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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第四章 魔法使いダグラスの後継者
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10 街路の闇 #マリー

 どうやらケントは真の人間嫌いで、毎日一緒に食事をするだけでも特別待遇といっていいらしい。

 ケントの友人ギルからそんな情報を仕入れたマリーは、現金にもそれで嬉しくなってしまい、その日は満ち足りた気分で眠りについた。


 だというのに。

 夜中、尖った魔法の波動に、マリーは目を覚ました。


(傷つける魔法と…返す魔法…!)


 窓の外を見ると、黒々とそびえ立つ都会の建物の向こうに、ほぼ円に近い月が見えた。

 そして。


「ケント!?」


 マリーは恐ろしいことに気付いた。

 拘束の魔法の引力が少し強めだったのだ。ケントがマリーから離れている証拠。しかも、魔法のぶつかり合いがあった、まさにその方向に向かって動いていた。


「まさか…」


 魔法使いのいるところに、魔法石あり。


「いくら魔法石が欲しいからって、魔法使い同士の殺し合いの現場に行くとか、バカじゃないの?」


 マリーは憤りの声をこぼすと、宿の部屋を飛び出した。ケントを連れ戻そうと思った。


  *


 月の出ている夜空は明るく、反対に高い建物に囲まれた街路は影に沈み、まるで真っ暗な奈落の底のようだった。


(ケントに近づいてきた…!)


 はやる気持ちでスピードをあげようとしたとき、マリーは何かに足をすべらせた。


「ぎゃっ!」


 短い叫びをあげ、派手に転ぶ。


──ベシャッ!


 暗い街に倒れたマリーは、けれど、倒れた衝撃や自分の痛みより、地面のぬるっとした水気と血の匂いに驚いた。


「う……」


 男性のかすかなうめき声。

 傷ついた誰かがそこにいる。


「しっかりしてください。あたしの声、聞こえますか?」


 マリーはそこにいるだろう相手に声をかけた。


「……マリーさん?」


 返ってきた声に、マリーは息をのんだ。


(うそっ…!)


「さ…サミー先生? ど…肩をかせば立てますか? お店まで送ります」


 どうしてあなたなのか。

 そう問いたい気持ちを抑え、マリーは言った。

 しかし。


「帰って下さい」


 サミーは、思いのほか強くマリーを拒絶した。

 しかし、マリーだって、ここで引ける性格はしていない。


「帰れるわけありません。こんな状態の人を残して」

「いいんです。早く僕から離れて」

「嫌です」

「お願いですから、今は聞き分け…殺しますよ? たとえ瀕死でも、貴女ひとり殺すくらい…」

「もう黙って!」


 たまりかねたマリーが怒鳴りつけると、サミーはびくっとした。


「そのくらい口がまわれば、歩けるね。さあ、立って」


 反論を許さない厳しい声で、マリーは言った。


  *


 ケントが宿から動いたおかげで、マリーはサミーの薬屋まで行くことができた。

 灯をつけ、ほとんど意識を失っているサミーをベッドに寝かせると、彼の手当てをした。おかゆを作り、床についた血の汚れをふき取った。

 一区切りついて、窓の外を見ると、うっすら明るくなっていた。




「サミー先生」


 マリーはサミーの様子を見にいった。

 彼は、ベッドの上で体を起こそうとしていた。


「おかゆ、食べる? あ、ごめんね。店の薬とかいろいろ、勝手に使って。あたし、これでもハーブや薬草の知識は多少あるから、あんまりおかしな処方はしてないはずだけど」


 サミーが体を起こすのを手伝って、マリーは言った。


「充分です。ありがとうございます。でも、どうしてこんなに良くしてくださるのですか? 僕が…怖くありませんか?」

「先生の魔法石、あずからせてもらってます。だから、今のあなたはただのケガ人です」

「…ええと、その、先生はやめてください。僕はそんな人間じゃないから…それと、魔法石、返してもらっていいですか? 昨日やり合った相手が追ってくる可能性があるので」


 魔法石が手元にないと落ち着かない。

 そんなサミーの様子を見て取ったマリーは、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。


「ねえ、サミーさん。石を返す前に、少しいいかな?」

「え? ……はい」


 戸惑いつつも、マリーの真剣な表情を汲んでくれたのだろう。サミーは素直にうなずいた。


「あたし、魔法石の傷み具合が分かるんです。サミーさんの石はとても傷んでいて…もうすぐ壊れると思う」


 三年前。

 イリス一座をなくした後、世間の荒波にもまれたマリーは、自分の持ついくつかの能力が世間的にはありえない、特殊能力だと知った。

 前にケントに言った魔法の名残りを視る力もそうだし、今サミーに言った魔法石の状態が分かる力もそうだ。

 特に魔法石の状態が分かる力は、マリーの強みだった。

 魔法の術式を知らなくても、魔法石との共鳴で、魔法使いが魔法を実現させる前に、例えばそれが火の攻撃魔法だとか、だいたいの方向性が分かる。…魔法を先読みして動ける。

 石の限界を超える魔法を使おうとするならば、石が壊れ、不発に終わることも分かる。


(…なんて、魔女マリーが言うならともかく、ただの小娘の言葉じゃ信じ難いよね。分かってる。でもこれ以上の情報はあげられない)


 サミーがマリーの話を信じずに取り合わないならそれまで。冷たいかもしれないが。

 自分に明かせる限界情報を投げたマリーは、静かにサミーの反応を待った。


「そ…うなんですか? でもまあ、魔法石は壊れるものですから」


 意外にもサミーは否定しなかった。

 そして、想像以上に闇深い言葉を続けた。魔法石は消耗品だから、魔法を使うことで傷むというなら、その点は理解できると。


(この人は…なんてことを……!)


「いいえ…いいえ! 痛みを与えなければ、石は壊れません。痛みを与えるから、壊れるんです」


 マリーは泣きそうになりながら訴えた。


「痛みを与えるから壊れる…? マリーさん、何を言って…」

「サミーさん。あの石で、人を殺したでしょう?」


 動揺するサミーの退路を断つように、マリーは言った。


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