表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
<設定集>番外編 農家の少年、都に行く
28/151

5 クリスによる視る者心得講義 #ジャック

「デリアからだいぶ聞いたみたいですが、ほかに聞きたいことはありますか?」


 クリスは全然えらぶるところがなく、優しい。

 ジャックは図々しいかもと思いながらも、つい口がゆるんで言った。


「あの、俺が二年で学校を修了するって、可能だと思いますか?」


 クリスは目を丸くした。


「それは…ええと、ランディが十六歳で魔法学校を卒業するのに合わせたい、と?」


 クリスはさくっとジャックの意図を理解した。

 大胆なことを言ってしまった、とジャックは途端に恥ずかしくなった。


「そっ…そうです。俺、やっぱり、監査局が憧れで。ランディのことも、いいやつだなって思うし。って、無理…ですよね」

「無理…とは言いませんが」


 そこでクリスは考えこんだ。


「すっ、すみません、忘れてください、俺なんかが図々しく、本当にすみませんでした!」

「俺なんか? ジャック君。きみは視る能力者の中でも上級──千人に一人の能力を持っているんです。あまり軽々しく自分を卑下しない方がよいと思いますよ。…きみが卑下することで傷つく人もいると知っておきましょうね」


 クリスの口調はやわらかだったが、ジャックは目からウロコが落ちた。

 上級認定を実感して舞い上がったばかりで、違う立場から見える自分のことまで思い至っていなかった。


 だけど。

 ジャックだって憧れ、多くの人が憧れる立場。

 その場所にジャックは立ってしまったのだ。


「あ…ありがとうございます! ちゃ、ちゃんと自覚するようにします」


 ジャックが言うと、クリスはにっこりと笑ってくれた。


「そうですね…では、ジャック君、ひとつタネ明かしをしましょう」

「は…はい?」

「きみの村で、私は魔法使いに手錠をかけました。覚えていますよね」

「もちろんです」

「あの手錠には、対象者を眠らせる魔法がかかっていました。だから、私がジャック君、マリーさんと話している間、魔法使いは眠っていました。魔法使いを抑えるアイテムは他にもあったんですが、昨日はお二方にお話をうかがいたかったので、手錠を選択したんです。ここまでは分かりますか?」

「は…はい」

「では次に、魔法使いの攻撃力についてお話ししましょう。

 魔法使いの攻撃力は、魔力によって決まります。魔力が低い…つまりランクが低ければ低いほど、威力も下がります。

 そこで、あの魔法使いの老人の場合です。ジャック君の見立て通り、彼は最低のFランクの、中でも極めて低い魔力の魔法使いでした」


 実は老人魔法使いの魔力では、小麦袋の中身を入れ替える魔法は魔力不足だったのだという。

 彼は魔法使いダグラスに弟子入りし、魔力増幅器を手に入れ、入れ替えの魔法を実現させたらしい。


「ですから、彼の攻撃力は、万全のときであっても、せいぜい人を数秒、立ちくらみさせる程度でしょうね。ご本人は返されたショックもあって、昏倒されたんでしょうが。ジャック君も、彼を視て怖いと思わなかったでしょう?」

「たしかに…みんなの前で言いました。あいつは大した魔法使いじゃないから、なんとかなるって」

「ええ、村の方からうかがいましたよ。その時点で、私はきみが上級能力者だと確信しました」

「えっ? それだけで?」

「それだけで。きみもおいおい分かると思いますが、きみが普通に視ている世界は、特別な世界なんです。同じように視えていない人には言葉を選ばないと、伝わらないことも出てきますよ」

「い、意識します…」

「話を進めますね。ランクが上がれば攻撃力もあがります。Bランクを超えると、魔法による直接攻撃で、人を死に至らせることが可能となります。さて。すこし意地の悪い質問をしましょうか」

「え?」

「きみとランディがペアを組んだとします。ある日、ケンカをして、逆上したランディがきみを攻撃してきました。きみはどうしますか?」

「返す…いや、返しちゃ駄目だ。な、なにか防ぐか抑えるアイテムを使います!」

「そうですね。正解です。では、そのあとはどうしましょうか? きみを攻撃してしまったランディに、なんて声をかけます?」

「え…」


 そうクリスに問われたとき。

 なぜかは分からないが、ジャックの脳裏にランディの笑顔が浮かんだ。

 明るくまっすぐな彼の笑顔。

 その笑顔がくずれ、ジャックを攻撃する事態になる。

 それは、なんて悲劇なんだろう。

 想像するだけで、ジャックの胸は痛んだ。


「……謝ります。なんて謝るかは、そのときになってみないと分かりませんが。彼にそうさせてしまった俺の非を謝ります」


 しん…と、静寂が空間を支配した。

 そして。

 クリスは是とも否ともつかない、ため息をついた。


(あ…呆れられた…?)


