3 メープル公国の嘘 #クリス ※画像あり
この世界には、魔法使い、視る者、只人の三種類の人間がいる。
サヴァランス大陸は、大陸のやや東寄りの位置に、南北に連なるサヴァランス山脈があり、物理的に東西が分断されていた。
山脈より西側は、魔法使いも視る者も誕生数が少なく、魔法使いは見つけ次第処刑の方針を貫いていた。
山脈より東側、パパラチア王国は、魔法使いの誕生数が多いこともあって、共存政策が取られてきた。
サヴァランス山脈の峠にあるメープル公国は、人口五千人弱の小国だった。
また、視る能力者のみが生まれる国で、古来より、魔法使いの東西の移動監視役を担ってきた。
「詳細は、私から説明させていただきます」
王家の敵として、メープル公国の名前が上がったところで、アーサーが言った。
「本題に入る前に、まず魔素の話をさせて下さい。魔素は魔法を実現させる素であり、鉱石に含まれると魔法石になり、空気中に含まれ、濃度が濃くなると人体に害を及ぼして紫害気と呼ばれます。私は通常の空気中に含まれる魔素を測定しました。結果、西側が一、我が国は十でした」
「西側では魔法が使いにくくなると聞くが、空気中の魔素が原因ということか?」
ケントが質問を挟むと、アーサーはうなずいた。
「それだけではありません。我が国固有の慢性病である紫斑病。あれも魔素が原因です。魔法石採掘場で紫害気に当てられた人が一気に魔素に蝕まれて死に至りますが、紫斑病はそれと同じ症状がゆっくり進行して現れる病なのです」
パパラチア王国の国民は、日常的にじわじわと魔素に蝕まれている。
アーサーの説明を聞きながら、普通に人々が生活している場所の魔素を測るという発想はなかったなと、クリスは思った。
魔素や紫害気、紫斑病の概念はあったのに、それらの相関関係に目が向いていなかった。
「さて。メープル公国の魔素ですが、九十でした」
話の続きで投げられた爆弾発言に、クリスはハッと息を呑んだ。
魔法石採掘場の魔素は五百を超えるとはいえ、九十という数値も充分、恐ろしい値だ。
「それは…人の身に耐えられる数値なのですか?」
魔素・十のパパラチア王国ですら、紫斑病という弊害を抱えているのに。
クリスの指摘に、アーサーは是と返した。
「メープル公国で日常的に飲まれているお茶があります。密かに持ち帰り、成分を調べたところ、それが中和剤の役割を果たしていることが分かりました」
さすがは医者だ。
というか、医者で密偵は非常に有能な存在ではないだろうか。
「それで、ここからが本題になりますが、空気中の魔素濃度と、只人、視る者、魔法使いの生まれる割合が比例しているのです。西側と、東側で」
アーサーは紙の資料をテーブルの上に置いた。
『東側(パパラチア王国)…魔素 10
只人 人口の90%
視る者 人口の10%
魔法使い 人口の1%
死産率 4%』
『西側諸国…魔素 1
只人 人口の99%
視る者 人口の1%
魔法使い 人口の0.1%
死産率 9%』
「これは実際の人口を元に出した確かなデータです。人口分布比率が魔素濃度と一致しているでしょう」
「統計学で考えるならば、視る者だけが生まれることはあり得ない、メープル公国もこのルールに則っているはずだと」
「そうです、クリス殿。この法則をメープル公国に当てはめると、こうなります」
『メープル公国…魔素 90
只人 人口の1% ※予想
視る者 人口の90% ※予想
魔法使い 人口の9% ※予想
死産率 11% ※実データ』
「先に死産率について説明しましょう。西側と我が国の死産率の違いは、医療水準の違いです。我が国には魔法診療がありますから、その分低く抑えられているのです。そして、メープル公国ですが。彼の国の医療は我が国よりも遥かに高度です。そう、普通に考えたら、死産率一~二パーセントが妥当だと思える程度に」
「つまり、十パーセントは実際には死産ではない、と」
「はい。圧倒的少数の魔法使いと只人を出生時に隔離し、世界から隠しているだけだと」
「この資料から計算すると、メープル公国には五~六百人程度の魔法使いが存在する計算になりますね」
「その通りです」
パパラチア王国の外に、高度な技術を持った魔法使い集団がいる。
それを統計学を用いた客観的資料で示され、クリスは嘆息した。
アーサーの仕事が優秀過ぎる。
「ご納得いただけましたかな?」
締めるようにダグラスが言い、クリスもギルバートもケントもうなずいた。
「ところで、メープル公国の他にも視る能力者しか生まれない家系がありますな」
「まさか…王家がメープル公国とつながっているといいたいのか!?」
続いてダグラスが掲げた疑惑に、ギルバートが叫んだ。
パパラチア王家もまた、メープル公国と同じく、視る能力者だけが生まれる血統だと謳ってきたのだ。
「つながっているというよりは、敵対関係でしょうな。火山噴火抑制魔法陣は、おそらく二十数年前に設置されたもの。そのころにあった事件で思い浮かぶのは、先王陛下の急逝です。そして、その後の王太子殿下誕生で、私は気付いたのです。先王陛下の言動を思い返せば、彼の君も間違いなく魔法使いであらせられたと」
そこで目の色を変えたのはクリスだ。
「つまり──歴代の王にも魔法使いがいて、殿下が魔法使いとして産まれたのも、おかしなことではなかったと…?」
「そうです」
ダグラスは肯定した。
「先王陛下の急逝がなければ、王太子殿下は魔法使いの王子と騒がれることなく、魔法使いであることを生涯隠し、視る能力者の王として歴代の王に並ばれていたことでしょう」
代々視る能力者を輩出してきたパパラチア王家。
けれど、その実態は、代々魔法使いの王だったのではないか──。




