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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第二章 小麦農家の村
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11 蝶はみずから銀糸に囚われる #マリー

 元の流民服に戻ったマリーは、村人総出で見送られて旅立つこととなった。

 ケントとはすっかりカップル扱いで「がんばれよ~」などと言われ。スワン逮捕のお礼にと、旅の食材ももらい。

 マリーはもうヤケクソで笑顔をふりまいて、村人たちと別れた。



 しばらく歩いたところで、マリーは人影に気付いた。

 監査局のクリスだ。


「もう少しお時間いただけませんか?」


 さすがに魔法事件のプロだけあって、村人たちのように納得してくれなかったらしい。


(一難去ってまた一難…)


「お話しすることはありません」


 マリーは彼の前を足早に通り過ぎた。

 ジャックたちの前で口走ったような身勝手な言い分をもう一度言える気もしなければ、ほかの言い訳も思いつかない。

 ここは逃げるが勝ち──そう思ったのに。


「待ってください! このたびは大変申し訳ありませんでした!」


 真剣な謝罪の声が、マリーの足を止めた。


(ああ、もうっ!)


 マリーはクリスを振り返った。

 クリスはマリーにむかって深々と頭を下げていた。悔恨の気持ちが痛いくらいに伝わってくる。


「や…やめてください! 顔、あげてください!」


 マリーは言った。

 クリスが顔をあげる。彼の表情を見たらツキンと胸が痛んで、マリーは見たことを後悔し、目を逸らした。


「クリスさんに謝ってもらうことなんてありませんから!」


 強気に言ったマリーだったが、内心は息苦しかった。

 彼に悪いことをしている。そんな罪悪感にかられた。


「いえ、私の責任です。ケン…」

「違います! あたしは流浪の民。好きなときに好きな場所に行って、好きなことをする。その結果痛い目に遭ったってかまわない。それが流浪の民だから!」


 マリーはクリスの弁を遮って大声で叫んだ。

 自分でもなぜかは分からない。それでも、彼の謝罪を聞いてはいけないと思った。


「でも今、あなたは拘束の魔法で好きに生きる自由を奪われているんですよね?」

「クリスさん。どんな事態でも自力でなんとかするのが流浪の民なんですよ」

「どんな事態でもって、それは…国から押し付けられたものでは?」

「いいえ。流民(あたしたち)は自己責任と引き換えに自由を選んだ民です。困ったからといって国には頼りません」


 流浪の民の矜持をマリーは語った。

 ところが、それがクリスの気に障ったらしい。


「自由とはいっても、流民一座にも登録義務があります。もちろん座員の数も国として把握しています。失礼ですが、マリーさんの所属は?」


 そうか、とマリーは思った。

 彼は役人だ。監査局の前──いや、監査局の事務員と言っていたから、今も役所と兼任なのかもしれない。

 そして。

 役人嫌いは流民気質のひとつ。


「売られそうになって逃げてきたんです。でも食べるにも困って行き倒れていたところ、彼に会いました。あたしを通報します?」


 マリーはわざとクリスが困るように言った。


「通報は…しませんよ。ですが、彼といることも不本意なのでは? それに監査局は報酬を高めに設定してあるので、マリーさんの抱える元々の問題がお金で解決できるなら、うちに来ていただくことでなんとかできるかもしれません。戸籍に関してもお手伝いできると思いますよ」


 嫌な顔をされないどころか、さくっと解決案を示され、マリーは内心で舌打ちをした。


(具体的な話はダメ。それなら……)


「クリスさん。これは例え話ですけど…蜘蛛の巣に蝶が捕まるんです。蝶はかわいそうですか?」

「ええ、そう思います」


 クリスは迷わず、蝶はかわいそうだと答えた。


「…でもね、蝶はとても元気を失くしていて、蜘蛛は蝶にエサをあげるんです。そして、蜘蛛は最初から蝶を食べるつもりなんかなくて、蝶が元気になったら空に返してあげるんです。この話の蝶はかわいそうですか?」

「…………」

「外から見ているだけでは分からないことって、あると思うんです。あたしたちのことはそっとしておいてもらえませんか?」


 マリーは言った。

 ケントはマリーに寝食を提供してくれているだけ。害意も被害もないと。

 クリスが初めて思案するように黙った。


「すみません、よく理解できないのですが。拘束の魔法はあなたにとって、不都合なもの…という解釈でいいんですよね?」


 沈黙ののち、クリスが選んだのはそんな問いかけだった。


(風向きが変わった……? でも、まだ弱い……もうひと押ししないと)


「不都合は…ありますよ、そりゃ。でも、それだけじゃない」


 マリーは覚悟を決めて言った。

 ケントが()()()()()を助けたいと言ったから。それを否定する材料を、まだマリーが持っていないから。

 助けを申し出てくれた人を売るようなことを、マリーはしたくない。


 それに。

 さっきからマリーが感じている直感が正しければ、マリーはここでケントを守らなければヤバイ。

 だから。

 マリーはギュッと手をにぎり、両足でしっかり地面をふみしめ、顔をあげ、長身のクリスをひたと見すえた。


「クリスさんは彼の処罰を考えているでしょう?」

「もちろんです。魔法による不正をただすのが私の仕事ですから」

「…彼と話し合います。その結果、もしお力をお借りしたくなったら、そのとき改めてお願いしに行きます。でも、大丈夫だと思ってるんです。ちゃんと話せば分かってくれるって。彼が気持ちを改めたら、クリスさんも納得できますよね?」


 最後のセリフは、踏み込みすぎを分かった上で言った。

 クリスを引かせたくて。


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