはこられなかった!」
サミーは悲痛な声で叫んだ。
マリーは、自分がここまで免れてきた制約に縛られる彼に胸を痛めたが、「嘘だね!」と、叫び返した。
「あんたなら、真面目に生きて、そのことに気が付いてくれる人を見つけられたはずだよ」
「そんなの欺瞞ですよ。マリーさんは魔法使いじゃないから、綺麗事が言えるんです」
「違う。だって、店の薬棚は整理されて分かりやすかったし、ノートには顧客の薬の合う合わないが細かく書いてあって…作られた信頼? そんなの最初だけだよ。信頼を維持し続けた力は、サミーさんの力じゃないか!」
「僕の…力?」
「もう人は殺したくない、薬屋としてやっていきたいと、真剣に相談したら、応えてくれた人が、どこかでいたんじゃないかな?」
そこまでマリーが言うと、サミーの頬を涙が伝った。
そのまま、手で顔をおおい、彼は静かに泣いた。
「ねえ、本当に誰かいないの? 協力してくれそうな人」
サミーが落ち着いたところで、マリーは言ってみた。
彼の返事は、
「……マリーさんが見た魔法石は十代目なんです」
というものだった。
マリーは声にならない悲鳴を呑みこんだ。
「そんな…」
それは、あまりに数が多すぎる。
人を一人、二人殺したくらいでは、魔法石は壊れないのだから。
「僕がオットーと懇意なのは有名な話なんですが、オットーの選挙公約は、魔法使いの選別です。良き者は取り立て、悪き者は排除する」
それをより印象付けるために、デモンストレーションしたのだと、サミーは語った。
たとえば、公衆の面前でスリ犯をサミーが取り押さえるような。
「犯罪者役をしてもらった魔法使いは使いまわせないし、下手にしゃべられても困るので、殺してきました。でも、昨夜は…」
そこでサミーは口を閉じ、ギュッとこぶしを握った。
「魔法で攻撃したら、返されたんだね」
「その…とおりです。防御は間に合わなくて、透明化の魔法で姿を消して闇にまぎれ、逃げたと思わせました。でも、あの男に、僕の魔法を返すことは不可能なはずだったんです」
「ああ…えっと、魔法を返すには、より大きな魔力が必要なんだっけ」
「ええ。僕は、奴の持つ魔力より大きな力で攻撃したんです。おそらく奴は、監査局のブラウン・イーグルが作った魔法返しの札を持っていたんだと思います。一ヶ月ほど前に勘のいい監査員を撃退して、終わったと思っていたのにな…」
「っ!」
薬を売るのと変わらない感覚で殺人を語るサミーに、マリーは胸を痛めた。
サミー自身が言うように、もう引き返せないところまで彼は来てしまっているのだ。
それに、サミーが仕掛け、返されて負った傷を鑑みれば、彼がいかに冷静に人の命を断とうとしていたかが分かる。
「おそらくブラウン・イーグル本人もこの街に来ていると思います。僕(Bランク魔法使い)を押さえるために。いまだこの店が静かなのが、奇跡的なくらいです」
ブラウン・イーグルがこの街にいる。
サミーの考察に、なぜかマリーはドキリとした。
「マリーさん」
「は…はい」
「マリーさんは、僕にどうして欲しいですか?」
じっとマリーを見つめ、サミーが言った。
「どうって…」
マリーは答えにつまった。
サミーが本気でマリーの意向を聞いているのは分かったが、通りすがりの自分に口出しする権利があるとは思えなかった。
(でも……真剣な問いには、真剣に答えなきゃ)
「あたしは……もうサミーさんに誰も傷つけてほしくない。……なんの力にもなれないのに、勝手なこと言ってるのは分かってるけど」
正直な気持ちを告げたマリーに、サミーはほろ苦い微笑を浮かべた。
それから。
一度うつむいた後、顔をあげた彼は、店の客にでも向けるような微笑みをマリーに見せて言った。
「ああ、そうだ。マリーさんの魔法…約束したのに、まだ解析できてなくて、すみません」
そこで、マリーは理解した。彼は彼の道を行くのだと。
「いいんだよ、あたしのことは」
マリーも精いっぱいの笑みを作って答えた。
サミーは少しだけ目を伏せて、「……が僕を選んでくれるなら」と小さくつぶやいた。
「え?」
「いえ、なんでも。マリーさん、色々とありがとうございました。ご縁があれば、またどこかでお会いしましょう」
小さなつぶやきがとても大事なことのような気がして問い返したマリーだったが、サミーは最後にしっかりとした笑顔を見せて、話を終了させた。




