7 魔法相談屋サミーの機転 #マリー
デリアとの町歩きを楽しんだ後、マリーはケントのいる宿とは別の方向へ歩いていた。
歩きながら、ハア、とため息がこぼれた。
結局、この一週間、ケントと突っ込んだ話はできなかった。
晩ご飯も朝ご飯も一緒に食べながら、マリーの口をついて出てきたのは、バイト先で経験した話ばかり。
(姐さんには、全部ちゃんと聞くとか、大見得切ったのに…)
ケントの後ろにいる魔法使いのこと。拘束の目的。
いざケントを前にすると、知りたくない気持ちが先に出て、肝心の話は一向に切り出せなかった。
(ごめんね、ケント。こんな、裏切るような真似しかできなくて)
マリーは、『聖タイニー孤児院』と書かれた建物の前で、足を止めた。
実は、馬車の横転事故を魔法相談屋の魔法使いサミーが防いだとき。話が途中になってしまったマリーに対し、彼は小さな紙片を渡してくれたのだ。「いつでもいいので、ここに来て、私の名前を告げて下さい」と。マリーが、彼の薬屋の場所まで行けないと言ったから。
(それにしても、サミー先生って本当、思いやりがあって、機転が利いて、素敵な人だよね…)
黙って宿を移るとか、訳の分からない極端な行動を取る誰かさんと違って。
サミーのスマートな行動に感心したマリーは、思わず心中でケントと比べてしまった。
呼び鈴を鳴らすと、初老のシスターが出てきた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件かしら?」
「こんにちは。ここに来れば、サミー先生に取り次いでいただけると…」
「まあまあ、あなたが! ええ、聞いてますよ。どうぞ中にお入りになって。すぐ呼びに行かせますからね」
サミーの名前を聞いた途端、シスターは輝くような笑顔を浮かべた。
*
シスターにお茶を淹れてもらいながら、
「あのう、もしかして、サミー先生はこちらの?」
と、マリーはたずねた。
生まれた子どもが魔法使いというだけで捨てる親は少なくない。
そして、この手の話は本人には聞き辛い。
「ええ、お察しのとおりですわ。でもね、あの子は、ここを家だと言って、ずっと守ってきてくれましたの。Bランク魔法使いのあの子は、六歳で都近くの魔法学校に入るはずでしたのに、それを断って」
本来なら、国の決め事に否は言えない。
サミーは学校教育の権利剥奪ほか、いくつかの制約と引き替えに許されたのだそうだ。
「お恥ずかしい話、ここは貧しくて、まだ六歳にもならないあの子が薬屋さんの手伝いで稼いでくれるお金が頼りでしたの」
「そうだったんですか…」
「あの子は私の誇りです。魔法相談屋をするようになって、最近はすっかり有名人で、孤児院出身であることを隠しているけど、それでも、月に一度は来てくれるのよ。多額の寄付を持って」
シスターがそこまで語ったとき、コンコン、とドアをノックする音がした。
「あらまあ、到着の早いこと。ふふっ。ではマリーさん、ゆっくりしていらしてくださいね」
シスターはそそくさと退出していった。
「すみません、お待たせしました」
「こちらこそ、急いで来ていただいて、申し訳ありません」
強い魔力を持った青年が礼儀正しく挨拶をした。さらさらストレートの黒髪は少し長めで、清潔感のある白いシャツに彼の人柄が滲み出ている。
マリーもまた、畏まってきちんと挨拶をした。
続いてマリーは、
「それで…報酬はおいくらでしょう? 手持ちが限られているので、足りなかったらあきらめます」
と、報酬を聞いた。
イライザが用立ててくれたお金があったし、バイト代の臨時収入もあったが、それ以上の金額を請求されたら支払えない。宿代をケントと折半したので、多少減ってもいる。
「報酬はいりませんよ。魔法事件の依頼の方では、誰からも受け取っていないので」
サミーは驚くべきことを言った。
「そうなんですか? でも、こちらに多額の寄付を…と、すみません、失礼なことを」
「大丈夫ですよ。私は魔法使いなので、まず信頼してもらわないと始まらないんです。だから、魔法事件の解決で信頼を得て、薬屋で薬を買ってもらっているんです」
「すごいですね…」
謙虚なサミーに、マリーは思わず言った。
「え?」
「信頼ができるまでに、嫌な思い、たくさんしたでしょう?」
まっすぐサミーを見てマリーが言うと、彼は横を向いて手で顔を隠した。
「あ、あの、あたし、失礼なこと言いました?」
「違うんです。そうじゃなくて……初めてで。そんなふうに言ってもらえたのが」
横を向いたサミーは、少し赤くなっているように見えた。
「…失礼しました。マリーさんの魔法、見せてもらいますね」
「よろしくお願いします」
マリーはサミーに頭を下げた。




