6 姐の腕の中で泣く #マリー
魔法のショーで人々を魅了する美貌の舞姫セシリア・レインは、マリーの生き別れの姐イライザだった。
ケントに席を外してもらった後。
「あたしの可愛いマリー」
イライザはマリーを隣に座らせ、抱き寄せ、頭をなでてくれた。
そういうスキンシップの多い一座だった。なつかしさにマリーは涙ぐんだ。
「あんたの、あのやわらかで綺麗な青色のオーラはどこいっちゃったんだい?」
「呪い続けてたら消えたの。だから、もう魔女じゃないの」
「そう…マリー、聞いてくれる? あたしね、最低な姐さんだった。魔法使いダグラスにイリス一座を滅ぼされたとき。あんたが行方不明だったのに、みんなの埋葬をしたあと、サジッタ一座に移籍して、ここで生きることを決めたの。イリス一座の生き残りがいるとダグラスにバレないよう、姿を変え、名前も変え、舞姫として充実した毎日を送ってきたの」
「姐さんは最低じゃないよ。みんなの埋葬をさせてごめん。地獄を見せてごめん。あたし、姐さんが充実した毎日を送ってきてくれたことが、本当に嬉しい」
姐の懺悔にマリーは一生懸命首を振った。
昔のイライザは筋肉質でがっしりした体つきで、ピエロの芸をしていた。
けれど冗談混じりに、もし自分が女性らしい脚線美をもつ舞姫だったら一座をもっと盛り立てられるのに、と繰り返し言っていた。
昔を隠すためとはいえ、イライザがかつての憧れを実現し、少しでも良い時間を持ってくれたなら、これほど救われることはない。
ところが、そこで。
「あたしは辛かったよ、マリー。あんたの噂を聞くたびに、もういい、復讐なんて考えず年相応に生きて欲しいって、ずっと思ってた」
反対の立場の悲しみを訴えかけられ、マリーは固まった。
頭から冷水を浴びせられた気分だった。
イライザと再会し、彼女の栄光を喜んだからこそ、姐の悲しみが痛いほどに判ってしまった。
「でもまあ、魔女でなくなったんなら復讐ももう終わりだね。第一あたしが生きてるし! 今日ほど生き残って良かったと思えた日はないよ!」
「…姐さん」
喜び一杯に抱きしめるイライザの腕の中で、マリーはぐっと自分の心を抑え、甘えるように姐にすがりついた。
本当は復讐を諦めていないことを、イライザに悟られないように。
「ああ、そうだ。今日は驚いたよ。噂ではあんたは単独行動と変装にこだわってたみたいなのに、元の姿で男連れだったからさ」
甘えてくるマリーに安心したのか、イライザはがらりと話題を変えた。
大事な妹が連れてきた男は何者なのか。それが最重要課題だと、意気込みが有り有りと伝わってくる。
うっ、とマリーはうめいた。
これはこれで答え方の難しい話題だ。
「…色々あって、今はケントと二人旅してるの」
「ケントはあんたが魔女マリーだと知ってるの?」
「うん」
「魔法使いと関わりがあるみたいなこと言ってたけど、どういう男だい?」
「魔法使いから魔法石を奪って、魔法による争いをなくそうとしてる人だよ。魔法使いの師匠の話は今日初めて聞いたけど」
深く追求されたくないマリーに対し、イライザはズケズケと質問攻めにしてくる。
さすがは姐。遠慮がない。
「ふーん…」
「な、なあに? 姐さん、ケントが気に入らないの?」
納得し難い様子のイライザに、マリーは恐る恐る尋ねた。
イライザはキッパリとうなずいた。
「気に入らないね。最近でこそ監査局が魔法道具を多用してるけど、元来、魔法使いは魔法の力を独占したがる生き物じゃないか。上位になればなるほどね。他人のために便利な魔法道具を作るなんて、よっぽどのことがなきゃやらないよ。ましてや自由に魔法を書いて使える札を持ってるなんて……あの男は相当の食わせ者だよ」
「やめて。ケントはあたしの逃亡を助けてくれてるんだよ」
「どうかな。悪いけど、あたしにはあんたが男に惚れて、嘘に目をつむってバカになったようにしか見えない」
「そ…そんなことないっ! 姐さんのバカ!」
マリーが叫ぶと、イライザはいよいよ顔つきを険しくした。
「それなら聞くけど、ケントが助けてくれてるっていうのは、あんた一人の逃亡が困難になったからってことだよね?」
「…そうだよ」
「なら、あんたはサジッタ一座においで。魔女じゃないあんた一人くらい、造作もないことだよ。あんたにケントはもう必要ないんだ」
ケントは必要ない。
イライザの厳しい指摘に、マリーは目の前が真っ暗になった。
一度、自分でもケントにそう言って二人旅を終わりにしようとしたが、第三者から改めて冷静に言われると、自分の中の別れる覚悟がいかに脆弱だったか思い知らされた。
「さあ、マリー。ケントをここに呼んで、あたしの前で別れ話をしてよ」
意地悪な、けれど、マリーを心から思うイライザの言葉。
追いつめられたマリーは、ぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめ…なさい。魔法で……一定距離以上離れられなくて………」
マリーがそう言うと、イライザは深いため息をついた。
「…おかしいと思ったんだよ。中年魔女マリーとして独り戦ってきたあんたが、素顔で男連れとか。あんたは器用に気持ちの切り替えをできる子じゃないから。…マリー」
イライザは優しい声でマリーを呼ぶと、そっと抱きしめてくれた。
「ああ…本当だ。魔法の終端があるね。ごめん…本当にごめんよ」
「なっ…どうして姐さんが謝るの?」
「魔法で拘束した男に心を奪われるくらい、あんたを独りにして追いつめちまった……でも、それも今日までだ。今日からはあたしがあんたを守るから。魔女としては役立たずだけど、これでも売れっ子舞姫だからね。金も人脈も、少しはあるんだよ」
イライザに『守る』と言われ、マリーは「うぅ…」と嗚咽をこぼした。
そのあとは、もう止まらなかった。
イリス一座でみんなに守られていた十三歳の子どもに戻ったみたいに、イライザの胸に顔をうずめて、わんわん泣いた。




