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魔女マリーが生まれた日(前編) #マリー

シリアスです。人が亡くなる描写があります。

 マリーは流浪の民だ。


 かつて一座のみんなは彼女を魔女だと知りながら、一番小さな家族として可愛がってくれていた。

 魔女といったところで、魔法も知らなければ、魔法を使うために必要な魔法石も持たない。

 それならただの人と同じというのが座員の共通した考えだった。


 その日は、久しぶりに晴れた気持ちの良い朝だった。

 やっと火の通ったものが食べられると、みんな嬉しそうに食事の支度を始めた。

 十三歳のマリーも桶を手に川へ水汲みへ。

 早くごはんを食べたいと、小走りに川へと急ぐマリーの足を止めたのは、大きな魔法の波動だった。


 清々しい朝の空気を引き裂いた、強大で禍々しい魔法の波動。

 初めて感じたソレに、マリーは恐怖し、混乱した。

 それでも嫌な予感につき動かされて、一座のキャンプ地へと走ってもどった。

 そして。







 マリーは地獄絵図を見た。







 さっきまで元気で明るく笑っていた人たちが、みんな地面に倒れていた。

 なんの外傷もなく倒れていただけだったが、マリーの目には彼女たちが受けたばかりの魔法の残滓が視えた。


 目線をあげると、地面から数メートル上空に、黒いフード付き外套を着た魔法使いが浮かんでいた。


 強い魔力。

 年は五十歳前後。

 短く刈りこんだ白髪。

 まだハリのある褐色の肌。

 まっすぐにマリーを見定める、青い目。


 魔法使いダグラス・ウォーレン。

 彼が、当代一と恐れられる魔法使いであることは後で知った。


 この日。

 マリーは暖かで優しい世界を失くした。


  *


 さびれた街道すら近くにはなさそうな、深い森の中。

 マリーは木の根に腰をおろしていた。


「こんなところで何をしておるんじゃ」


 しゃがれた声に、マリーは顔をあげた。

 小柄な老婆が立っていた。


 どうしてこんなところに老婆がいるのか。

 果たして本当に見た目どおりの存在なのか。

 そんな疑問がわいてもおかしくなかったが、深い森の中にいておかしいのはマリーの方も一緒だったし、このときのマリーには老婆の正体などどうでもよかった。


「歌を聴いてるの」


 消えいりそうな声でマリーは答えた。

 その答えに、老婆が動揺した。


「歌を、聴く…じゃと?」

「おばあさんも聴こえた? 透明で優しい声……すごく懐かしい声」

「……歌っていたのは、おまえさんだろう」


 ためらいののち、老婆が言った。


「え?」

「歌っていたのは、おまえさんだ。ここには、わしとおまえさんしかおらん。……もしかしたら、おまえさんを大事に思う誰かが、おまえさんの身体を使って歌っていたのかもしれんが、わしに聴こえたのは子どもの、おまえさんの声じゃよ」


