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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第四章 魔法使いダグラスの後継者
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4 連続魔法使い殺害事件 #ケント

 多少のアクシデントはありつつも、大筋クリスの計画した通り、監査局の受付嬢デリアがマリーに近づいていたころ。

 宿の部屋で物思いにふけっていたケントは、イケメン魔法使いギルに揶揄われていた。

 ギルは、大笑いし、ケントの怒りが高まったところで、さっさと退散していった。


「あのやろう…!」


 行き場のない憤りを、ケントは壁にぶつけた。

 嫌がらせのやり逃げも腹立たしかったし、揶揄うためだけに来てはならない場所まで来るところも気に入らなかった。


「ケント。他所様の壁を壊さないでもらえますか」


 冷静な声がして、ふりかえると、クリスが部屋に入ってきたところだった。

 ヒュ、とケントは肝の冷える音を聞いた。


(あんの自由人め。クリスとニアミスしてんじゃねぇよ!)


「クリス。は、早かったんだな」

「ええ。殿下から、どうしてもと呼ばれて行ってみたら、今回の私の遠征に対するふざけた抗議文だけでしたから」


『殿下』とは、王太子のことである。

 クリスは二年前まで王太子の侍従だった。

 監査局設立にともなって侍従の役目から外れ、別行動が増えたが、二人の絆の深さは変わらない。

 ケントは、クリスと出会ってまもなく、彼の立場を知り、距離感をわきまえた。クリスにとって大事なのは王太子で、ケントは、王家に有益な存在でいる間だけ良くしてくれる駒だと。


「へ、へえ…」


 入室時点から彼の苛立ちを感じていたケントは、理由を察し、視線を横にすべらせた。


「まあ、殿下のことは一旦忘れましょうか」


 ケントは神妙にうなずいた。

 クリスにとって王太子は唯一無二の主だが、思い入れ余ってなんとやら。たまにおふざけが過ぎる王太子にクリスが怒ったときは、触らないのが一番なのだ。




「今回の事件は、連続魔法使い殺害事件です」


 さすがといおうか。

 一瞬で気持ちを切り替えて、クリスが言った。


「ああ」


 ケントは相槌を打った。

 数ヶ月前から、シェイド市周辺で魔法使いが殺される事件が頻発。半月余り前に犯人が分かり、今回のケントの出動につながった。


「ええと、それで、昨夜も被害者が出て。被害者の人相を俺も確認して分かったんだが、以前、ダグラス配下にいた奴だった」

「それは…本当ですか?」


 クリスが目の色を変えた。


「…つまり、犯人はダグラス側の幹部で、魔法使いを狙った一連の事件は、ダグラスが仲間を処刑するものだったと」

「たぶんな。うまくいけば、次のターゲットが分かるかもしれない」

「なんとしてでも次のターゲットを割り出してください。やられっぱなしでは終われませんからね」


 普段仕事の話では淡々としているクリスがめずらしく、強い口調で言った。

 もともと連続魔法使い殺害事件は、シェイド市に拠点を置いた監査局支部が追っていた事件だった。ところが、捜査中に犯人から逆襲を受け、支部が壊滅。シェイド市監査局支部はたたむことが決まった。

 この監査局支部は一年前、支部長の強い要望で発足した支部だった。

 開所前に、ダグラス勢の入都規制ができる王都と違い、シェイド市では安全確保が困難だと重々言い含めていたとケントは聞いている。それでも、クリスは最上位承認者として、今回のシェイド市監査局の犠牲を重く受け止めていた。


「…カールも息巻いていたから、たぶん大丈夫」


 ケントは、仲間を目の前で失った支部の監査員の名を出して、答えた。

 クリスは納得したようにうなずくと、少し何かを考えた。

 それから。


「ダグラスが、配下の若い魔法使いの中から後継者を探しているとの噂があります」

 と、慎重に言葉を選んで切り出した。


「後継者って……そりゃ、仲間の処刑をやるくらいだから、後継者に見込まれてる可能性もあるだろうけど」

「今回の事件前までは、シェイド市監査局支部はうまく機能していたんです」


 クリスは言う。

 きちんと機能していた組織を、彼はたった一人で撹乱し、壊滅させた。

 多数の魔法使いが集うダグラス陣営の中でも、頭ひとつ飛び抜けていることは間違いない。

 彼は強敵だと。


「それに、彼はシェイド市の市長候補とも懇意なんです。つまり、ダグラスの狙いは、次の選挙で選ばれた市長を傀儡にした都市支配」

「あっ」

「ここブライス地方は王都から離れた、ダグラスの影響の強い地域。その中心都市であるシェイド市は、ダグラスがこれから創ろうと目論む新しい国の礎とするのに打ってつけ。ケント、お遊びはここまでです」


 ふいにクリスの口調が強まって、ケントの心臓がドキンとはねた。


「マリーさんとの魔法、今すぐ終わりにしてください。もちろん、あなたが魔法使いであることは明かさず…」

「クリス!」


 ケントはクリスの弁を途中で遮った。


「無理だ。マリーは上辺だけ取り繕っても納得しない。昨日入ってきた情報で、ダグラス陣営ナンバー2の離反・分裂騒動が起きて、あっちもゴタついてるって話だったろ? 場所も北西地方でここから遠い。ダグラスは来ない。だから、頼む。ケジメは俺に…自分でつけさせてくれ」


 気がついたら、ケントは必死で、そうクリスに訴えていた。


「ダグラスさえ来なければ、後継者候補くらい、あなたの敵ではないと言いたいわけですか」

「そんなんじゃねぇよ」

「ケント。彼が魔法使いダグラスの後継者なら、マリーさんのことが、あなたの弱点としてダグラスに伝わる危険があるのですよ?」

「たとえそうなっても守る。だけど今は……今、マリーと向き合ったら、俺のメンタルが崩壊する」


 大真面目に言ったケントに、クリスが固まった。


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