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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第一章 二人旅の始まり
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3 始まりは出来心から #ケント

 目の前には見渡すかぎりの茶色い大地が広がり、後ろには爆風で六割がた吹き飛んだ山の残骸がある。

 トレードマークでもある茶色いフード付外套を着て、ケントは魔法で上空に浮かんでいた。

 年齢は十八歳だが、もともとが老け顔のため、見た目は二十代である。


「おい、クリス!」


 ケントは、紫色に光る石に向かって怒鳴った。


「なんだよ、あいつらは!」

『めずらしく連絡してきたと思ったら、愚痴ですか、ケント』


 光る石──魔法石を介した遠距離音声通信相手のクリスは、涼しい声で応答した。


『彼らは増援です。突然爆発して、町ひとつ吹き飛ばした施設の原因究明のための。あなたについていける優秀な者を選抜したはずですが』

「優秀? あれで? 俺、この一週間、ひたすら説明してたぞ! ちょっと考えたら分かるとこまで!」


 ケントは、たまっていた不満をぶつけた。

 ところが。


『でも、二週間の作業が一週間で終わりましたし……逃げた人はいなかったでしょう? みな、あなたとコミュニケーションを取って、きちんと作業してくれた。違いますか?』

「それは……そうだけど」


 理路整然と言うクリスに返す言葉を失くし、ケントは口ごもる。


 たしかにケントから逃げた者はいなかった。みな、ケントの言葉を聞き、理解に務め、不明点は聞き返してきた。

 けれど、彼らが()()()()逃げずに踏みとどまっていることが、ありありと分かるのだ。

 自分に怯える人々の中で、ケントは一週間を過ごした。


「やっぱり俺は……独りがいい」


 ケントはつぶやいた。


 魔法使いの中でも強い魔力のオーラを持ち、また、魔法知識を磨いてきた結果、若手で一番手の評価を得たケントは、只人はもとより、魔法使いたちからも恐れられてきた。

 ケントは、自分を受け入れる気のない人々に媚びへつらうより、独り好きな魔法研究に没頭して生きることを望んだ。


 そして、今。

 正当な手段でその権利を得るため、王家の犬となって働いている。

 王家の敵、反逆者で当代随一の魔法使いダグラスの脅威を排除できれば、引きこもり生活を認めてもらう約束なのだ。


 光る石から、ため息と、『あなたの表情にも問題があるんですよ』という声が聞こえてきた。


「おい、聞こえてるぞ」

『聞かせてますから。四六時中不機嫌な睨み顔をしていたら、誰だって怯えますよ』


 まったく悪びれるところのないクリスの切り返しに、不覚にもケントは安堵する。

 クリスはケントを恐れない稀有な存在だ。

 そして、独りになりたいケントを世間につなぐ枷でもある。


(てか、結局のところ、いっつもこいつに上手く乗せられてんだよな)


『ところで。シェイド市に飛ぶ前に片づけてほしい案件があるんです。どうしても人員の調整がつかなくて。お願いできますか?』

「はあ? なんで俺が!」

『あなたにお願いするのが一番ロスなく済むからです』

「い・や・だ! しばらく独りにさせろ! 俺の言葉はこの一週間で尽きた!」


 あからさまなわがままを言ったケントだったが。


『分かりました。では私の方で…』

「ま、待て! やる。俺がやる!」


 疲れた声ですっと引き下がられた瞬間、「やる」と口走っていた。


(あ…しまった。やっぱナシとか今から…)


『助かります。まず場所ですが…』


(…うん、もう言えねえな、これ)


  *


 案件の説明を受け、音声通信を終了したケントは、両腕で頭をかかえた。


(ちくしょう。なんでやるとか言うかな、俺。あいつがやりたくてやってる仕事なんだから、やらせときゃいいじゃねーか……)


 クリスが大量の仕事をかかえていることなど、ケントの知ったことじゃない。

 本来なら引きこもっていたいところを協力しているだけでも、出血大サービスしているのである。


(次はしない。次は絶対に引き受けない。ああ…俺も魔女マリーみたいに独りになりたい)


 一年前に一度だけ遭遇した、奇跡の存在をケントは想った。



 魔女マリー。

 桁違いの強大な魔力と神がかりな魔法の技を持ち、神出鬼没で変身名人。

 特定の組織に属さず、誰にもつかまらない、孤高の存在。


「って、魔女マリー?」


 例によって空を飛んで指示された場所に向かっていたケントは、眼下の町中に、強大な青白い魔力のオーラを持つ小太りの中年女性を見つけ、思わず止まった。

 魔女マリーは、少女をかばって、男女二人組のならず者と対峙していた。


「あっ、奇跡の魔法…」


 このとき生まれた気持ちは、正直、出来心としか言い様がない。

 このまま彼女を見過ごしたくない、彼女の魔法を近くでじっくり視てみたい…。


  *


(や…やっちまったぞ。どうすんだよ、魔女マリーにケンカ売って)


 人目を気にせず話ができるよう、確保した宿の一室で、ケントは頭をかいた。


(いや、そもそも俺は王家方の魔法使いなんだから、違法放浪者の検挙とか思われるんじゃないか? 国がどうとか、そんな無駄な押し問答はしたくないぞ)


 ケントの場合、魔力のオーラで面が割れる。

 魔力のオーラは、魔法使いが一度に使える魔法の量を視覚的に示し、国は魔力のオーラを基準に、魔法使いをAからFにランク付けしていた。

 そして、ケントの属するAランク魔法使いは、当代一の魔法使いダグラスや規格外の魔女マリーをふくめ、国内に七人しかいなかった。


(ええと…ここは魔力を下げるか)


 魔力のオーラの視え方を変える魔法。

 裏技のようなそれは、ひたすら独学で魔法を究めてきたケントが偶然見つけたものだった。


(魔女マリーは凄い魔法使いだけど、魔力のオーラで身バレしてるんだから、この魔法の存在には気付いてない。ええと…どのランクにするかな…)


「あ」


 ふと窓の外を見たケントは、時間切れ──魔女マリーの到着に気付いた。


(うん、とりあえず魔力のオーラ、消そう)


うん、とりあえず消しちゃダメだよ。

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