2 魔法無力化講習 #ジャック
「では、魔法無力化講習を始めます」
広い教室の教壇で、初老の男性講師が声を張り上げた。
王都についた翌日。ジャックは成人男性に混じって講義の席についていた。
クリスに正式な自傷の仕方を聞いたら、受講できるよう取り計らってくれたのだ。
教室内に女性はいない。
有史以来、視る者の自傷による魔法無力化は男性の役割と決まっていた。
「まず、最初に。
自傷は絶対にいけません。
最終手段と思うこともいけません。
いざそのときになって、冷静に、講習通りの自傷ができる人はほぼいません。
仮にできたとしても、援軍がなければやはり出血多量で死に至ります。
それに、今は昔と違ってさまざまな魔法アイテムが充実しておりますから、自傷に追いこまれる事態はまずないと考えてください。
…と、ここまで言うと、なぜ未だに各所の必修科目なのかと思われるでしょう」
視る能力を生かした仕事に就こうと思った場合、魔法無力化講義は必修科目に入るらしい。
「ひとつには視る者としての自覚と覚悟のためです。自傷が否定される時代であっても、先人の思いを忘れず受け継いでいくこと。それが我々には求められています。
もうひとつは魔法使いに対する抑止力としてです。きちんと教育された視る者がいるぞ、と示すこと。残念ながら昨今は自傷で太刀打ちできないケースも増えていますが、有効な場合もあり、意義は充分にあります」
「先生!」
「はい、そこのきみ」
「自傷で魔法使いを止めた人がいるって聞いたんですけど」
初老の講師はふぅ~と息を吐いた。
「クリスくんですね」
(んん? クリスさん? 視る力ないって言ってなかったっけ? べ…べつの人かな?)
「彼の場合は特殊です。ナイーブな問題がありますので、その件は忘れることを強く推奨します。あと、当人にその話題はやめてくださいね。だいぶ気にしていて、講師や後進指導を依頼しても、自分にはその資格がないと全然引き受けてもらえなくて…まあ、この話は置いておきましょう。
さて。まずは体格の話から。
一般に成人男性と言われていますが、厳密には違います。身長百六十五以上、推奨は百七十以上です」
(な…なんだってー!?)
講習が本題に入り、身長の話が出たところでジャックは衝撃を受けた。
ジャックはチビの部類である。
まだ十三歳で、これから伸びる余地はあるはずなのだが、それでも。
(ひゃ、百六十五? 俺、まだ百六十もない…よな? え? なにそれ、じゃあ、これから身長伸びなかったら…対象外?)
ちなみに学校入学後の身体測定でジャックが出す数値は、百四十八である。
講師の話は進む。
飲酒後の自傷は効果なし。
タバコたしなむべからず。
体調不良もNG。
太りすぎ(体脂肪率20パーセント以上)NG。
日々自己管理。
結局、講習は生活習慣に関する話が大半で、手首の切り方はさらっと終了した。
*
ジャックは視る能力者の認定試験に来て、なぜか応接室に通されていた。
「おお、きみかね。ほうほう、なかなかいい目をしとるな」
背が低く、太鼓腹の中年男性が、部屋に入るなり馴れ馴れしくジャックに話しかけてきた。
ジャックは一応、失礼がないようにと立ち上がって一礼をした。
男性の後ろから事務職らしき女性がトレイを持って入室し、テーブルに置いた。
トレイには懐中時計とポーラータイが乗っていた。
ポーラータイの丸い金属部分は金で、王家の紋章の獅子が象られていた。紐は紺色。
太鼓腹の男性がポーラータイを取り上げた。
「これが上級認定者のポーラータイじゃ。正装時につけるのはもちろん、常に肌身離さずもっておく義務がある。裏に番号が彫り込んであるからな。紛失して悪用されたら、ただでは済まんぞ。学生の間のオススメは、預かり制度を利用して自分では持たんことじゃな」
「あ、預かりでお願いします!」
ジャックは思わず即答していた。
いきなり貴重品を持たされるなんて怖すぎる。
「大事な話は以上かな。おお、そうだ。クリスくんのは特別製だぞ! 機会があったら見せてもらうといい!」
(あれ? クリスさんのは特別製? それにさらっと言われたけど、上級認定者のポーラータイを渡すって…俺、試験を受けにきたはずなんだけど?)
「あとのことは彼女に聞いてくれ。ポーラータイは認定事務所で預かっておく。ではな、期待しとるよ!」
ジャックの頭には疑問符が回っていたが、男性は金色のポーラータイを持って退室、女性が事務的に説明を始めたので、聞くしかなかった。
「地方出身者用の寮はこの事務所を出て左に向かい、角を左に曲がって少し歩いたところです。細かい説明は寮母から聞いて下さい。説明は以上です。おわかりいただけましたね」
(え…なにそれ。質問するなってこと? 学生の間とか寮とか……俺、親父の入院の付き添いで都に来ただけなんだけど??)
「あ、あのっ! 監査局に行きたいんだ、いや、ですけどっ!」
ジャックは思い切って聞いた。
疑問を解消するには、クリスに会うのが一番だと思った。
そのためには、目の前の女性に監査局への行き方を聞かなければ、どうにもならない。
案の定、女性には面倒くさそうな顔をされた。
「乗り合い馬車があります。懐中時計を見せれば乗れます。監査局という停留所です」
ジャックは視る者認定事務所の前で一時間、馬車を待って乗った。
ところが監査局は次の停留所だった。
徒歩でも五分とかからない距離。
(徒歩での行き方教えてくれよっ!)
もう二度と彼女に何か聞くのはやめよう。
ジャックはそう思った。




