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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第四章 魔法使いダグラスの後継者
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5 恋する乙女は流される #マリー

「マリー、今日は本当にありがとう。上がってって!」


 茶色の髪を肩のあたりでフワッとふたつに振り分けてくくった少女が言った。

 馬車と接触しかけて捻挫した少女、デリアだ。

 デリアが暮らす一人暮らし用のアパートを、マリーは訪ねていた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 マリーはデリアの部屋におじゃました。

 ベッドひとつ置くのが精いっぱいの狭い部屋は、華やかな洋服が吊ってあったり、毛糸編みのぬいぐるみが壁かけ代わりにかけてあったりと、女の子らしい空間になっていた。


「これ、店長さんから」


 デリアを雇う古着屋の店長からの差し入れを、マリーは渡した。


「ありがとう、助かる! それに仕事も、本当にありがとう!!」

「ううん。大したことは出来てないの。バイト代をもらって悪いくらい」

「何言ってんの! 六日だけあたしの代わりに働いてくれるマリーがいなかったら、店長は他の人を雇わなきゃならなくて、あたし、クビになってたよ! 本当にありがとう!」


 デリアは頬を紅潮させ、マリーの手をギュウギュウ握って、大袈裟なくらいに礼を言った。

 マリーは、兎にも角にも彼女の失業の危機を救えて良かったと微笑んだ。



 ……もし、これがケントと出会う前のマリーだったら、デリアの演技に気付いただろう。

 けれども、今のマリーは騙されたい気持ちに流されていた。

 だって、何もすることがなければ、拘束の魔法解決に動かなければならないではないか。

 人を助けるために必要とされたから、マリーは自分の問題を先送りにできる。


 もっとも、しっかりモードのマリーでも、馬車の横転から図られていたことには気付けなかっただろう。

 デリアは、迫りくる馬車の迫力に、当たらないと分かっていながら本気で恐怖したし、パニックを起こしたし、そのせいで本当に足をくじいて痛い思いをしたから。

 それに馬車の横転も、デリアに接触せずうまく横転するよう、キッチリ計算された位置に小石を当てるという、魔法に敏感なマリーでも気付かないレベルの小さな魔法しか使われていなかったから。


  *


(どうしよう…勝手に宿を移ったこと、怒るべきなんだろうけど。今日一日いろいろありすぎて、なんかもう、怒る気力がない…)


 夕方になって、やっとケントのいる宿にやって来たマリーは、宿の前で立ち尽くしていた。

 二人の拘束の魔法を解決してもらうため、魔法相談屋サミーの薬屋に行きたいと言ったマリーに対し、夜の間に勝手に宿を移ったケント。


(どんな顔をして会えばいいんだろう…)


 マリーが悩んでいると、なんとケントが宿から出てきた。


「マリー?」

「え、あ…の」

「おかえり。きみの部屋、取ってあるよ。行こう」


 まるで、朝普通にマリーが出かけて、帰ってきたかのような、なんのわだかまりもない出迎えだった。


 戸惑い、突っ立ったままのマリーに対し、ケントはマリーの手を取って引っ張った。

 手のひらがふれあった瞬間、朝からずっと張りつめていたものがホッとゆるんだ。


「うん…」


 流されていると分かっていて、マリーは、あたたかいケントの手をキュッと握り返した。


  *


「それでね、デリアが足をくじいたから、サミー先生が手当てしてくれたの」


 マリーは今日一日の出来事をケントに話した。

 薬屋まで行かずとも魔法使いサミーに会えたこと。馬車の事故に遭遇し、デリアと出会ったこと。

 ケントは、怒るわけでもなく、興味を示すわけでもなく、ただ聞いている。


(一日あたしの行動が分からなかったのに、ケントは何も思うこと、ないのかな…。でも今からする話には、嫌な顔する…よね?)


「それから…デリアを家まで送り届けて、デリアの職場に欠勤連絡に行ったら、代わりに働くことになっちゃって。実は今日も働いてきたんだけど、その、明日からも。六日間…」


 ドキドキしながら、マリーは言った。

 旅の同行者に断りなく仕事を決めてくることを、問題のない行為だなんてマリーは思わない。

 自分を加害者だと思い、朝から晩まで一緒にいる気はないらしいケントだが、拘束の魔法の解除には同意してくれないし、マリーが元・魔女マリーだと隠そうとしてくれている。…マリーを守ろうとしてくれている。

 だから、迂闊な行動には眉をひそめるだろう。


 じっと観察するマリーの前で、ケントはわずかに表情を硬くした。


「あっ! ええと、職場は古着屋さんでね、従業員の中に視る人はいないし、お客さんは基本、若い女性ばかりだし、あたしの作業も主に裏方だから!」


 マリーは、慌てて情報を足した。

 自分の正体がバレる心配はないし、特に危険もない普通の仕事だと。


「へえ…。なら、いいんじゃないか? 俺は宿にいるから、好きにしたらいい」


 足した情報で納得したのか、ケントはやはり、興味なさそうに言った。


「そ…そう? ごめんね。勝手に決めて」

「俺は一日中きみをしばりつけるつもりもないし、もともと誰かと行動するのは苦手なんだ」


(!? 拘束した側のくせに、今、一緒にいるの嫌だって言った?)


 今までも態度で雄弁に示していたが、言葉にされたのは初めてだった。

 そして、口に出すのと出さないのとでは、線引きが変わると思う。


「……じゃあ、どうして、この魔法……」


 マリーは涙目になって、思わず言った。


 ハッとしたようにケントは顔をそむけると、

「明日も仕事なら、今日は早く休んだら」

 と、席を立った。


「おやすみ、マリー」


 気まずそうな顔で、逃げるように告げられた「おやすみ」は、マリーの心にズシリと重くのしかかった。


(一緒にいるのは気詰まりだって口にせずにはいられないくらい、もうあたしのこと、重荷になっちゃった…?)


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