4 被害者は犯人の説得を試みる #マリー
「俺さ、魔法が好きで好きで好きで。なあ、俺の目の前でこの魔法、解いてみせてくれよ!」
「は…ぁあああ!?」
魔法で拘束した犯人だと名乗る二十代の男・ケントの、まったく予想外な要求に、小太り中年女に扮したマリーは絶叫した。
中年魔女マリーとして名を馳せてから二年弱。残忍な凄腕の魔女マリーに対する人々の反応は、一目散に逃げるか、死を覚悟して頼み事をしてくるかのどちらかだった。
子どもみたいに無邪気に、魔法が見たいなどと言われたことなど、断じて、ただの一度もない。
だから。
「ええ? 無理だよ? あたしは魔法なんか知らないんだから」
わくわくしてマリーの魔法を待つ彼に、ずっと守ってきた秘密をこぼしてしまったのは、驚き過ぎたからだ。
「ん? 何だよ、それ。言い訳が魔法使えないとか、意味不明すぎ…」
「意味不明なのはあんただ! 魔女マリーを拘束して、魔法が視たいとか!」
思わずキレたマリーだったが、そこでまた、ケントは予想外の反応をした。
「俺は真面目に話してる!」
心からの言葉で、そう叫んだのだ。
「俺は……見たんだ。一年前。あんたが、魔法使いダグラスの、力の源である魔法石コールライトを封印するところ。奇跡と呼ばれるのに相応しい魔法だった!」
続けてケントが口にした言葉に、マリーの心臓がドクンと大きく跳ね、一瞬で全身の血が凍りついた気がした。
話が噛み合わない苛立ちは吹き飛んで、マリーの心はあっという間にこの一年間反芻し続けた悲しみの中に沈んだ。
「そうかい…たしかに、夜中だったけど、街中で…たくさんの家があったから、あの窓の奥に目撃者がいなかったとは言えないね」
マリーは静かな声で言った。
「ケント。ダグラスは、コールライトを奪ったあたしを血まなこになって捜してる」
魔法学の第一人者、魔法使いダグラス。
魔法使いが厳格に管理されてきた国において、二年前、彼は圧倒的な魔法の力を示し、自分が王となって魔法使いのための国を作ると、王家に反旗を翻した。
もっとも、二年前の反乱では、王家がダグラスから王都を死守した。
しかし、王家に不満を募らせていた多数の魔法使いがダグラス配下に流れた。
以来、王都を守る王家と、王都再襲撃を狙いつつ地方で力を振るうダグラス勢という勢力図が出来上がり、その余波で魔法事件が頻発するようになった。
そんな中、突如彗星のごとく現れ、ダグラスを撹乱し、実力でも残忍さでもダグラスを凌駕すると世間で言われているのが、魔女マリーだった。
(あたしが本当に凄腕の魔女なら、こんな風に独りで逃げ回らずに済んだろうに…)
「あたしの目撃情報を追ってダグラスが来たら、あんたなんか一瞬で消されちまうよ。悪いことは言わない。この魔法を頼んだ通りすがりの魔法使いとやらを呼んで、足止めの魔法を解いてくれないかい」
重苦しく沈んだ空気を背負うマリーに、さすがのケントも戸惑った様子を見せた。
何かを言おうとして一度口を閉じ、それから。
「ああ、くそっ! これは足止めの魔法じゃない。一緒に来てくれ!」
追い詰められた様子のケントは早口でそう言うと、いきなりマリーの手首をつかんだ。
「は? え…」
(お…男の人の手、大きい……じゃなくて、ふりほどかなきゃ。あたしの変身は、皮膚の上に加工した土を重ねただけの変装。人と触れ合えるようには作ってない。でも無理にふりほどいても崩れるし……ど、どうしよう……!)
十六歳の女の子としての戸惑いに襲われ、マリーは叫んだ。
「…えええええ!?」
*
「もう一回! …もう一回、ちゃんと視てくれ。この魔法を」
マリーを町外れまで連行したところで、つかんだ手首を離し、ケントが必死の様相で言った。
マリーは、ほとほと困り果ててしまった。
(ケントは一年前を見てるから、あたしが魔法を使えないと言ったって、信じられないんだよね…)
実際、マリーは一年前、魔法を使っている。
ただし、その真相は『自分でもどうやったか分からない』だし、自分で体内に封印した石を自力で取り出すこともできない体たらくぶりなのだ。
(あたしには魔法を読み解くことなんて出来ないって、一体どう言えば…)
頭を悩ませたマリーは、ふと、さっき町外れにいたときとは異なる感覚に気付いた。
「あれ…さっきは町の中心方向に魔法の引力を強く感じたんだけど…」
「う、うん」
「今は魔法の引力を感じな……いや、かすかだけどある…方向は」
身体の内なる感覚を研ぎ澄ませ、魔法の引力を感じたマリーは、そこで、まぬけにも、ポカンと大口を開けてケントを見た。
気付いた内容が衝撃的すぎて、無声のまま、はくはくはくと口だけを動かした。
それから。
「あ…ん、た……!」
ようやく出せた声は、みっともなくひっくり返った。
「あたしを町に足止めしたんじゃなくて、あんたとあたしが一定距離以上離れられない魔法をかけたのかい!?」