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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第四章 魔法使いダグラスの後継者
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2 黙って消えるケント、足掻くマリー #マリー

 ナンパ師を振り切ったマリーが宝石屋に戻ると、ケントがほくほくした顔で店の前に立っていた。


「街歩きは楽しかった?」


 ケントは機嫌良く言った。

 勝手に店を離れたことを非難してもらえず、胸がもやもやする。


「違うよ、ケント。あたしはサミー・マクドナルドって人を探してたの。薬屋兼魔法相談屋で、強い魔法使いなんだって。その人に、魔法を解いてもらおうよ」


 姐イライザから、ケントには内緒で会いに行けと言われていたが、マリーは正直に話した。

 シェイド市は大都市だ。マリーがサミーの薬屋を訪ねたいと思っても、ケントの居場所次第で、拘束の魔法のしばりが発動し、そこが行けない場所になってしまう。


「場所は知らないけど…あ、そうか。ここの…宝石屋さんで薬屋さんの場所を聞けばいいんだ」


 途端、ケントは渋い顔になった。


「宝石屋は視る。下手に聞けば、俺たちの拘束の魔法の終端に気付くぞ。マリー、もう日も暮れるし、宿に行こう」

「宿は無理! あたし、お金ないんだって!」


 マリーは条件反射的に叫んだ。

 それからすぐに、イライザから軍資金を得ていたことを思い出す。宿に泊まって、居場所をイライザに知らせてほしいと言われていたことも。


「…あ、いや、ちが……」

「きみの金銭状況は関係ない。俺がきみを拘束してるんだから」


 やっぱりお金はあったと訂正しようとしたマリーを遮って、ケントが言った。

 苦々しいケントの表情に、ズクンと胸が震えた。

 彼の悔恨が痛いほどに伝わってきて、たまらなかった。


「何…言ってんだい。あんたは…」


 マリーを助けてくれているだけ。

 魔法使いダグラスへの復讐に突き進むマリーを見て見ぬふりできないだけ。

 拘束の魔法がケントの強制だとしても、そもそもの彼の要求は『魔女マリーの魔法が視たい』で。

 こんな二人旅は彼の望みではなく。


(あたしと一緒にいることすら苦痛なくせに、ただただ、あたしのために、魔法で拘束する罪を延長したんじゃないか)


「あんたは、バカみたいにお人好しに…」

「マリー、こんな往来で込み入った話はやめよう」


 そこでケントに話を切られ、話は流れた。


  *


 翌朝。マリーは、街角で、ふるふると体をふるわせた。


(昨夜、早く寝たいとか言って、早々に部屋に引き上げながら、出かけて行って、怪しいとは思ってたけど…)


 拘束の魔法の機能で、マリーはケントが自分からどれだけ離れているのか分かる。

 ケントの夜の外出に気付いたとき、追いかけようかとも思ったのだが、彼の悪意を疑って行動するのが嫌で、追いかけられなかった。

 おまけに一度戻ってきたものだから、そこで安心して眠ってしまったのだ。


(朝起きたらケントが姿を消してて、チェックアウトが済んでて、その時点で黒だったけどさ……)


 それでも、ケントはそこまで卑怯な人ではないと思いたかった。

 だからマリーは、宿の人に行き方を教えてもらい、サミーの薬屋に向かった。


 結果。目的地まであと角ひとつというところで、マリーの足は止まった。

 ケントは夜のうちに、マリーがサミーの薬屋へ行けないよう移動したのだ。


(なんだい、あの魔法石バカ! どうして黙って姿を消すかな?! 思うところがあるなら話し合えばいいじゃないか!)


──きみが魔法使いダグラスへの復讐を諦めるなら、拘束の魔法から解放する。


 ケントはマリーにそう言えばいいのだ。

 そうしたら、姐イライザにしたように、渾身の演技をして、復讐は諦めたと騙してあげるから。

 罪悪感のひとつも残さず、もうマリーを解放して大丈夫と思わせてあげるから。


(ただそれだけで済むのに………!)


「大丈夫ですか? ご気分がすぐれないようですが」


 街角で怒りにふるえていたマリーは、若い男性に声をかけられ、ハッとした。

 見ると、強い魔力を持った黒髪の青年が、食材の入った紙袋を持って立っていた。


「サミー先生、助けてください!」


 マリーは叫んだ。


「えっと…あなたは?」

「あっ、突然ごめんなさい。あたし、マリーと言います。ある人と魔法で一定距離以上離れられなくて…解く方法がなくて、困っているんです。実は先生の薬屋まで行こうとしていたんですが、彼に逃げられてしまって、ここまでが限界で」


 戸惑い顔の彼に、マリーは勢いこんで言った。

 ケントが今より遠く離れていけば、悠長に会話もしていられないと、気持ちが焦っていた。


「それはお困りですね。私の店…まで来られないんでしたね。今、ここで見せていただいても?」


 サミーは、さすがに理解が早かった。

 そもそも隠された魔法の終端に気付いたからこそ、声をかけてくれたのだろう。


(わあ、この人、噂通りに優秀でいい人だ……!)


 さっきまで上手く行かず詰んでいた問題がトントン拍子に進み、マリーは嬉しくなった。


 魔法使いサミーは、隠された魔法を可視化する呪文を唱え始めた。まずは、マリーにかけられた魔法を読むために。


 そのとき。


「きゃああああ!」


 甲高い悲鳴とともに、ガガガガガ…と異様な音が街角に響き渡った。

 馬車が横倒しに倒れかけ、女性にぶつかりそうになっていた。


「危ないっ」


 思わずマリーは叫んだ。

 身をていしてかばおうにも、距離があって、間に合わない。両手で顔をおおいそうになったマリーだったが、すぐ近くで聞こえてきた冷静な声に、手を止めた。

 サミーが魔法の呪文を唱えていた。

 その魔法で馬車が体勢を立て直し、マリーとサミーの立つ方へ車輪を転がし来る。


──ヒヒヒーン!


 マリーの目の前で、馬が高く前足を持ち上げ、馬車が止まった。


「すみません、マリーさん!」


 サミーが謝った。


「馬の体への負担を減らすために、すぐに勢いを殺してしまうわけにはいかなくて、マリーさんには怖い思いを…」

「か…っこいい! サミー先生、天才です!」

「え…い、いえ、それほどでも」


 見事な手際に感動したマリーはサミーの手を握って褒めちぎった。

 照れたように、はにかんだ笑顔を見せたサミーに「本当にすごいです」とマリーは繰り返した。それから、馬車に轢かれかけ、その場にうずくまっていた女性のもとへマリーは駆けていった。


「大丈夫ですか?」

「ううん。足をひねっちゃったみたいで」


 マリーが声をかけると、女性が顔をあげた。ひねった足が痛むのだろう。目じりに涙をため、辛そうに顔を歪めていた。

 年の頃は十代後半。茶色のふわふわした髪は肩の上でふたつに振り分けてくくり、都会の女性らしい、ピンク地に黒のリボンがおしゃれなドレスを着ていた。

 女性は、デリアと名乗った。


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