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魔女マリーが生まれた日(後編) #マリー

 男が叫びながら、十歳前後の少年を追いかけている。


「ドロボー! その髪留めかえせ!」

「ちげーよ!」


 少年が叫び返す。

 男が少年に追いつこうとしたとき、どってんと転んだ。


「なにしやがる、このクソババア!」


 足を出して男を転倒させた占い師に、男は激怒した。


「あんたの探し物はこれだろう?」


 占い師──痩せ型の初老女性に変装したマリーは、男の目の前に木工細工の髪留めをつきつけてやった。

 木工細工の髪留めは庶民のプロポーズの定番アイテムである。


「へ?」


 マリーが差しだしたものを認識すると、男は口をあんぐりとして、なんとも間抜けな顔をした。


「そこに落ちてたよ」

「よくみろ! これは母ちゃんの形見だ!」


 少年も自分の持つ髪留めを掲げてみせた。

 少年の髪留めは使い古されていて、他方、マリーの髪留めは新品だった。


「そう、これ! これでプロポーズを」


 男はひったくるようにマリーの手から髪留めをとると、走り去っていった。


「占い師さん、ありがとう」

「べつに」


 礼を述べた少年に、マリーはそっけなく応えた。

 人と深く関わらない。

 そういうルールを自分に課していた。

 いくら良好な関係を築いても、マリーのオーラを視る人が出てくれば、魔女と怖がられ騒がれるから。


 そう。

 老婆亡きあと森を出たマリーは、自分が人から化け物と恐れられる存在であることを知った。これまでマリーの周りにいてくれた人たちが特別だったのだと。


 マリーは放浪の占い師となった。

 十三歳の少女では相手にされなかったから、占いの師匠ジェシーに変装した。

 愛想をそぎ落とし、近寄りがたい雰囲気をまとうようにした。

 すると、占いの客以外、誰もマリーに寄って来なくなった。

 心は寂しかったが、トラブルも減って穏便に生きやすくなった。


 髪留め泥棒の容疑を晴らした少年に背を向けて、マリーが歩き出したとき。


「それにしても傑作だったね! 占い師さんが髪留めをさしだしたときの、あの男の顔!」


 少年が言った。

 マリーは思わず足を止め、男の顔を思い返した。


「ああ、間抜けだったね」

「俺、当分はあれでメシが食えるよ! ほんと、すんげースッキリした!」


 少年の言い様に、マリーは頬をゆるめ、笑った。


「ありがとう、占い師さん!」


 最後に笑顔で礼を言い、少年は去っていった。


  *


 その日は、街道で夜をむかえた。

 満月を見上げ、マリーはふと気が付いた。

 一座を失くしてから初めて笑った、と。


 同時に、森の奥で世話になった老婆の手紙を思い出した。

 笑っている自分に気付いたら、生き方を考えなさいと。


「あたし…どうしたいんだろう…」


 マリーは手鏡をとりだした。

 占いの師匠ジェシーの顔。

 改めて見ると、涙が出そうだった。


「姐さん……」


 会いたくてたまらない人に、やっと会えた気がした。

 それが自分で、鏡の中のジェシーも青白いオーラをまとっていても。

 頭の中で思い描いているのと、たしかなビジョンがあるのとでは全然違う。


「クララ姐さんに会いたい…」


 マリーはクララを思いだし、クララの顔を作った。

 目鼻立ちのはっきりとした中年女性。

 みんなを上手にまとめる座長だった。


「イライザ姐さんにも…」


 マリーは思いつくそばから変装をした。

 無我夢中だった。

 変装が完成するたびに、いいしれぬ満足感がこみあげた。

 心のすきまが、ほんの少し埋まる気がした。

 マリーが一座のみんなの変装を終えたころ、東の空が白みはじめた。

 夜が明ける。

 朝日の中でマリーは一輪の花を思い出した。


「ばあちゃん……」


 森の奥でマリーの面倒を見てくれた老婆。

 マリーが埋葬して、塚に一輪の花を植えた。

 彼女にも会いたい。


「あれ……?」


 マリーは、迷うように頬をなぞった。

 ずっと『ばあちゃん』とだけ呼んで、名前も聞かなかった老婆。


「どんな顔だっけ? 小柄…だったよね? え? 思い…出せない……」


 マリーは慌てて袋を漁った。


「…あった」


 袋の底にあった手紙を胸にあてた。

 涙がこぼれた。


「ごめん、ばあちゃん。あたし、ばあちゃんの顔、思いだせないよ…ごめんなさい……」


 マリーは泣きながら、一生懸命、老婆の姿を思いえがこうとした。

 しかし老婆の姿は浮かばず、代わりに歌を思い出した。

 老婆に声をかけられるまで聴いていた歌。


「ママ……?」


 マリーはつぶやいた。

 あれは、幼いときに死別した母がよく歌ってくれた歌だった。


「そうか…ママがあたしの身体で歌って、ばあちゃんを呼んでくれたんだね」


 あのとき老婆が来なかったら、マリーは永久にあの場所から立ち上がることなどできなかっただろう。

 また、老婆の手紙がなかったら、一人でも生きていこうとは思わなかった。

 化け物と呼ばれ、村を追われたとき。

 失敗続きでくじけそうだったとき。

 どこか自分の意思とは違うところで前に進んできたような感覚があった。

 老婆の手紙と母の愛がマリーをここまで引っぱってきてくれたのだ。


「でも、もうママの声も思い出せないよ…」


 マリーは目を閉じた。

 まぶたの裏には何も映らない。

 ただ、しずかに決意を感じていた。



 どんなに困難でもやらねばならないことがマリーにはある。



(いこう)


 マリーは立ち上がった。

 耳元でカルセドニーのイヤリングが揺れた。

 いつだったか占いの師匠ジェシーが言ったっけ。


『この石はね、未来に希望の光をあたえてくれる石なんだよ。どんな辛い目に遭ったとしても、やっぱり未来を見て、立ち上がってほしいからねえ』


(ごめん、ジェシー姐さん。あたしには未来とか言われてもわからない。でもこのまま逃げていても、やっぱり未来なんか見えないから。この行動の先に未来があるのか分からないけど……あたし、行くよ)


 マリーは手早く荷物をまとめると、最後に変装したイリス一座のリュート弾きパティの姿で一歩踏み出した。


 はじめて自分の意思で踏み出す一歩を。







 それから程なくして。

 魔法使いダグラスに一人で立ち向かった中年魔女として、マリーの名が国中に轟いた。


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