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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第三章 流民一座での再会
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3 歩く顔面凶器のはずが #ケント

「あ、しまった。俺の顔のこと……」


 クリスとの魔法通信を終わらせたあと、ケントは聞きそびれた話題を思い出した。

 マリーがケントに話して聞かせてくれた粉問屋の事件の中で、彼女は目つきの悪い監査員をケントと結びつけなかったのだ。


(むしろ俺の顔が怖く見えるなんてありえないって反応だったよな)


 よくよく思い返してみると、マリーに拘束の魔法をかけて宿に誘い込んだ最初、まずは友好的に話そうと精一杯、愛想よくした。

 それから、幻の美少女が真実の彼女だと分かり、マリーと一緒にいる間、ずっとふわふわした気持ちだった。


(あ…それに、さっきなんか、マリーがあまりにも機嫌よく笑いかけてくるから、俺もつられて、少し笑ったような…)


 そのときのことを思い出すと同時に、ケントは自分の顔の筋肉のゆるみを意識した。


「ん?」


 嫌な予感を覚えたケントは、指を自分の頬に持っていってみた。

 ………なんとなく、普段より柔らかい気がした。


「いや、いくらなんでも、そんなわけ…」


 背中に冷や汗を感じながら、ケントは強がった。


「クリスがうるさく言うから頑張って愛想よくしたときだって、ガンつけてるって怖がられたんだぞ? …よ、よし、魔法で見よう! この距離ならマリーに気付かれることもないし」


 クリスと音声通信するために、マリーの寝ている場所から離れていたケントは、独りしゃべった。

 ちなみに、魔法を使うと、空気を通して魔法の波紋が広がる。ただ、魔法量の小さな魔法は広がる範囲も波紋も小さいので、距離を取れば感知されることはなかった。

 ケントは、地面の一部を鏡にする魔法の呪文を唱えた。

 そして。


「は…? え…?」


 一度見て信じられなくて、周りをキョロキョロしてからもう一度見て、やはり映った顔が受け入れ難くて、ざざざ、と尻を地面にすりつけながら後ずさった。


(こ…これが俺の顔か!?)


 地獄の使者とか、歩く顔面凶器とか、さんざん言われた険のある顔の男はどこにもいなかった。どちらかというと、ぼやっとした表情の、とりたてて特徴のない男の顔だった。


(俺、マリーの前でこんなデレた顔してたのかよ。しかもこの顔、クリスに見られたんだよな? うわあ……死にてぇ………)


 ケントは赤面し、地面に突っ伏した。




 しばらく悶えたあと、焚き火の場所に戻ると、マリーは寝入ったときと同じ姿勢ですやすやと眠っていた。


(魔法で拘束した男と二人きりだってのに、どうして寝られるんだろう…)


 この二人旅は疲れ切った彼女を回復させるためのもので、彼女がゆっくり眠れることは望ましいはずなのに、なぜかケントは面白くないと思った。


  *


「ご、ごめん、ケント! 起こしてくれて良かったのに!」


 ふいに背中で声がした。

 マリーが目を覚まし、火の番をしなかったことを謝ってくる。

 焚き火の前に座って考え込んでいたら、いつのまにか東の空が白み始めていた。


「ああ、おはよう。べつに俺は一日くらい、どうってことないから気にしなくていい」


 ケントは言った。

 ところが。


「気にするさ! 旅の仲間なんだから、負担は平等にしなきゃ!」


 当然のように言ったマリーに、ケントは心がざわめきたつのを感じた。


「旅の…仲間?」

「そうだよ。一緒に行動する旅の仲間」

「きみはどうしてそう……」


 身勝手な拘束者に甘い顔をするのか。

 自分は被害者だと言えばいいのに。ケントの顔も見たくないと、嫌えばいいのに。そうすれば、その瞬間に自由になれるから。


(いや、違う…俺が本当のことを話さなきゃいけないんだ…)


 マリーは、ケントが慈善の気持ちだけで行き倒れ寸前の彼女を助けたと思っているのだ。

 本当のケントが魔法使いで、凄腕の魔女マリーに魔法勝負を挑みたくて拘束したことも、身も心も美しい彼女を穢してしまいたい衝動を腹の底に隠し持っていることも、何も知らずに。


(マリー、顔色は良くなったな)


 彼女の顔を見ていたケントは、ふとそのことに気がついた。土気色だった頬は赤みがかり、痩せていても病的な感じはしなかった。


(そうか。もう、保護対象とは言えなくなってるんだ…)


 一緒にいることが彼女を助けることでなくなったのなら、もう拘束を続ける正義はない。

 クリスがマリーと話をつけると言っていたが、ケントにそのつもりはなかった。クリスに任せたら彼女が魔女マリーとバレる。

 そもそも、クリスの手を借りるまでもなく、単純な話なのだ。

 拘束を解けば彼女は孤高の魔女に戻る。

 罪滅ぼし代わりに魔力のオーラを消す魔法を教えて、彼女を解放して、それで終わり。


「ま……マリー」


 ありったけの勇気を総動員して、ケントはその名を呼んだ。

 マリーは、朝ご飯の材料でも聞くみたいな顔をして耳を傾けてくれた。


「なんだい?」

「その…つまり…えと………」


『俺が魔法をかけた魔法使いなんだ』


 シンプルに真実を伝える言葉を一度、胸の内でつぶやき。

 それから、すう、と息を吸いこんで。


「お……」


──嫌いなんだよ、あたしは。魔法も、魔法の力で相手をねじ伏せようって考え方も。


 真実を伝えようと口を開いた途端、該当者全員を激しく憎んだマリーの言葉が胸に蘇ってきて、ケントは硬直した。


「ケント? 気分でも悪いのかい?」

「…ご飯にしよう。用意してくれるか?」


 気遣ってくれるマリーから目をそらし、苦い思いを腹の底に呑み下して、ケントは言った。


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