6 恋する乙女は彼を正当化する #マリー
とうとうケントの重荷になってしまった。
宿の部屋に引き上げたマリーは、しばらくひたすらに落ち込んだ。
考えては落ち込み、考えては落ち込みをぐるぐる繰り返すうち、だんだんと釈然としない気持ちがむくむくと湧いてきた。
(そもそも、そもそもだよ? ご飯食べさせてとか、逃亡を助けてとか、あたし、頼んでないよ! 勝手に魔法で拘束して親切の押し売りしておいて、独りが好きとか、なにそれ! 意味分かんない!)
熱いまなざしでマリーを見つめたり、星の話をするところから始めたいとかキザなことを言ったり。ケントを信頼し、誰にも話したことのない重い話をしたときには、強く抱きしめてくれて。
本当は、どこかで期待していた。
魔法で拘束するくらい、ケントはマリーを想ってくれているんじゃないかと。
(好きなら、こんなに放置されるわけないのに…)
「ほんと意味分かんない! 支離滅裂! まるで誰かに無理やりやらされてるみたい!」
腹立ちまぎれに声に出して言ったマリーは、自分が口にした言葉にギクリとし、ガバッとベッドの上に起き上がった。
「無理…やり……? え……」
(でも…そうだよ。ケントは視る能力者だけど…魔女マリーに平気でケンカを売るとか、おかしいよね)
そもそも出会った一番最初、ケントはマリーをおばさんだと思っていたのだ。マリーを拘束した行為に恋愛感情が入っていないのは明らかで。
『あたしには、あんたが男に惚れて、嘘に目をつむって、バカになったようにしか見えない』
姐イライザの言葉が胸に舞い戻って来た。
通りすがりの魔法使いに拘束の魔法を頼んだと言ったケント。
「そんなの、信じる方がどうかしてる…」
魔女マリーに魔法をかけて欲しいと言われて、気楽に応じる魔法使いがいるなんて、普通に、冷静に考えて、信じ難い話。
むしろ、ケントの後ろに魔法使いがついていると考えるのが妥当で。
それも、彼が師匠と呼んだ、他人のために防御用の魔法道具を作る、人格者の魔法使いとは別の人だ。彼の師匠は亡くなっているのだから。
泣きそうになって、マリーは唇を噛んだ。
──あたしには、泣く権利なんかない…!
(ケントはずっと、誰かの命令で、嫌々あたしのお守りをしてたんだ…! だから、すぐに距離を置きたがって。でも、うまくやってるよう見せかけないといけないから、時々ご機嫌取りをして)
「そうだよ…ケントは言ったじゃないか。魔女マリーにこの魔法を解けないと言われるとは思わなかったって」
きっとケントにはマリーを拘束するつもりなんかなかった。黒幕のかけた魔法も、黒幕も、魔女マリーが簡単に片付けると思っていたにちがいない。
ところが、マリーが魔法を知らなかったせいで、彼は無力な相手を魔法で拘束するハメになってしまった。
(黒幕は、あたしが魔女かどうかは気にしてない)
拘束の魔法をかけられた後、マリーは魔女じゃなくなったのに、拘束を続けているからだ。
(だとしたら、狙いは魔法石コールライト。いくらでも製造できるダグラス以外には、とてつもなく価値があるもの)
だけど今はまだ、必要としていないのだろう。ケントに確保させるだけさせて、自分は出て来ないのだから。
おそらくケントは、黒幕の動きを気にしながら、行き倒れそうだったマリーを、ほんの少しだけ、と助けてくれた。
そして、マリーがダグラスのところへ行くつもりだと察した今、彼はマリーをどう解放しようかと悩んでいる。
「あれ…でも、宿の前で固まってたあたしを迎えに来てくれた。本当に一緒にいたくないなら、あたしが来るのを待つだけじゃない…?」
マリーは胸元を手でつかんだ。心が大きくゆさぶられ、胸がキュッと締め付けられていた。
自分の中で、声がする。
『黒幕が悪い人とは限らない。本気でマリーを助けたいだけかもしれない』
『マリーの奪ったコールライトは、ダグラスにとって無価値だった。ダグラスは、あんたの存在なんて、とうに忘れているよ』
『なんの力もないくせに、今更ダグラスのもとへ行ってどうするの?』
『ケントは拘束を続ける意志を示しているのだから、甘えてしまえばいい』
「ちがうちがう!」
マリーは耳をふさぎ、心の中の声をふりきるように頭を振った。
「あたしのこれからは関係ない…! ケントが優しすぎるだけで、本当はあたしと一緒にいたくないんだから、だから……!」
ケントが差し伸べてくれる優しさの手を、マリーが振り切らなければいけないのだ。
「約束したバイトを放り出すわけにはいかないから…バイトが終わったら……」
もうケントの説得はしない。
解く手段を得るために、動けるだけ動くのだ。
(ああでも、ケントのバックに誰がいるのか、何が目的なのかだけは聞かないと……)




