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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第十章 ムーンストーンの娘
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14 『奇跡』 #ケント

 深い森の奥、ひっそりと建つログハウスに、ケントは降り立った。

 妻マリアの墓の前に、ダグラスが立っていた。

 気落ちして、老けこんで、とても頼りない存在に見えた。


「また置いていかれたよ」


 背後に立ったケントをふりかえることなく、ダグラスが言った。

 マグマに落ちていくダグラスを抱きしめた、マリーに良く似た女性を、ケントは思い出した。


「マリアさんが、あんたとアーサーを助けたのか?」


 我ながら非科学的だなと思いながらケントはたずねた。

 ただ、あの状況下でダグラスとアーサーが助かることは、奇跡としか考えられなかったのだ。


「いいや。わしらが助かったのは、アーサーが瞬間移動の魔法を唱えたからだ。行き先を指定せずに」


 ダグラスは寂しそうにそう答えた。


「ああ、そうか。行き先を指定しないなら、Cランクの魔力量でも瞬間移動できるのか」


 科学的な答えを受け、ケントは言った。

 魔法使いの声になっていたのだろう。


 ダグラスも、ケントに向き直ると、魔法学校の教師のような顔になり、

「なんだ、気付いていたのか」

 と、言った。


「マリーが、俺の渡した、中クラスの魔法石(ムーンストーン)で瞬間移動したから」


 本来なら瞬間移動できないとされている魔法石で。

 ケントが理由を説明すると、ダグラスは満足気にうなずいた。


「ところで、行き先を指定しない瞬間移動に法則があるのは知っているか?」

「いや、さすがにそこまでは」

「まあ、これまでのマリーの瞬間移動を観察していたら、むしろ混乱しただろうな。一定の法則を無視し、都合よく、障害物のない地上に移動していたから。だが、この先はもう──そんな奇跡は起こらない」


 ダグラスの口から飛び出した『奇跡』の単語に、ケントは首を傾げた。


「どういうことだ?」

「マリーが壊した、火山噴火を抑制していたコールライト。あれは、マリアが最期に身につけていた魔法石をもとに造ったものでな……どうやら、あれがマリアの想いに魔法の力を与えていたらしい。マリアの想いがマリーの瞬間移動を安全に補整していたようだ」


 仮死状態に陥って眠っていた間に見た夢でマリアから聞いたのだと、そこまで説明したところで、ダグラスは、はは、と力なく笑った。


「科学者が言うことではないな」

「いや、信じるよ。ちゃんとマリーに、もう二度と瞬間移動しないように言う」


 ケントは襟を正して言った。

 独りボロボロになっていたマリーに、そんな奇跡の加護くらいあってもよいだろうと思った。

 そこに。


「私たちが助かったのは、マリアのおかげだよ」


 アーサーの声が割って入った。ふりかえると、アーサーが小屋から出てきたところだった。


「あのとき、自分には使えるはずのない瞬間移動の魔法を、それも行き先指定なしに口にしたのは、マリアのささやきがあったからだ。それに──ダグをギリギリ仮死の状態でとどめたのも、やはり、マリアなんだと思う」


 ダグラスを救ったのは、アーサーの医者としての力量ではない。

 そこまで聞いて、ケントはああ、と思った。

 ダグラスを生かせなかったら、きっとアーサーも、生きていく気はなかった。

 だから、火山噴火で城が崩れゆくとき、あえて別れの意味にも取れる言葉をケントに告げたのだ。


「ダグが、きみに宛てた手紙を地上()の家に置いていたんだが、まさか行き先を指定しない瞬間移動で自分たちがここに来るとは思わなかった。きみは、この三日、ここに来ようとは思わなかったのか?」


 アーサーが言った。


「気にはなってたけど…そもそも瞬間移動ができるランクの石は、必要なときしか貸与されないんだよ」


 派手にやらかした後なのだから、うかつな行動は取れない。真っ当な雇われ人の回答をしたケントに、アーサーとダグラスは気遣わしげな顔をした。


「何か咎めを受けたか?」

「いや、俺の行動は全部クリスの指示通りってことで咎めは…いや、活躍しすぎたとかって奴隷契約を迫られてる」


 ケントは目下最大級の憂鬱の種を思い出し、言った。


「奴隷契約!?」


 ダグラスとアーサーの声がハモった。

 そろいもそろって、怒りの表情を浮かべている。

 自分の言い方が不適切だったと気付いたケントは、慌てて言い直した。


「爵位授与って、結局のところ、生涯王家のために働けってことだろ?」


 ダグラスを倒したら引きこもって好きな魔法研究をしていいという約束だったと、引きこもりへの未練をこぼしたケントに。


「おいコラ」


 アーサーは、ケントの肩をガシッとつかんで言った。


「私が言うのもなんだが……建国以来、魔法使いで爵位を授与された者はいない。その計らいは、魔法使いでも功績をあげれば評価するという、王家の方針転換を知らしめるものだろう。おまえがそれを蹴ることで、他に功をあげた魔法使いの報酬も変わるし──爵位を拝領して、魔法使いの立場向上に尽くすことが、おまえの使命じゃないのか」

「俺は(ギル)の命を守って、マリーを救えたら良かったんだよ! なんでこんなクソ面倒な話になるんだよ!」


 ケントが叫ぶと、アーサーとダグラスは顔を見合わせ、なんとも言えない表情をした。




「どこへ行く?」


 小屋に向かって歩き出したケントに、アーサーが言った。


「え? 手紙、あるんだろ?」


 自分宛ての手紙があるなら受け取っておく。それが当然だと思って答えたケントだったが。


「さっき処分したぞ。このあとの会合で、私たちの口から直接言うからな」

「あれ? もしかして、ここの地下にある装置の話じゃ…ない?」

「ちがうな。マリーに関することは、自力でなんとかしろ」

「いきなり丸投げかよ?」

「まあ、相談に乗れたら乗ってやらんこともないが……ああ、そうだ。マリーの能力で魔法を使ったらな、彼女の中の魔法石の成分が減って、一定割合を下回ったところで倒れるぞ。シェイド市で倒れたマリーを目覚めさせたのは、イライザが作った特製のレモン水だ」


 無策のケントが連れ帰ったせいで、マリーが目覚めない危機を招いていた。

 アーサーからそう暗に非難され、ケントは「わ、悪かった」と謝った。


「まあ、もうよいではないか。わしらのしてきたことも、正解ではなかった。ケント。これからは、マリーの心を一番に、守ってやってくれ」

「ああ、必ず」


 ケントは、強い気持ちで、ダグラスとアーサーに答えた。


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