4 クリスの自傷話 #ジャック
「そういえば寮の話が出たんですが、まさか俺が寮に入って学校に通う…ってことですか?」
父の入院の付き添いで王都に来たつもりだったジャックは、監査局の受付嬢デリアに、おそるおそるたずねた。
「そうよ。だって、ジャック君、上級だもの。国はジャック君に必要な教育を施して、上級能力者として活躍してくれることを期待しているの。学生の間の衣食住費用は国負担だから、そっちの心配もないわよ」
あっけらかんとデリアは教えてくれた。
「え…えと、それって、決定事項なんですか?」
思わずジャックが聞くと、デリアは不思議そうな顔をした。
「ジャック君って、もともと上級能力者だったらいいなあと思って王都の認定試験を受けに来たんだよね?」
「それは………そう、ですね」
「だったら、視る者養成学校に通わないといけないわね。そこを卒業しないと上級能力者の職に就けないから」
「…上級能力者…俺が」
「ええ、そうよ。夢だったんだよね? おめでとう!」
上級認定を受け止めきれていないジャックに気付いたのか、デリアが笑顔で祝福の言葉をかけてくれた。
「あ、あ、ありがとうございます! ありがとうございます、デリアさん!」
祝福されて、ようやく実感が沸いてきたジャックは、デリアの手を握って礼を言った。
突然の王都暮らしに不安はあるものの、父の入院も長引くと聞いていたし、何より父が目を覚ましたときに喜んでもらえる。
ひとしきりデリアと感動を分かち合ったあと。
「あれ。さっき、普通は六歳から十年勉強って言ってましたけど……つまり俺、すごい遅れてるってことですね…」
「でも読み書きはできるんでしょ?」
「それは、まあ」
「十年って言っても、読み書き、一般教養もふくんでの話だから」
そこまで聞いて、ジャックは少し安心した。
そして、また別の疑問を思い出した。
「ところで、あの、魔法無力化講習で実践した人がいるって…」
「それ、局長の前で言っちゃ駄目よ?」
「……クリスさん、なんですか?」
「局長に聞いて欲しくないから教えておくけど、それは確かに局長のことよ。あたしも詳しい事情は知らないけど。なんでもエライ人のお抱え魔法使いが悪いことしてて、でもエライ人だからなかなか組織だって動けないっていうのかな、それで局長が単身乗りこんでく形になっちゃったみたいで」
言えないというわりに、デリアは詳しく教えてくれる。
「とりあえず局長が止めたときの事件は未然に防ぐことができて、魔法使いも一度は捕まったわ。すぐに無罪放免になったみたいだけど」
「うわあ…いやな感じだなあ」
「本当にね。で、結局、局長はね、自分は落伍者だと思ってるんですって」
「ええ? で、でも超級で…すごい人…ですよね?」
「でも、引き受ける仕事は、組織統括とか折衝とか能力判定。視る能力者に対する指導的な部分は絶対にやらないわ」
「でも、じゃあ、どうして俺の村に来てくれたんですか? 視る能力者の仕事ですよね?」
「それは問題児のブラウン・イーグルのせいよ!」
「も、問題児?」
「そうよ。あの歩く顔面凶器が、局長以外とコミュニケーション取れないからよ! あたしは魔力のオーラ視えないけど、それでも底冷えのするあの目が怖くて近寄れないわ」
「でも、彼の魔法って、すごい…んデスよね?」
「たしかに魔法だけは、ね。でもそれって怖いことよ? 彼が手のひらを返して敵になったら……」
「そ、それはたしかに怖い…」
「でもまあ、局長に犬コロみたいになついてて、寝返る心配なくていいけど!」
「そうなんだ…」
「ところで、あたし、しゃべりすぎちゃった? 局長に聞くこと、残ってる?」
「あ」
ジャックが聞きたかったことは、デリアが必要以上にしゃべりたおしてくれた。
「……残ってないデス」
「まあでも、せっかくだから、顔は見せてって?」
ジャックは、今度からはクリスをたずねず、デリアをつかまえて話を聞こう、と思った。
クリスがすごい人だと理解し、自分なんかがクリスの時間をもらってはいけないと思ったのだ。
*
「色々と説明不足ですみません」
クリスはジャックを見ると、まず謝った。
「い、いえ、俺の方こそ、お忙しい中、すみません。認定試験も…あの、講義のために便宜を図ってくれたんですよね」
「いいんですよ。さっきデリアから聞いたみたいですから、白状しますと、私が自傷の講義をせずにすまそうとしただけなんです。それから、めぐりあわせもよかった。ちょうど定例会議で魔法使いが揃っていたのでね」
(あ…やっぱり聞かれてた…)
実はジャックがデリアに自傷の話をふった直後に、事務局長室前に到着していたのだ。
デリアの勢いに押されて話を続けてしまったのだが、彼女の声は大きく、局長に聞かせたくないとかいいつつ、まる聞こえでは、とジャックは思っていた。
「すみません…」
ジャックは謝った。
「大丈夫ですよ。周囲に気をつかわせてしまうのは申し訳ないのですが…過去の傷痕とかになっているわけではありませんので」
クリスはさっぱりとした表情で言った。




