1 ケント×クリス2回戦(1/2) #クリス
カチ…カチ……。
カリカリカリ…。
壁時計の音と、紙に文字を書く音だけが静かな部屋に響く。
ケントからの急なフォロー依頼で小麦農家の村に出向き、マリーという少女に出会った日。
都に戻ったクリスは、諸々のフォローや急ぎの現場対応をした後、執務室で書類を片付けた。
一区切りついて時計を見ると、八時をまわったところだった。
(後は…ブロウ所長に約束した書簡を書いて、それからケントの問題を考えなければ)
引き出しから便箋を出したところで、リン…リン…と澄んだ鈴のような音が鳴った。
魔法石を利用した遠距離通信の呼び出し音。ケントだ。
「私です。早かったですね。マリーさんは?」
呼び出しに応じ、クリスは言った。
「マリーは横になったらすぐに寝るんだ」
魔法石がケントの声を伝達した。
取り立てて悔しそうな様子はない。むしろ彼女が早く寝てくれると都合がいいと思っているふうだった。
(恋心から魔法で拘束しておきながら、健全な保護者ポジションに甘んじて何の不満もないとか…)
正直、男としてはどうなっているのかと思う。
ただ監督者としては、ケントがマリーを無理やり襲う心配がないおかげで悠長に構えていられる。
「ええと…」
「マリーさん、視る方だったんですね」
なにから話せばいいのかと言いよどむケントに対し、クリスはそう切り込んだ。
「…うん」
ケントがうなずく。
罪状の確定に、ため息がこぼれた。
視る能力者に対して、魔力のオーラを消して魔法使いではないと思わせ、魔法を解く手段がないと嘘をつく。本来ならきわめて悪質な行為と即断罪すべきところなのだが。
マリーが拘束の魔法を嫌だと感じれば魔法が解けるようにしていたり、現状マリーが嫌がっていないと判断できたり、解放すればマリーが死に急ぐと分かっていたりするので、単純に一面だけを取り上げて叱りにくい。
「とりあえず、どう出会ったか教えてもらえます?」
クリスは言った。
ケントは、ふらふら街道を歩く彼女が心配になって声をかけたのだと言った。魔力を消したのは、彼女が視る者だったらムダに怖がらせることになると思ったから。
「話を聞いたら路銀がつきて空腹だっていうから、しばらく俺と一緒に旅をしないかと誘ったんだ」
「魔力を消して近づいておきながら、一緒に行こうと誘ったんですか」
「忘れてたんだよ!」
「それで、断られたから魔法をかけた?」
「ああ。マリーがこのまま死んでもいいみたいなことを言うからさ」
「…なるほど、それで」
クリスはうなずいた。
おそらくマリーは、他者の助けを拒んで苦境を突き進み、行き倒れるところまで行き着いていた。
魔法による拘束がなければ寝食の援助も叶わなかっただろう。
「魔法はどうやってかけたと説明を?」
「ちょうど通りすがりの魔法使いがいて、かけてもらったと」
「…よく信じてもらえましたね、それ」
「道端の女の子を気に入って魔法使いに魔法を頼むのはよくあることだって、マリーは言ってたけど」
「ああ…なるほど。マリーさんはこれまでにもそういう被害に遭われてきたんですね」
同意を示しながら、クリスは心中で唸った。
たしかにマリーは今でこそ可哀想なほどに痩せているものの、類い稀な美少女。異性トラブルからの魔法被害が多くても不思議ではない。
(不思議ではないのですが……マリーさんにしてもケントにしても、あからさまに重大な何かを私に隠しているんですよね……とはいえ直接問いつめても出てきそうもないですし)
質問の方向性を、クリスは変えることにした。
「ところで、マリーさんの元の所属一座の名前は聞いていますか?」
「一座の名前? ええと確か…ああ、そうだ。イリス一座って言ってた」
「イリス…古い言葉で『虹』ですね」
(古い言葉を好む流民らしい名前…これは当たるかもしれませんね)
本人を攻めて駄目なら、知り合いを探すまで。
(情報収集はこのくらいにしておきますか)
「では、本題と行きましょうか。あなたがマリーさんにしていることは、万死に値するほどの卑劣な行為ですよ」
クリスは言った。
今回のケースは特殊すぎる。普通にやらかしたら許されない行為である以上、釘は刺しておかないと。
「う…」
「バレたらマリーさん、ますます魔法使いを嫌いになるでしょうね」
「ああ…」
ケントの声のトーンが落ち込む。
嫌われる想像でへこむのは、嫌われたくないから。彼女に惹かれて、彼女に好かれたいと思う気持ちもちゃんと持っているのだ。
(まあ、バレても嫌われないような持っていき方はありますけど。マリーさんがケントに救われたと思えばいいわけですから。ただ、この方法には問題がありますけどね…)
「あと、これはうちの都合ですが、国家機密を拡散するわけにはいかないんですよ」
国家機密。
魔法で魔力のオーラを消せること。
ケントが見つけた魔法だが、魔法使いを管理する国に大打撃を与える魔法ゆえに拡散は許可されていない。
「え……と、それって、つまり」
「あなたが魔法使いであると明かさないですむ方法を考えます。それから、マリーさんが前向きに生きていける道も考えましょう。あなたにヒアリングを期待しても仕方ないでしょうから、なんとか私が話を聞ける方法を考えます。少し時間をください。…マリーさんもあなたのことを、自分を助けようとしている人だと思ってくれていますしね」
「は、はい」
最後の言葉は、マリーがケントの行為を許容していることを認識してほしくて言ったものだったが、ケントの反応は叱られただった。
問題を確信してクリスはため息をついた。




