9 王太子、元侍従に叱られる #王太子
クリスの主君である王太子殿下の回です。
ケントを手紙で呼び出し、街角でマリーに声をかけ、慌てて駆けつけて来たケントを揶揄う。
目的を達成して上機嫌のギルは、角を曲がったところで、そこに静かにたたずんでいた長身の影に、ギクリとして固まった。
「随分と楽しんでいらっしゃったようですね? お帰りの際は、私も同行させてください、殿下」
「ク…クリス……」
静かに、ものすごくクリスは怒っていた。
この国、パパラチア王国は、視る者が上に立って魔法使いを管理する国だ。王家は代々視る者を輩出してきた。
当年十八歳のギルことギルバート・パパラチアは、そんな中に突然生まれた魔法使いの王子だった。それも、もっとも魔力の大きいAランク魔法使い。
当然、世間の拒絶反応は凄まじかった。
ギル六歳、クリス十歳のとき。視る能力にすぐれたクリスがギルの侍従となり、魔法を管理する役目を請け負って、当人も品行方正な王子を努力して演じ続けることで少しずつ国民感情がやわらぎ、二年前にやっと王太子(世継ぎ)の称号を得た。
また、クリスがギルの侍従になった翌年にケントもクリスの監督下に入り、その後は三人で一緒にいることが多かった。
ギルはケントの友人は自分だけとマリーに言ったが、同い年で同じAランク魔法使い、おまけに王子にこびへつらうことをしないケントは、ギルにとっても、自分の立場を忘れて付き合える、ただ一人の友人だった。
*
瞬間移動で王都に戻ったあと。
ギルは、お忍び用に亜麻色に変えた髪色を元の金髪に、弱く視せかけた魔力のオーラも元通りAランクに戻し、王太子としての普段着に着替え、王都監査局のクリスの執務室をたずねた。
金髪碧眼の見目麗しい王太子が、応接用ソファにどかっと腰を下ろす。
「まずは反省の弁をお伺いしてもよろしいでしょうか」
クリスも対面のソファに腰を下ろし、言った。
「反省、ねえ…」
ギルはふいっと視線をそらした。
反省していないのにしたフリをする気は、さらさらなかった。
(第一、どこまでバレてんのか分からないのに、うかつにしゃべれるかっての)
「では、私の方から申し上げます。殿下は一週間前と今日の二回、瞬間移動でシェイド市に行かれました」
チッと、ギルは舌打ちし、「密告してんじゃねーよ」と小さく毒づいた。
「ケントからは聞いていませんよ。殿下もご存じでしょう。ケントは殿下のいたずらの片棒を担がされたり、殿下のいたずらを隠す手伝いはしても、私に告げ口してきたことはありません」
「ああ、まあ、確かに。あいつ、僕を暴君とか友人じゃないとか拒否るわりには、僕のこと好きなんだよな~。おまえにだけは名前で呼んで欲しいって頼んだら、律儀に名前で呼んでくれるし。そろそろ素直に僕を友人と認めてもいい頃合いだと思うんだけど」
悦に入ってギルが言うと、クリスは微妙そうな顔をした。
「…そうですね。殿下が、本人の前でも今のような発言をしなければ、素直になりやすいかと」
「ん? そこは見解の相違がある気がするぞ? だいたいさあ、ケントは昔から、僕とおまえだけが仲良しで自分は蚊帳の外みたいな顔してて、勝手に一歩引いてさあ、僕がかまいに行ってなかったら、おまえとの距離感だって、きっと今よりあったぞ?」
「そんな、悪い遊びを共有して連帯感を高めた過去を功績のように語られましても」
いよいよクリスの表情が険しくなってきたので、ギルは話を変えることにした。
「えーと、ケントの告げ口じゃないのは分かった。けど、ならさ、どうして分かったんだよ?」
今後の裏工作の参考にするため、あえて聞く。
「一週間前は殿下の瞬間移動の名残りをこの目で確認しましたし、今日は都とのやりとりの中で、殿下が急な予定変更をされたと聞きまして」
「あ~、名残りね。忘れてたよ。おまえの特殊な視る目のこと」
王都に手紙を置いてクリスを呼びつけ、時間稼ぎをしてケントをからかいに行ったつもりだったのだが、魔法の名残りは計算外だった。
「魔法の名残りについてもう少し言わせていただきますと、殿下とケントの名残りは見分けがつきますから、それさえこの目で確認できましたら、自分の魔法じゃないという言い訳も効きません」
裏工作の参考どころか、魔法で何かやらかしたら絶対に分かると厳しく釘を刺され、「うへぇ」とギルは唸った。
「じゃ…じゃあ今日は? どうして急な予定変更って聞いただけで僕がシェイド市に行くって分かるんだよ?」
「分かりますよ。行き先が王妃様のところでは。王妃様は、殿下のお願いを全部聞く方ですから」
(くそぅ…やっぱり頑張って頭使わないと、クリスはごまかせないか…)
安易な裏工作で済ませた点を、ギルは反省した。
「それで。私としては、殿下に都を出る『許可』を出した覚えはないのですが」
クリスが本題を切り出した。
会話の寄り道をして、のらりくらりとかわしてきたギルだったが、さすがにこれ以上は無理かと、腹をくくることにした。
「そりゃ、だってさぁ。あの魔法バカが女の子に興味を持ったなんて聞いたら、相手の子、見に行きたくなるだろ? そのネタでからかいたくなるだろ?」
堂々と開き直ると、クリスは顔をひきつらせた。
「殿下………今の弁は反省でも、言い訳ですらなく、ただの本音ですが」
「いやいや、これ以上ない、充分な動機だろ」
「ケントをからかいたいだけで、都を出ないで下さい! ご自分をなんだとお思いですか!?」
クリスが怒った。
もちろん、ここまでも怒らせている自覚はあった。けれど、声を荒げるところまで行くとは思っていなかったギルは焦った。
「え? あれ? 別に危ないことは何もしてないだろ?」
「シェイド市はダグラスの力の強い地域。いわば敵地。敵魔法使いが足を踏み入れられない王都とは安全性がまるで違います!」
王都は、王家が発行する許可証のない魔法使いは入れない。
ダグラスが宣戦布告後すぐに王都を攻めなかった理由もそこにある。
「いやでも、おまえやケントもいるわけだし」
「私もケントも事件解決のためにあそこにいるんです。殿下の護衛をしているわけではありません。……殿下。どうしてダグラスが二年前に王家に宣戦布告したか、今一度考えてください」
「…魔法使いの王子である僕が成人して、王太子になって、魔法使いのたまった不満を解消するような動きを見せ始めたから」
「そうです。ダグラスは人心があなたに傾く前に、先手を打って、魔法使いたちを王家から切り離したんです。今、魔法使い以外の大半の民があなたをどう思っているかもご存知ですよね?」
「…僕なら旧体制との融和を図りつつ、魔法使いも納得できるような国を作れるんじゃないか…」
「ご名答です。ダグラスは、施政能力を持たないお飾りの現王陛下は眼中にありません。ダグラスが打ち取るべき首だと狙いを定めているのは、ギルバート・パパラチア殿下。あなたです」




