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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第二章 小麦農家の村
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6 監査局のクリス登場 #マリー

 老人魔法使いの攻撃を、力の大きな魔法で助けられ、魔法不正監査局の到着を確信したマリーだったが、新たに店内に入ってきた青年は魔法使いではなかった。


 監査員だと自己紹介した青年はまず、気を失って倒れている老人魔法使いに手錠をかけ、彼の指から魔法石のついた指輪を抜いた。


 魔法は魔法石を介して実現する。魔法石を取り上げれば、魔法使いもただの人。

 先刻の魔法返しの魔力量は大きかったが、やったことは、老人本人の些末な攻撃魔法を返しただけだ。気を失うようなものでもない自身の魔法で老人魔法使いが昏倒したのは、魔法を返された精神的ショックによるもので、すぐに目覚めてもおかしくない状況だった。


 マリーは、到着したばかりの青年の、冷静な対応を思わずじっと見つめた。

 魔法使いへの対処が終わると、青年はマリーたちに向き直った。

 おだやかな微笑を浮かべ、彼は会釈した。


「こんにちは。きみがジャック君だね」


 ジャックの前でひざをつくと、彼は目線を合わせて言った。


「そ…そうです」


 ジャックは緊張気味に答えた。

 今回の作戦準備中にマリーが村人から聞いたところによると、ジャックは魔法による悪事を裁く監査局にどっぷり憧れているのだそうだ。

 青年はジャックに笑顔を見せてから立ち上がると、マリーと視線を合わせた。


「あなたがマリーさんですね。村の方々からお話はうかがってます」


 マリーは無言で微笑を返した。

 彼が視る者なら、マリーの魔力のオーラを視ているからだ。さらに上級能力者なら、魔女マリーの青白いオーラの色を視る。

 上級能力者は稀な存在だが、監査員ならその可能性も充分にあると思った。

 ジャックのときよりも緊張して、マリーは青年の反応を待った。


 マリーにとっては、長い一瞬ののち。

 青年が浮かべたのは、優しくいたわるような表情だった。


「危険な目に遭わせて申し訳ありませんでした。先刻到着し、村の方々にあなたが提案された作戦をうかがって慌てて駆け付けたのですが、一歩遅かったようで、本当になんとおわびしたら良いのか」


 恐縮しきった青年の謝罪。

 どうやら上級能力者ではないらしいと、マリーはホッと胸をなでおろす。


「魔法使いの攻撃は受けなかったから、大丈夫…です」


 無難そうな言葉を選んでマリーは答えた。


「監査局の方のおかげ…ですよね?」

「はい、うちの魔法使いですよ。人手不足のため、もう別の現場にむかいましたが」

「えっ、もう行っちゃったの?」


 そこで反応したのはジャックだった。


「ええ。…魔法使いに会いたかったですか?」

「あ…えっと……」


 反射的に不満をあらわしたジャックだったが、青年にあらためて問われると、尻込みをした。

 無理もない。視る者であるジャックは、さっきの大きすぎる魔法返しを肌で感じ取った。


「すみません。怖かったですよね。さっきの」

「そ、それは……はい。でも会ってみたかった…かも」

「……視る方々の話によると、上位ランクの魔法使いは、オーラを視るだけでも怖いと聞きます。魔法使いの持つ力の大きさを実感することで、自己防衛本能が働くとか。それでも?」

「う…ええと…あれ? お兄さんも視る人なんじゃ?」

「私はただの事務担当ですよ。人手不足なので、たまに現場を手伝うんです」

「へえ…」

「ジャック君。ブラウン・イーグルが、力加減を誤って、怖い思いをさせて申し訳ないと言っていました」

「えっ、ブラウン・イーグルが俺に?」


 ジャックは歓声をあげた。

 視る者として上位魔法使いの怖さを感じ、会いたいと即答できなくても、憧れの人から気にかけてもらえたことは、嬉しかったようだ。


 青年はそこで、「お二方にも後でお話をうかがわせてもらいますね」と、話を切り、依頼主代表のアンナと事務的な話を始めた。


 アンナは、ハンサムで、都の洗練された雰囲気をもつ青年を前に、頬を赤らめ、女子力全開で応対していた。


  *


「あらためまして。魔法不正監査局のクリストファー・アンダーソンです。クリスとお呼びください」

「マリーです」

「ジャックです」


 クリスが丁寧に再度自己紹介したので、マリーとジャックもならった。


「では、今回の件の確認から。ピンクの小石を使った不正の証明作戦を提案されたのがマリーさんですね」

「はい」

老人魔法使い(ウォーリー氏)の足腰が弱いこと、詐欺の魔法で魔力を使い果たした直後なら魔法が使えなくなること、以上の点をもって、店の奥からすり替えられた小麦袋を取ってくることは可能と考証したのがジャック君」