 おまえは独りだ。

 老婆に指摘され、マリーの頭に地獄絵図がフラッシュバックした。


「そう…だよね……みんな、いなくなっちゃったんだ……」

「名前は?」

「マリー」

「来なさい」


 老婆は短く命じた。

 マリーは何を言われたのかと、老婆を見上げた。


「立って…わしの後をついてきなさい」


 そこで、やっとマリーは立ち上がった。




 マリーが案内されたのは、泉のほとりに建つほったて小屋だった。

 部屋はひとつで、家具もベッドとテーブルと椅子がひとつずつ。

 老婆はマリーを椅子に座らせると、小屋を出ていった。

 それから、気がついたらテーブルの上にスープが乗っていた。

 山菜や木の実、きのこがたくさん入っていた。

 マリーがじっとスープをながめていると、老婆はマリーにスプーンを持たせた。


「ほれ」


 せかされて、マリーはスープを口に流しこんだ。

 味は分からなかった。

 それが熱いのか冷たいのかすら。

 ただ、老婆の顔をみて、スープを空にしなければいけないのだと思い、空にした。

 すると、老婆が口を開いた。


「さっさとその椀を、泉で洗ってきてくれんかの。わしが飯を食えん」


 そのとき初めて、マリーはテーブルの上にあるもうひとつの椀に気付いた。

 自分が老婆に席をゆずらないと、彼女が座る椅子もなかったのだ。


「ごめんなさい…」


 マリーは慌てて立ちあがると、空になった椀を手に泉へといった。




 それからしばらく老婆とその小屋で過ごした。

 老婆はマリーに何も聞いてこなかったし、マリーもほとんどしゃべらなかった。

 交代で食事をとり(必ずマリーが先だった)、夜は二人ひとつのベッドで眠った。

 また、老婆は山菜採りにマリーをつれだし、どれが食べられる植物でどれが食べられない植物なのかを教えてくれた。


  *


 その日、マリーは床で目覚めた。

 いつもなら老婆がマリーを起こして、ベッドに誘導してくれたのに。


「ばあちゃん…もう明るいよ。ばあちゃん?」


 マリーはベッドで眠る老婆に声をかけ、揺さぶった。


「!」


 指先が感じとった感覚に、マリーは固まった。

 老婆は冷たかった。


「ばあちゃん? ねえ、起きて! いやだよ!」


 ベッドの上で冷たくなって動かない老婆に、マリーは叫んだ。

 そのとき、老婆の胸元から紙が落ちた。

 マリーは吸い寄せられるようにそれを手に取った。


 手紙を広げる。

 気力を振り絞って書いたのが分かった。

 読み進めていくうちにマリーの目から涙があふれだした。

 この森で目覚めてから一度も泣いたことはなかったのに。

 熱いしずくが後から後からあふれだし、マリーは何度もそれをぬぐいながら手紙を読んだ。


「ばあちゃん……」


『マリーへ


 お願いがあって、この手紙を書きました。

 おまえさんがこの手紙を読むころ、私は動かなくなっていることだろうね。

 どうか驚かないでおくれ。

 これは、おまえさんに出会う前から分かっていたことだから。

 私は望んでこの場所で生涯を終えるんだよ。

 だけど、ひとつだけ希望があって。

 どうか私の亡骸を土に埋めておくれ。

 本当は私の亡骸をみつけてくれる見知らぬだれかに宛てて手紙を書こうとしていたのじゃよ。

 そんなとき、おまえさんに会って。

 おまえさんは私を安らかな眠りに導いてくれる天使なのかねえ。

 もしそうじゃないとしたら、お願いしておくよ。

 私が死んだ後はここを出ていっておくれ。

 私は一人で静かに眠りたいのさ。

 すぐじゃなくていいから。


 そうそう、おまえさんにひとつ、お節介を言っておこうかね。



 今は、がんばらなくていい。



 痛みから目をそらして、ただ生きなさい。

 うまく生きようなんて考えなくていいから。

 そうしてね、もしある日、そのことに気付いたら。

 笑っている自分に気付いたら。

 そうしたら、振り返りなさい。

 この日のことを。


 その後は、、、そうだね。

 もしも可能なら考えたらいいよ。

 自分がどんな生き方を選ぶか。

 自分の心と正直に向き合って考えて、覚悟を決めて選びとった道ならば、きっと後悔しないだろうから。


 なんだか疲れたよ。今日はここで筆を置くとしよう。


 追伸

 旅立ちなさい。幼い天使よ。

 こんな森の小屋のことは忘れて。

 そして、願わくば』


「願わくば──いつか、その心に希望を描きなさい」


 何度、手紙を読み直し、どれだけ泣いたかわからない。

 気が付いたら夜になっていた。


「埋めてあげなきゃ…」


 マリーはのろのろと動きだした。

 ランプに火をともし、穴を掘った。

 老婆を穴の中に横たえ、上から土をかけたころには、空が白みはじめていた。

 やがて茶色い塚を朝日が照らす。

 すると、そこに何もないのが寂しく思えて、そばに自生していた花を一輪移し替えた。

 すべてが終わると、全身泥だらけのまま、マリーは老婆の墓の前に座りこんだ。

 朝日の中、一輪の花が揺れていた。


「町へ…行くんだ……」


 マリーの口から、つぶやきがこぼれた。

 町へ出るということがどういうことなのか。マリーには想像もできなかったが、老婆の遺言を守らなければ、との思いでマリーは立ち上がった。


「ばあちゃん、ありがとう」


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