1 農家の少年、都に行く #ジャック
ジャック少年の上京話と、主に視る者に関する細かいところの説明話です。
粉問屋の姦計で昏睡状態となったジャックの父は、王都の病院に転院することになった。
やはり都の方が医療水準が高いらしい。
ジャックも父の付き添いでしばらく都に滞在し、滞在中に視る者認定試験を受けることになった。
長期旅行の準備をした後。
「こちら、フラウァー村のジャック君。こちらは監査局手伝いのランディ」
「………っ!」
クリスに紹介された少年を前にして、ジャックは強い恐怖に呑まれ、固まった。
ランディは明るい髪色の十四歳の少年だった。
そして、Bランク魔法使いだった。
田舎者のジャックがこれまでに会った魔法使いは数えるほどだ。
それも、低ランク魔法使いだけ。
ランクが魔法使いの力量とイコールではないが、それでも、より大きな魔法の力を使える魔法使いが目の前にいると視せつけられるのは、本能的な恐怖だった。
Bランクでここまで圧倒されるのにAランクのブラウン・イーグルに会いたいなんて、とんでもないことだったとジャックは今更ながらに実感する。
もっとも、Aランク魔法使いはわずか七人。Bランク魔法使いも希少で、普通に生きている範囲でそうそう会う機会のない人たちである。
一方、ランディは慣れていたので、「はじめまして。俺、ランディ。年も近いことだし、良かったら仲良くしようぜ!」と明るく言って、ジャックに手を差し出した。
「う、うん」
ジャックも怯えるのは失礼だと自分を立て直し、差し出された手を握った。
「おまえ、いい奴だな! このランクの魔力、視んの初めてだろ? 気に入った! なあ、俺とペア組もうぜ!」
ランディが喜んで、ジャックをギュウギュウ抱きしめた。
ランディにしてみれば一目散に逃げる者もいる中で、逃げずに踏み留まり、ましてや手を握り返してくれたジャックの反応はそれだけで嬉しいものだった。
「む…む、むっ」
「ランディ、やりすぎです!」
クリスがこぶしをランディの頭にコツンと当てた。
「すみません、つい」
「それから、ジャック君はまだ白紙なんです。勧誘はやめてくださいね」
「了解っす」
窒息しそうなほどの抱擁から解放されて、ジャックはプハァと息をした。
ジャックが落ちついたのを見て、クリスが言った。
「ランディは魔法学校の学生なんですが、瞬間移動にはBランク以上の魔力が必要なので、手伝ってもらっているんですよ」
「は…? 瞬間移動…デスか!?」
ジャックは驚いた。
「ええ。父君は先に王都にお移ししています」
クリスからそう教えられ、ジャックはさらに驚いた。
いや。正確には瞬間移動という移動手段が受け入れ難かった。
なぜなら、父は長旅を考えたために、焦り、粉問屋の策略にはまってしまったから。
農家の父子が旅をするなら農閑期を狙うしかない。
しかし都は遠く、徒歩旅にかかる日数や、最大一ヶ月だという認定期間は、農閑期内で都との往復を考えるジャック父子にとって大問題だった。
だというのに。
監査員なら一瞬で都と行き来できるなど不公平だと思った。
「仕方ないんだよ。監査局は少人数で全国の魔法事件にあたってる。現地までの時間はできるだけ短縮しなきゃ」
ランディが声のトーンを落とし、なだめるように言った。
そこで、そっか、とジャックも素直に思い直した。
旅の時間を短縮して監査局の人が一件でも多くの事件を解決してくれるなら、そのほうがいいに決まっている。
「そ…うだよな。むしろ瞬間移動で都にいけるなんて貴重な体験、嬉しい…デス!」
「やっぱ、お前最高!」
「む、むぐぅっ」
「ランディ!」
またもや窒息しそうな勢いでランディに抱きしめられてジャックが目を白黒させ、クリスが慌てて止めに入った。




