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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第三章 流民一座での再会
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4 紅蓮の舞姫 #ケント

(くっそ、クリスの野郎、マリーを巻き込んで仕事しろとか、気楽に言いやがって…!)


 ケントは心の中でクリスに八つ当たりをした。

 山中を歩くこと二日半。結局、ケントはマリーに真実を伝えられなかった。

 そこでクリスから出た指示が、マリーと一緒に次の仕事先であるシェイド市へ行けというものだった。シェイド市でクリスも合流して、マリーのことをなんとかするから、と。


(これ以上クリスに介入させて、マリーの秘密を勘付かせるわけにはいかない…)


「………ケントってば!」


 物思いに沈んでいたケントは、大声にハッとした。

 目の前でマリーが可愛らしくほっぺたを膨らませていた。

 山は降りてしまい、二人が歩いていたのは街道だった。


「もうっ。考えごとをするなとは言わないけど、呼びかけには気付いてくれないかい」


 マリーはぷんぷん怒って言った。


「…すまない。それで、ええと…何かな?」

「見て! ほら、あれ!」


 街道の前方を指して、マリーが言った。

 大小いくつかの天幕があり、たくさんの人でごった返していた。風に乗って呼び子の男性の声も聞こえてくる。


「ええと…サジッタ一座? の、公演がもうすぐ始まるようだな」

「ケント。あたし、人混みはちょっと…」


 マリーはケントの服をつかみ、憂い顔で言った。

 人がたくさんいれば、視る目にすぐれた者がいる可能性も高まる。


 マリーの心配を察したケントは、「大丈夫だ。きみはただの女の子なんだから」と、小さめの声で答えた。


「あ…ごめん。つい、癖で」


 マリーは、青白い魔力のオーラで身バレすることを心配した、自分の勘違いを恥じ入るように頬を赤くしてうつむいた。


「普通に通り過ぎよう。かなり人気の公演のようだ。みんな、公演の方に気持ちがいってる」

「そうだね」


 マリーもうなずいた。

 ところが。二人の行き先、街方面から大量の人が押しかけてきているせいで、天幕を境に街道は人であふれていた。

 しかも、二人にとっては流れが逆だ。


「これは…」

「人の数が減るまで進めそうにないね」


 ケントとマリーは顔を見合わせて足を止めた。

 そこへ。


「お兄さん、お姉さん。セシリア・レインの魔法公演はこっちだよ! さあさあ!」


 呼び子が二人に声をかけ、公演のある大天幕へ誘導しようとした。


「いや、あたしたちは…」

「魔法公演? それは気になるな」


 自分たちは客じゃないと言いかけたマリーとは反対に、ケントは呼び込み文句に反応した。


「これもなにかの縁だ。行こう、マリー」

「え!? えええ!?」


 マリーの抗議の叫びをスルーし、ケントは公演会場へと足を向けた。


  *


 臙脂色の巨大な天幕の中に、たくさんの人がひしめき合っていた。魔法を取り入れたショーを見に来た人々だ。

 いくつかの演目の後、大きな歓声とともに真っ赤なドレスを着た二十代の女性が現れた。

 亜麻色の髪と瞳、はっきりした顔立ちに少しきつめの目元。耳には真っ赤な薔薇をかたどったインカローズの魔法石のピアス。華という言葉がぴったりとはまる美貌の舞姫。

 舞姫はごく弱い魔力を持った魔女だった。


「みなさま、お待たせいたしました。セシリア・レインのローズの舞。心ゆくまでご堪能ください」


 セシリアは優雅に一礼した。

 それから舞台後方に置かれていた細身の二本の剣を手に、始めのポーズをとった。


 音楽が鳴りはじめる。

 しなやかな動作で剣を身体の一部のように操り、セシリアは舞った。

 セシリアが動くたびに赤いドレスの裾がふわっと舞う。まるで踊る彼女自身が薔薇の花のよう。


 舞は次第に激しさを増していった。

 そして、フィナーレ。二本の剣が天井に投げあげられた。

 セシリアから、小さな魔法の波動。

 天幕の天井の深いところまであがった剣が薔薇の花びらに変わり、舞台の上に花吹雪となって降ってきた。

 わあっと歓声があがった。


(天井の、客からは見えない場所に剣を突き刺して、あらかじめ花びらを入れておいた籠を魔法でひっくり返したのか。見事なもんだな)


 セシリアくらいの低位の魔法使いは軽い物を動かす程度の限られた魔法しか使えない。

 けれども簡単な魔法を創意工夫で補って観客を惹きつけるショーに仕立てあげるのは、素晴らしい才能だと思った。


 そのとき。

 天幕の外から魔法の発動があった。

 次の瞬間、天幕が燃え上がった。


「きゃあああああっ」


 突然の業火に歓声が悲鳴に変わった。

 とっさに対抗するための魔法を口にしかけたケントだったが。


「ケント!」


 自分を呼ぶマリーの声に、ケントはハッとした。

 魔法の呪文を中断し、胸元から一枚の札を取り出す。札の端でぴっと指を切ると、にじんできた血ですばらく文字をつづり、その札を地面にバシッとたたきつけた。

 炎と化した天幕の内側に水の壁が現れた。炎の攻撃をふせぐ水の防御壁だ。


「お客様、落ち着いてください! 水のシールドが私たちを守ってくれていますから! 大丈夫です、セシリア・レインを信じてください!」


 よく通るアルトの声が場内の騒動を沈めた。

 やがて。

 炎を操っていた魔法使いは魔力を使い果たしたらしく、魔法攻撃は止んだ。

 ケントが札から指を離すと、水がサアッと引くように防御壁が解除された。


「みなさま、ただいまの騒動は、このセシリアの不徳の致すところです。心よりお詫び申し上げます。二度とこのようなことがないよう、開催の継続、態勢等、熟考致します。ですから、もしまたの機会がございましたら、こりずに来ていただけたらと、サジッタ一座一同、心よりお願い申し上げます。本日はご来場、誠にありがとうございました」


 セシリアが挨拶をすると、拍手と歓声が沸き起こった。


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