「今のきみの気持ちは分かりました。ランディの気持ちもありますし、あまり無責任なことは言いたくありませんが……検討してみましょうか」

「ほ、本当ですか?」

「きみにとって、いいことかは分かりませんよ? 二年とは言わなくとも、なるべく早期の修了を求めることになりますし」

「睡眠時間削ってでも、がんばります!」

「ああ、それはやめてください。寝ないと身長が伸びませんから」

「へっ? 身長?」


 ジャックがポカンとすると、クリスが困ったような顔をした。


「すみません、今のは失言でした。ですが、きみには話しておきますね」


 クリスの表情から、すっとなごやかさが消えた。


「私が後進指導をしない理由です。さっきジャック君は、ランディに攻撃されたら、アイテムで防ぐと答えましたよね。もちろん、正解なんです。でも私はそこに、もしそういったアイテムをもっていない場合も自傷で止める、が加わるんです。…こんな感覚の人間が講師なんてできるわけがないですよね。ちなみにこの話はオフレコで」


 最後はやや自嘲気味に締める。

 オフレコの意図は、深く聞かなくても分かった。

 クリスは超級能力者。代わりの効かない存在だ。

 その彼が自傷を最終手段と考えているなんて知れたら、多くの人が考え直してくれとやってきて、大変なことになるだろう。


 けれども、彼のその覚悟こそが、ブラウン・イーグルや高ランク魔法使いとの絆になっているのではないだろうか?


「カリキュラムについては学校で相談に乗ってもらえますから、頑張ってみてください」


 いつものなごやかな微笑を浮かべ、クリスが言った。

 手を離されたと、ジャックは直感した。


「あ、あのっ…これからも相談に乗ってもらうとか、無理ですか!?」


 ジャックは叫んだ。


「ジャック君、さっきの話、聞いてました?」


 すこし冷たい声で、クリスが言う。



──この人を落としてやる。



 そんな瞬間的決意で、ジャックは口を開いた。


「俺、今日の講習で、なんか引っかかったんです。今の話を聞いてハッキリ分かりました。自傷を最終手段と思うのもいけないなんて、視る能力者として間違ってる」

「私は間違っているとは思いませんよ?」

「でも、俺はいやです……って、背が全然足りないんですけど。いや、絶対大きくなります! だからお願いします! 俺に、教えてください! 高ランク魔法使いとの向き合い方を」


 高ランク魔法使いとの向き合い方。

 まだ出会ったばかりのランディに、どうしてそこまでこだわるのか、自分でも分からない。

 でも、クリスと話していてハッキリと思った。

 彼の笑顔を守りたいと。


 高ランク魔法使いが生きにくい国だということは、ジャックもなんとなく分かっている。


 そんな中、彼は怯えを見せたジャックに明るく声をかけてくれた。

 あの笑顔が簡単に生まれたわけがない。

 明るくふるまえるランディは、すごい人だ。


 そして。

 絆を結んだ魔法使いの暴走を止め得る自傷は、今のこの国の制度から、その人を守ることだ。

 また、自傷の覚悟をもつことで、高ランク魔法使いへの恐怖を払拭できる。

 遠慮のない関係を築いていける。

 周囲をこわがらせているブラウン・イーグルがクリスになついているというのも、クリスが腹をくくって彼と向かい合っているから。


 ジャックは一生懸命にクリスを見た。


「俺は、クリスさんから学びたい…です」



 長い長い静寂。

 やがてクリスは息をついた。…是とも否とも言いがたい。


「そうですね……では、毎朝、一緒に走るというのはいかがですか?」

「はいっ! よろしくお願いします!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