「は、はい」

「お二方とも、大活躍でしたね」


 クリスの賞賛に、マリーとジャックは顔を見合わせて照れ笑いをかわした。


「それで、ジャック君。きみのお父様ですが…いまだ昏睡状態だとうかがいました」

「…はい」


 父親の話題になった途端、ジャックは表情を曇らせた。


「…あ、そうだ。クリスさん。俺、実はその…親父が崖から落ちたときにも魔法の波動を感じたような…って、何言ってんだろ。考えすぎだよね…」

「いえ、私も、ウォーリー氏の魔法で誘導された可能性を考えていました。ですから、お父様には、今より設備の良い病院に移っていただいてもかまいませんか?」

「い…いいんですか!?」

「今回の事件の大事な証人ですから」

「ありがとうございます!」


 ジャックは、クリスの手をぎゅうぎゅうと握って、礼を言った。

 感激するジャックを横目に見ながら、マリーは、あれ、と違和感を覚えた。それからすぐに、ああ、と違和感の正体にたどりつく。


(この人、今、さらっと嘘ついた…)


 マリーの作戦で、不正は証明された。今更証人は必要ない。


「あとこれは…お父様が転院されて落ち着いてからの話ですが、ジャック君。視る能力者の認定を希望しているとか」

「はい。俺なんか、わざわざ認定を受けても無駄なんだけど」

「いえ、私は職業柄、視る能力者の方とよく話をするので分かるのですが、いい線いくと思いますよ。ですから、ぜひジャック君が認定を受けるお手伝いをさせてください」

「すごいじゃないか、ジャック!」


 持ち上げられてポカンとしたジャックに、マリーは言った。

 証人としては価値のない父親の世話を買って出たクリスの目的が、ジャックだと分かったから。

 視る能力者でなくとも、相手を上手に転がし、自分の目的を果たすクリスを、マリーは怖いと思う。


(でも、少なくとも人道的精神はあるみたいだし、今、ジャックのお父さんに一番良い環境をくれるのはこの人……それに)


「あきらめなくていいんだよ! ジャック、都に行って、正式な認定を受けられるんだよ!」


 ジャックの夢への一番の近道も、クリスだ。

 マリーの後押しを受けて実感を得たようで、ジャックは目の端に涙を浮かべてはにかんだ。


「…お願い、します」


 クリスは、優しい目でジャックに微笑んだ。

 それから。クリスの視線が自分に向いたのを感じて、マリーは身構えた。


「マリーさん。お歳をおうかがいしても?」

「十六歳です」


 この国の成人年齢を答えると、クリスは少し表情を明るくした。


「そうですか。先ほども少し触れましたが、監査局は人手不足でして…」

「わ、悪いけど、あたしは兄と行くところがあって」

「そうだ。マリーさんに聞きたかったんだけど」


 反射的に断りを述べたマリーに、ジャックが割り込んできた。


「なんだい、ジャック」

「その魔法のこと」

「あんた…視えていたのかい!?」


 拘束の魔法の終端をさすジャックに、マリーは驚いた。

 術式が視えないよう隠された魔法だったが、隠すことのできない終端だけは視えているのだ。

 そして、魔法の術式や終端を視る者は、一般に上級能力者とされている。

 上級ならマリーのオーラの色も視るはずで。


 いや…大丈夫なのか?

 マリーはじっとジャックの顔を見た。

 しかし、そこから読み取ることができたのは、悪い魔法に苦しめられているのではないかとマリーを心配する気持ちだけだった。魔女マリーに向ける顔では、到底ありえない。


「魔法…というと? マリーさん、魔法でお困りなんですか?」


 クリスにまで興味を示されて。


「ちがいます! 困ってません! もう行きますね!」


 マリーは立ち上がると、その場から逃げ出した。

 魔法使いが出てきたら、青白い魔力のオーラを視られてマリーの正体がバレる。

 魔法使いは皆、上級の見る目を持っているから。

 行き倒れ寸前の自分に手を差し伸べてくれたケントにお咎めが行くのは駄目だと思った。


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