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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第三章 流民一座での再会
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8 姐を騙して破滅へ突き進む #マリー

 ケントと二人で話したい。姐さんは手を出さないで。


 頑固なマリーに、姐イライザが折れた。


「分かった。じゃあ、これだけは約束して。サジッタ一座はもうしばらく動かないから、あんたも近くにいて。お金なら渡すから、宿に泊まって、連絡がつくようにしておいて。絶対に、勝手にいなくならないで。あんたは…あたしのたった一人の家族なんだから」


 真剣にイライザから言われ、マリーは思わず涙ぐんだ。

 姐の愛情が胸に沁みたし、これからそれを裏切る罪悪感がとてつもなく重かった。


──それでも。


(ごめんね、姐さん。本当にごめん…)


「うん、約束する」


 マリーは涙目のまま薄っすらと微笑を浮かべると、まっすぐにイライザを見て、一本芯の通った声で言った。

 全身全霊をかけて、姐を騙す演技を…した。


 そして、イライザは信じた。

 ホッとしたように微笑むと、箱からずっしりとお金の入った小袋を取り出し、マリーに差し出した。


「持ってきな」

「えっ!? 多すぎるよ!!」


 マリーは叫んだ。


「これくらい、今のあたしには端金だよ。それより…」


 そこでイライザは声をひそめると、真剣な表情で言った。


「あたしも噂で聞いた話だから、真偽のほどは定かじゃないんだけど、シェイド市にいる薬屋のサミー・マクドナルドって男が、強い魔法使いで、魔法トラブルの解決に手を貸してくれるらしい。ケントと話してうまくいかなかったら、そいつを訪ねてみな。もちろん、ケントには内緒でね」


 ケントが拘束の魔法の解除に同意してくれなかったときに、救済になりそうな情報を教えてくれる。イライザは今、身軽に動けないから。


「その人は監査局の人じゃないの?」

「少なくとも表向きは、そういう話だね」


 駆け込んだ先が監査局だったら困るとマリーはたずねたが、イライザの回答は曖昧だった。


(あっ、姐さんだって噂でしか知らないんだから、答えろと言う方が無理な話だよね)


 無茶ぶりだったと反省したマリーは、イライザに礼を言った。


「そっか…教えてくれてありがとう」

「ごめんね。確かなことが言えなくて。ただ、誰に聞いても評判は良かったから、人物としては問題がないんだと思うよ」

「うん、分かった。困ったときはその人を頼ってみるね。けど、シェイド市って、随分南の都市だけど…」

「まあ、たしかに南の都市だけど、すぐそこだし」

「え? 何言ってんの、姐さん。ここは北のシーリー地方だろう?」

「は? ここは南のブライス地方でシェイド市の郊外だよ」

「でも、あたしたちシーリー地方に……」


 そこまで言って、マリーは言葉を続けられなくなった。


 流民一座で興行中のイライザが現在地を間違うわけがない。

 マリーがケントと出会った場所も、北のシーリー地方で間違いない。

 つまり、ケントとマリーは数日でありえない距離を移動しているということになる。


「どうやら、ケントに聞くことが増えたみたいだね?」


 厳しいイライザの言葉に、マリーは蒼白になった。


「マリー、やっぱりあたしに…」

「やめて、姐さん! 自分でがんばるから! これはあたしの失態だから。だから…」


 我ながら駄々っ子が過ぎて無理があると思いながらも、マリーは言い張った。


「この頑固もの…!」


 イライザはマリーを責めながらも、ふわりと優しく抱きしめてくれた。


「困ったら、すぐあたしのところへ来るんだよ。絶対だよ。いいね?」

「うん、姐さん…ケントと別れたら姐さんに報告に来る…」


 妹の意思を尊重してくれる姐の心意気に、針のむしろのような思いを味わいながら、マリーは嘘を重ねた。


  *


 魔法の引力をたどってケントを探すと、彼はサジッタ一座のキャンプ地から離れた草原に、一人でポツンと立っていた。

 イライザが言った通り、シェイド市はもう目と鼻の先で、遠目に巨大な都市の建物群が見えていた。


「ケント!」


 マリーが声をかけると、ぼんやりしていたらしいケントは、ゆっくりと振り返った。


「マリー。…イライザは?」

「サジッタ一座にいるよ」

「でも、その…」


 どうやらケントは、拘束の魔法のことでイライザから吊るし上げられるものと思っていたらしい。

 …加害者だなんて、思わなくていいのに。


「大丈夫。ちゃんと納得してもらったから。それより、あの街がシェイド市って、ビックリなんだけど」

「あっ…ああ、俺も驚いた。…なんだっけ。山中とかにたまにあるって聞く瞬間移動ポイント? を通ったのかも」

「…あんたの、魔法の札じゃないのかい?」


 ケントはマリーを助けてくれているだけ。

 そう確信を持ちつつも、姐との約束を果たすため、マリーは魔法の札のことを聞いた。


「いや、魔法の札で瞬間移動はできない。そんな、なんでもできる便利なものじゃないんだ」

「でも…じゃあ、拘束の魔法は?」

「それも無理だ。魔法の札は攻撃を跳ね返すとか、基本は防御用なんだ」


 防御用。

 そう聞いた途端、マリーの心がとくんと跳ねた。

 他人のために防御用の道具を作るケントの魔法使いの師匠も、それを与えてもらえるケントも、信頼に値する、素晴らしい人だと思った。


「ねえ、あんたの師匠はどこにいるの?」


 マリーは聞いた。

 拘束の魔法を解いてもらうなら、ケントの師匠がいいと思った。この魔法をかけた張本人だとしても、ちゃんと話せば分かってくれる。そう思った。

 ところが。

 ケントは顔をこわばらせて、黙ってしまった。


「何? 居場所を知らないのかい?」

「いや…彼は亡くなったんだ」


 そこに喪失の悲しみを感じ取ったマリーは「ごめん」と小さく謝った。


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