8 ケント×クリス1回戦(2/3) #ケント
「ごめん。どうしても放っておけなくて」
ケントは、神妙にクリスに謝った。
行き倒れの女の子を拾って、仕事に支障をきたしてごめんと。
(これで納得してくれたら、たぶん乗り切れる…よな?)
クリスの傾向と対策を熟考した上での言い訳。
けれども、クリスの方もケントのことをよく理解しているのだ。
隠し事に気付かれませんようにとひやひやしていたケントは、生温かい視線に気付き、不測の事態を知った。
「な…なんだよ」
「いえ、あなたも、人に興味はなくとも、女性には惹かれる年頃になったんだなあと思いまして」
「ふへっ!? い、いや、だからその、これは…人道的観点? ってやつで」
「目鼻立ちが整っていて、痩身の痛々しさを差し引いても、とても美人ですよね。こういう正統派美少女がタイプだったんですか?」
「いや、今そんな話してねえよな!?」
「ここは私も教育係として、ご挨拶に…」
「だから待て! 話を聞け! マリーたちが今、粉問屋スワンの悪事を暴く準備をしてるんだよ!」
「は…? どういうことですか?」
ケントが強引に本題をふると、クリスも表情を引き締めた。
「だから…マリーが粉問屋に小麦を売りに行って、でも中身は着色した石にしておいて、魔法で中身のすり替えしたことを証明しようとしてるんだ」
「それって…危険じゃないですか。魔法使いが暴走したら。あなた、こんなところで何やってるんです? 監査局として正式に受けた依頼です。あなたが中心になってやらないで、どうするんです?」
「んなこと言われても。俺、ニセ監査員ってことになってるし…」
スネ加減にケントは答えた。
マリーは、目つきの悪い監査員を悪徳粉問屋の回し者と断定した。
依頼主の女の説明から、ケントを思い出さなかったのだ。きっと今も、ケントの存在そのものを忘れ去っている。
魔女マリーには、魔法で拘束されることも、歩く顔面凶器と陰口をたたかれるほど他人に強烈なインパクトを与えるケントの顔も、取るに足らないものなのだろうか?
いや。
むしろ彼女は全部分かっていて、魔法もいつでも解けるのかもしれない。
というのも、ケントは拘束の魔法ついでにマリーの魔力のオーラを消した。魔力のオーラで身バレする彼女を気の毒に思っていたから、消す魔法の存在を教えたかったのだ。
彼女は魔法を知らないと言ったが、自分の魔力のオーラが消えていることには気が付いているはずで。
(そうだ…魔力のオーラが消せると分かったら、俺が魔法使いだってことにも当然気付くはずで、なんのリアクションもないってことは、マリーは分かっていながら、気づいていないフリをしてるってことじゃないのか…)
なぜか。
ケントの前から姿を消すことなんて、マリーには朝飯前の、簡単なことだから。
つまり。
マリーは、ちょっとした気まぐれで、ケントの仕掛けた魔法に付き合ってくれていただけ。
そこまで考え、ずーんと落ち込んだケントを見て、クリスの態度が少しやわらいだ。
「ニセ監査員とは…? 状況をもう少し詳しく教えてもらえませんか?」
「だから、ええと…成り行き? 依頼主と会ったあと、一人で現地に向かったんだけど、マリーと接触しそうになったから隠れたんだ。そうしたら、マリーはジャックってガキと粉問屋の話を始めて。そこに来た依頼主が目つきの悪い監査員の話をしたら、そいつはニセモノだって」
「それで、マリーさんが今回の提案をしたと…それでも、今からでもあなたが出るべきでしょう? かっこ悪さより、彼女の安全の方が大切ではないのですか?」
「だから来てもらったんだよ。マリーは監査局も魔法使いも嫌いなんだ」
「まさか…あなたが魔法使いだって、マリーさんに言ってないんですか?」
そこでクリスの顔色が変わった。
「監査員ってことも言ってない。マリーに気付かれないうちに片づけて、こんな村、さっさと後にするつもりだったんだ」
「ちょ…ちょっと待ってください! なぜそんなややこしい事態に……いえ、順を追って、もう一度、最初から説明してください。いったいマリーさんとは、どう知り合ったんです?」
(あ…これヤバイ?)
「えと…俺が旅の同行を申し出て、彼女が受け入れた…感じ?」
「ああ、そうですか」
クリスの声がひどく冷たくなった。
(う……おかしいな、途中まではうまくいってた気がしたのに……)
「そ…それでクリスにフォローを頼みたいんだけど……」
ケントがおずおずと切り出すと。
「私に魔法使いのふりでもしろと?」
まるで協力の意思をもたない様子でクリスが言った。
「い、いや、ガキが視るんだ」
「では、魔法使いは姿を見せず、私が表立って動くフォーメーションですか」
「それで…えと、おまえが視る者だってのも、伏せてみたらどうかと思うんだ」
「なぜです?」
「俺のカンだけど、視るガキが…たぶん、上位に行く」
上位の言葉に、クリスがハッとした。
国として田舎の視る者は捨て置かれているが、きっかけがあれば取り立てることはしている。それに、監査局を束ねる長である彼はいつも人手不足に悩んでいた。
「対象者の年は?」
「十二、三」
(食いついてきたな。これでマリーのことはごまかせた…か?)
どうせクリスがマリーを直接見れば、魔法をかけたことがバレて怒られるのは分かっているのだが。それでも、怒られるのは悪徳粉問屋の件が片付いた後がいいとケントは思っていた。理由は複数あるが、一番には、クリスのお説教が長いからだ。
「少年の件はこちらで引き取ります。ところで」
「へっ?」
「マリーさんに、あなたの魔法の終端が視えるんですよね」
(マジか………!)
クリスに拘束の魔法の終端を言い当てられ、ケントは戦慄した。




