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Service story『カッコ閉じるの罠』

「わあ、なつかしい!」


 森の奥のログハウスを見て、マリーが歓声をあげた。

 一昨日、ダグラスと再会したのもこの家だったが、すぐ王都に移動したため、中には入らず、ほんの数分の滞在だった。

 今日はここに一泊する予定で来ている。

 かつて父と過ごした家に、マリーは高いテンションで入って行った。


「ね、ケント、見て見て! あの戸棚。パパね、あそこに魔法石置いてたの。こっそり舐めるの、好きだったなあ」


(俺には戸棚なんて見えないよ…)


 隠された魔法も視るマリーは、ケントには視えない魔法の仕掛けを話す。

 昔、子どもだったマリーが魔法石を舐めるので、隠し戸棚を作って隠したのに無駄だった、とはダグラスが言っていたことだ。


「魔法石、おいしいのか?」


 ケントは聞いてみた。


「パパのはね。あと…」


 じっと、物欲しそうな目で見上げられて、ケントはドキッとした。


(そういや、俺の魔法石褒められたけど、まさか)


「ケントの魔法石もおいしそうだったよ」


(そういう意味か!)


「わ、わかった。そのうちな」


 ひとまずケントはそう言った。

 魔法石の能力を持つマリーは、生きていくために魔法石の摂取が必要なのだ。

 ケントの使った魔法石がおいしいというなら、提供するしかない。


「マリー、座って」

「うん」


 にこにことマリーが椅子に座る。

 今は何をしてても幸せなの、とは、ここに来る前にマリーが言ったことだ。

 嬉しいような恥ずかしいような、むずがゆい気持ちをかみしめたあと、ケントは魔法の呪文を唱えた。

 マリーにかけられたすべての魔法の転記を行う。

 紙に転記したら、おそろしい量になった。


「じゃあ、あたし、ご飯の用意してくるね」


 転記が完了したところで、マリーはそう言って、元気に外に出ていった。

 

 家に残ったケントは、紙に目を落とした。

 ダグラスがマリーにかけた魔法のすべてを読み解くために。


「マリーの体の情報を送る魔法の中では…目や耳が拾った情報を送るのをやめないとな」


 もう監視する人物はいないと分かっていても、のぞき見機能は気分的に嫌だった。


「拾う情報は、マリーの体内の魔法石の割合だけでいいよな。いや、これもいらないのか?」


 情報を発信するリスク、別所で受け取るリスクをあえて取らなくても、ケントが定期的にマリーの体をチェックすれば、それで済む話だ。


「マリーの体を守る魔法は……全部、本当にすごいんだけどな」


 魔法や物理、攻撃の種類に応じて、マリーに負担をかけない回避手段を講じてある。

 しかし、これらの魔法の発動は、マリーの秘密の漏洩リスクをはらむ。

 

 

 

 マリーの体を守らない。

 ダグラスがマリアを失ったように、ケントがマリーを失う日が来るかもしれなくても。

 

 普通に、人として、生きていく。

 毎日を、精一杯、大切に。

 

 それは、ここに来る前に、マリーと話し合って決めたこと。

 

 

 

「えっと、これはなんだ?」


 ある魔法の術式に、ケントは目を止めた。

 

 『行為者の接触部に痛みを返す{ただし、マリーの同意があればキャンセル(A、B)C}』

 

「ABCの内容は別に定義されてるのか。Aはキスで………あ、うん、これはそういう………………あれ? このカッコ閉じるの位置」


 その術式の意味を理解したとき、ケントは涙目になった。


「あのクソ親父共っ!」


 これも勉強だ、全部自力で読んで内容を理解しろと丸投げされた理由が分かった。愛しい娘を攫っていく男への嫌がらせだった。


「マリーと結ばれたかったら、自力でこの魔法を読み解くのが条件って、鬼すぎんだろっ」


 もしも、お行儀よく、魔法のやり直しを優先していなかったら。


(俺、ゼッタイ再起不能になってた…!)

 

 

 

 

 

 結局、マリーと話し合った結果、これまでの魔法すべてを白紙撤回した。

 代わりに、北の星を見つける魔法とその否定の魔法をくりかえして、発動することのない、意味のない魔法でもって、マリーの魔法石の能力を使い切ることにしたのだ。

 

 

 

 

 

「ここで一旦休憩」


 呪文を中断し、ケントは言った。

 マリーの希望でケントが魔法をかけることになったのだが、マリーの魔法石の能力は大きすぎて、一度に使い切れないのだ。

 魔力を使い果たす魔法というのは、ケントにとっても初めての経験だった。


「マリー………何してんの?」

「え? チャンスは一瞬、後悔一生、男の人をその気にさせるにはこれが一番だって、姐さんたちが」

「いや、ええとさ、マリー? きみのもってるチャンスは一瞬じゃないと思うし、まだ魔法の途中で」

「魔力が回復するまでに、時間かかるでしょ? それに………ケントは、そういう気分になってない?」


 なってない──ことはなかった。

 マグマを流しこむ大穴を開けたときもそうだったが、なんというか、マリーの同意を得て使う魔法は、体の芯を熱くした。有り体に言うと、そういう行為に通じる気持ちよさを孕んでいた。


 ケントは、マリーを見た。

 マリーが目を閉じる。

 ぷるんとした赤い唇に、ケントは自分の唇を重ねた。

 

  *

 

 マリーの魔法石の能力を使い切る最後の魔法に入ろうとしたとき。

 

「ねえ、ケント。最後の魔法だけ、キーワードで解けるようにしない?」


 とても可愛らしい顔でマリーが言った。

 正直に言って同じ気持ちだったケントは、ギクリとした。

 ケントの魔力をマリーに注いで『そういう気分』を高めてから行うイチャイチャはとても良かった。それはもう、クセになる良さだった。

 けれど魔法を解けば、マリーの青白い魔力のオーラが復活するわけで。本来なら、リスクのある行為だと止めるべきところだった。

 だが。

 

「う…うん。でも、言葉はどうする?」


 …残念ながら、初めてのイチャイチャに脳が溶けていたため、理性は仕事をしなかった。


「ええとね、あたしが言う言葉で…」


 そっと耳打ちされた直接的な誘い文句に、ケントは無言でうなずいた。


余談

この初体験は、ケントにとって不意打ちだったので、お節介なおばさん魔女や王太子がケントに渡していた避妊具は活用されませんでした。

ただ、マリーは母親の体質等色々あって、自然妊娠できませんでした。

最終的には魔法医アーサーによる体外受精で子どもを授かりました。

その際、遺伝子操作が行われ、マリーの持つ魔法石由来の体質を殺すことで、王家のように代々高ランク魔法使いが生まれる遺伝は回避されました。


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