2 黙って消えるケント、足掻くマリー #マリー
ナンパ師を振り切ったマリーが宝石屋に戻ると、ケントがほくほくした顔で店の前に立っていた。
「街歩きは楽しかった?」
ケントは機嫌良く言った。
勝手に店を離れたことを非難してもらえず、胸がもやもやする。
「違うよ、ケント。あたしはサミー・マクドナルドって人を探してたの。薬屋兼魔法相談屋で、強い魔法使いなんだって。その人に、魔法を解いてもらおうよ」
姐イライザから、ケントには内緒で会いに行けと言われていたが、マリーは正直に話した。
シェイド市は大都市だ。マリーがサミーの薬屋を訪ねたいと思っても、ケントの居場所次第で、拘束の魔法のしばりが発動し、そこが行けない場所になってしまう。
「場所は知らないけど…あ、そうか。ここの…宝石屋さんで薬屋さんの場所を聞けばいいんだ」
途端、ケントは渋い顔になった。
「宝石屋は視る。下手に聞けば、俺たちの拘束の魔法の終端に気付くぞ。マリー、もう日も暮れるし、宿に行こう」
「宿は無理! あたし、お金ないんだって!」
マリーは条件反射的に叫んだ。
それからすぐに、イライザから軍資金を得ていたことを思い出す。宿に泊まって、居場所をイライザに知らせてほしいと言われていたことも。
「…あ、いや、ちが……」
「きみの金銭状況は関係ない。俺がきみを拘束してるんだから」
やっぱりお金はあったと訂正しようとしたマリーを遮って、ケントが言った。
苦々しいケントの表情に、ズクンと胸が震えた。
彼の悔恨が痛いほどに伝わってきて、たまらなかった。
「何…言ってんだい。あんたは…」
マリーを助けてくれているだけ。
魔法使いダグラスへの復讐に突き進むマリーを見て見ぬふりできないだけ。
拘束の魔法がケントの強制だとしても、そもそもの彼の要求は『魔女マリーの魔法が視たい』で。
こんな二人旅は彼の望みではなく。
(あたしと一緒にいることすら苦痛なくせに、ただただ、あたしのために、魔法で拘束する罪を延長したんじゃないか)
「あんたは、バカみたいにお人好しに…」
「マリー、こんな往来で込み入った話はやめよう」
そこでケントに話を切られ、話は流れた。
*
翌朝。マリーは、街角で、ふるふると体をふるわせた。
(昨夜、早く寝たいとか言って、早々に部屋に引き上げながら、出かけて行って、怪しいとは思ってたけど…)
拘束の魔法の機能で、マリーはケントが自分からどれだけ離れているのか分かる。
ケントの夜の外出に気付いたとき、追いかけようかとも思ったのだが、彼の悪意を疑って行動するのが嫌で、追いかけられなかった。
おまけに一度戻ってきたものだから、そこで安心して眠ってしまったのだ。
(朝起きたらケントが姿を消してて、チェックアウトが済んでて、その時点で黒だったけどさ……)
それでも、ケントはそこまで卑怯な人ではないと思いたかった。
だからマリーは、宿の人に行き方を教えてもらい、サミーの薬屋に向かった。
結果。目的地まであと角ひとつというところで、マリーの足は止まった。
ケントは夜のうちに、マリーがサミーの薬屋へ行けないよう移動したのだ。
(なんだい、あの魔法石バカ! どうして黙って姿を消すかな?! 思うところがあるなら話し合えばいいじゃないか!)
──きみが魔法使いダグラスへの復讐を諦めるなら、拘束の魔法から解放する。
ケントはマリーにそう言えばいいのだ。
そうしたら、姐イライザにしたように、渾身の演技をして、復讐は諦めたと騙してあげるから。
罪悪感のひとつも残さず、もうマリーを解放して大丈夫と思わせてあげるから。
(ただそれだけで済むのに………!)
「大丈夫ですか? ご気分がすぐれないようですが」
街角で怒りにふるえていたマリーは、若い男性に声をかけられ、ハッとした。
見ると、強い魔力を持った黒髪の青年が、食材の入った紙袋を持って立っていた。
「サミー先生、助けてください!」
マリーは叫んだ。
「えっと…あなたは?」
「あっ、突然ごめんなさい。あたし、マリーと言います。ある人と魔法で一定距離以上離れられなくて…解く方法がなくて、困っているんです。実は先生の薬屋まで行こうとしていたんですが、彼に逃げられてしまって、ここまでが限界で」
戸惑い顔の彼に、マリーは勢いこんで言った。
ケントが今より遠く離れていけば、悠長に会話もしていられないと、気持ちが焦っていた。
「それはお困りですね。私の店…まで来られないんでしたね。今、ここで見せていただいても?」
サミーは、さすがに理解が早かった。
そもそも隠された魔法の終端に気付いたからこそ、声をかけてくれたのだろう。
(わあ、この人、噂通りに優秀でいい人だ……!)
さっきまで上手く行かず詰んでいた問題がトントン拍子に進み、マリーは嬉しくなった。
魔法使いサミーは、隠された魔法を可視化する呪文を唱え始めた。まずは、マリーにかけられた魔法を読むために。
そのとき。
「きゃああああ!」
甲高い悲鳴とともに、ガガガガガ…と異様な音が街角に響き渡った。
馬車が横倒しに倒れかけ、女性にぶつかりそうになっていた。
「危ないっ」
思わずマリーは叫んだ。
身をていしてかばおうにも、距離があって、間に合わない。両手で顔をおおいそうになったマリーだったが、すぐ近くで聞こえてきた冷静な声に、手を止めた。
サミーが魔法の呪文を唱えていた。
その魔法で馬車が体勢を立て直し、マリーとサミーの立つ方へ車輪を転がし来る。
──ヒヒヒーン!
マリーの目の前で、馬が高く前足を持ち上げ、馬車が止まった。
「すみません、マリーさん!」
サミーが謝った。
「馬の体への負担を減らすために、すぐに勢いを殺してしまうわけにはいかなくて、マリーさんには怖い思いを…」
「か…っこいい! サミー先生、天才です!」
「え…い、いえ、それほどでも」
見事な手際に感動したマリーはサミーの手を握って褒めちぎった。
照れたように、はにかんだ笑顔を見せたサミーに「本当にすごいです」とマリーは繰り返した。それから、馬車に轢かれかけ、その場にうずくまっていた女性のもとへマリーは駆けていった。
「大丈夫ですか?」
「ううん。足をひねっちゃったみたいで」
マリーが声をかけると、女性が顔をあげた。ひねった足が痛むのだろう。目じりに涙をため、辛そうに顔を歪めていた。
年の頃は十代後半。茶色のふわふわした髪は肩の上でふたつに振り分けてくくり、都会の女性らしい、ピンク地に黒のリボンがおしゃれなドレスを着ていた。
女性は、デリアと名乗った。




