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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第四章 魔法使いダグラスの後継者
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1 大都市、初めての人混み #マリー

 高い建物、整備された広い道、往来を行き交う馬車、たくさんの人…。

 遠目にも巨大な建物群を見せつけていた大都市は、中に入っても圧巻だった。


「わあっ……!」


 マリーは明るい声をあげた。


「やっぱり大都市はにぎやかだねえ!」


 結局、ケントはあれから何も言ってくれず、考え込んでしまったので、とりあえずシェイド市に行こうと引っ張ってきたのだった。


(出会ったばかりの、あたしのことをよく知りもしない、すっとぼけた相手だと思って、ケントを甘く見過ぎていたかな)


 思考を迷宮入りさせ、頭をぐるぐるさせているケントを横目でちらりと見て、マリーは小さくため息をついた。

 男にだまされたいバカな妹を演じることで、姐イライザとは真意を隠したまま別れることができた。あとはケントにイライザの元へ戻ると言えば、自由になれると思っていた。


(まさかコイツがあたしの真意を見抜くとはね)


 マリーの真意。

 ダグラスから逃げる理由がなくなったなら、決着をつけに行きたい。

 降参したフリをして。凶器を隠し持って。

 結果はどうなってもかまわない。

 イライザは生きていたとはいえ、マリーのまわりで失われた生命を思ったら、何もせずに、マリーだけが生きていくことなど考えられなかった。


(ケントがどこまで察しているかは分からないけど…あたしの気持ちは変わらない。だから、ケントから自由にならなきゃ)


「今まで大きな街は避けてきたから、ワクワクするよ」


 お店の多い通りを歩きながら、マリーは言った。

 カラ元気も多分にあったが、青白い魔力のオーラを失い、魔女マリーとして生きる制約から解放されて、弾む気持ちがあるのも確かだった。

 隣でずっと渋面をしていたケントは、ふと前方を見て目を見開いた。


「…宝石屋がある」

「え? あ…うん、あるね」


 ケントの視線の先をたどってみたマリーもうなずいた。

 パッとケントが表情を明るくした。


「行こう、マリー」

「へっ?」


  *


 ケントが店主をつかまえて生き生きと話をする傍ら、マリーはうつむきがちに黙って突っ立っていた。

 この国の宝石屋にはふたつの顔がある。

 装飾品としての宝石を売る商人の顔と、魔法石を取り扱う魔法石管理者の顔である。


(あれだけ悩みこんでたくせに、魔法石まっしぐらで夢中になってるとか…)


 ケントにとっては、マリーのことよりも魔法石の方が大事なのだろう。


(うん、身勝手なのは分かってるけど、面白くないね。…一瞬、宝石と言えば男性が女性に贈るものとか考えちゃったあたしがバカみたい)


 最初、安っぽい身なりの客にいい顔をしなかった店主は、ケントが魔法石の話を始めると、「お兄さん、分かる人だね」と意気投合、マニアック談話に突入したのだった。


(こんなに饒舌なケントも、楽しそうなケントも、初めて見る…)


 ケントが本当はAランク魔法使いであることも、Aランク魔法使いへの魔法石販売禁止も、だからこそ仕事の褒美に魔法石を要求していることも知らないマリーは、魔力のオーラを消して初めて入店できた宝石屋に浮かれるケントを、残念ながら、異常としか判定できなかった。


(考えてみたら、ケントは拘束の魔法をかけてるくせに、小麦農家のジャックの村ではあたしを置いて出かけるし、あたしが姐さんの天幕で泣きつかれて寝たときも、一人で適当に過ごして平気だったみたいだし…あんまりあたしと一緒にいたいって気持ち、持ってないよね…)


 だんだん考えがネガティブな方向に突入し、悲しい気持ちでいっぱいになったマリーは、気が付いたら、ふらふらと店の外に出ていた。

 往来へと視線を向ければ、華やかなドレスを着て楽しそうに歩く女性たちが目に飛び込んできて──マリーは自分だけ沈んでいるのがほとほと嫌になった。


(ケントの居場所は拘束の魔法の引力で分かるし、どうせあたしがどこ行こうと気にしないんだろうし………あたしだって、少しくらい楽しんできてもいいよね?)


「うん、行こっ!」


 マリーは宝石店に背を向け、足を踏み出した。

 かわいらしい雑貨店や服屋を店の外からのぞき、ぶらぶらと歩く。


(わ、靴屋さんがある。靴なんて作るもので、買ったことないなあ…)


 靴屋のショーウィンドウに飾られたきれいな赤い靴に見惚れていたマリーは、ガラスに反射して映った強い魔力のオーラにハッとした。


(今のって……!)


 ふりかえると、二十歳くらいの、やや長めの黒髪の青年が歩き去っていくところだった。シンプルな襟付きの白いシャツを着ていて、とても清潔感があった。


(強い魔力のオーラ…! 想像より若かったけど、間違いない。あんなに強いオーラはめったにないもの。あの人が、姐さんが言ってた、魔法相談に乗ってくれる魔法使い…!)


 マリーは、あわてて彼を追った。

 ケントがマリーを解放する意思を失くした以上、姐イライザに言われたとおり、魔法相談屋に頼るしかない。

 しかし。


(ひ、人が邪魔っ…!)


 折しも夕暮れ時。たくさんの人々が移動する時間帯。

 人々が思い思いの方向に歩く中、マリーは歩き方が分からなかった。魔女マリーだったころは、人混みを極力避けていたから。

 強い魔力をもった魔法使いはどんどん遠ざかっていく。


「待っ……」


 思わず声をあげたとき。


──ドンッ!


 マリーは誰かにぶつかった。


(弱い魔力のオーラ……この人、魔法使いだ)


「ごめんなさいっ」


 謝ってから見上げると、亜麻色の髪と吸いこまれそうなサファイアの瞳の青年と目が合った。年は、十七、八歳くらい。

 整った顔立ちで、気品があって、まるでお伽噺から抜け出してきた王子様のよう。

 いや、着ている服も上等そうだし、本気で上流階級の人かもしれない。


(やばい、不敬罪とか言われたらどうしよう…!)


 ぶつかった相手が悪かったと顔を青くしたマリーだったが、青年は人懐こい笑顔を浮かべた。


「いや、僕の方こそ、ごめんね。お嬢さん、ケガはない?」

「あたしなんて全然っ! それより、不注意でぶ、ぶつかってしまい…っ」

「…ぷ…くくくっ! あはははっ」


 焦るマリーに、青年はなぜか大笑いをした。


「あ、あのう……?」

「ごめんごめん。きみ、面白いね。僕がどんな人に見えたの? もっとまわりをごらんよ」


 言われてまわりを見ると、青年と似たような服を着た男性は他にもたくさんいた。都市は女性だけでなく、男性もおしゃれなところだった。


「す、すみません。変な勘違いしてしまって」


 マリーはカアァッと赤面した。


「僕はギル。可愛いお嬢さん、シェイド市は初めて? 僕がいいところに案内してあげるよ」


(あ、これ、ナンパ……………)


 人生初のナンパを、マリーは妙に冷静に受け止めた。


「連れがいるので、失礼します」


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