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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第十章 ムーンストーンの娘
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13 キスの失敗と再挑戦の約束 #ケント

「ケント、ごめんね」


 クリスとこれからの話をし、イライザの天幕に戻ったところで、マリーが言った。

 眠らされていた人々の手当てをしたいと言って、都行きの話を断ったことを謝っているのだ。

 クリスと一緒に都に戻るケントとは、しばらく別れ別れになる。


「いや、いいよ。俺もダグラス絡みの後片付けで、しばらくは都にいないだろうし。クリスも、きみの居場所を作ろうとしただけで、特に気にしてないと思う」


 ケントはマリーに答えた。


「落ち着いたら迎えに来るよ」

「うん…ありがとう」


 マリーがぎこちなく微笑んだ。

 なぜかマリーが消えてしまいそうな気がして、ケントは落ち着かなくなった。


「キス…しても?」


 思いがけず出た言葉に、ケントは自分でハッとした。

 いくらずっとしたかったからといって、これは唐突すぎる。

 しかし、おどろいたことに、マリーは、頬を染めて、小さくうなずいた。

 キスしてもいいよ、と。

 この瞬間、ケントの頭から他のことは抜け落ちた。

 マリーを抱きよせ、頬に手をそえ、顔をあげさせる。

 誘うように、マリーが目を閉じた。

 赤く、やわらかそうな唇が艶っぽい。

 ゆっくりと顔を近づけ、あともう少しというところで、ケントも目をとじた。


「!?」


 唇とは思えない、骨のある感じに、ケントは目を開けた。

 マリーも、同時に目を開けていた。

 どうやら鼻の頭にキスしたらしい。


「もうっ」


 マリーが、楽しそうに怒る。

 そのまま笑いだすので、つられてケントも笑った。


「ファーストキスのやり直しは、次に会うときの楽しみにしてる」


 ひとしきり笑ったあと、マリーが言った。


「うん」


 愛しい気持ちでいっぱいになって、ケントはマリーを抱きしめた。


「マリー、愛してる」

「えっ!?」


 抱きしめた腕の中で、マリーが戸惑いの声をあげた。


「どう……」


 どうかしたかと問いかけて、ケントも異変に気付いた。

 さっきかけ直したばかりのマリーの魔力のオーラが戻っていた。


「ごめん、俺がキーワードを言ったからだ」

「キーワード?」

「長い魔法を瞬時に解きたいとき用に、一言いえば解けるように、魔法の術式の中に入れこんでたんだ」


 ケントが頑張ってかみくだいて説明すると、マリーは首をかしげ、五秒ほど考えた。

 そして。


「ねえ、もしかして、そのキーワードって、『マリー、愛してる』?」

「うん。俺が使わない言葉を選んで決めた…」


 バカ正直にそこまで言って、ケントはマリーの視線が刺々しいことに気付いた。


「ええと、その、このキーワード決めたときって、シェイド市を出てすぐのころで。俺には『愛してる』なんて言う資格がないと思って決めた言葉で」

「ふうん? でも、さっき魔法をかけたときにキーワードを変えなかったのはどうして?」

「そこまで頭が回らなかったんだ、深い意味はないよ!」


 一生懸命にケントは言った。


 ふいにマリーの腕が首すじにまきついてきて、顔をひきよせられた。

 チュッと頬に、やわらかな感触。


 おどろくケントに、マリーが挑発するように言った。


「次に会うときまでに、別の言葉、考えておくから。そのときは、あたしが決めた言葉に変更してね」

「う、うん」

 ケントはコクコクとうなずいた。


──次に会うとき。


 二度もマリーがその言葉を使ってくれた。

 そのことに、ホッと胸をなでおろしながら。


  *


 クリスからその連絡が入ったのは、ダグラスの城の崩壊から三日後のことだった。


 ケントは、国として所在を把握しながら、長年立ち入り禁止区域のようになっていたダグラスの館にいた。

 ダグラス配下の魔法使いたちが出入りし、魔法技術を学んでいた館には、大量の魔法書があり、その整理をしていたのだ。


「本当か!?」


 人払いをして、クリスと魔法通信で話していたとはいえ、つい声を大きくしてしまって、ケントは口を押さえた。


「嘘でこんな話はしませんよ。秘密裏に迎えに行ってもらえませんか? 場所はあなたが知っていると」

「ああ、知ってる」

「では、後ほど」


 クリスと通信が切れたあとも、ケントはしばらくその場を動けなかった。

 強い感情の揺れに呑まれて。


 そう。

 すべてが終わり──ケントは、大きな喪失感の中にいた。

 ケントにとって、自分のはるか先を行くダグラスは、目標であり、道しるべだったのだ。

 魔法書でその知恵を手に入れるほど、肝心の『超えたい相手のいない』虚しさを募らせていた。

 けれど。


(生きてた…! アーサーの『果たすべきこと』は、ダグラスを生かすことだった…!)


 目標の復活に、ケントは腹の底から力がわくのを感じた。

 伝わってきた内容は、生死の境をさまよっていたダグラスが目を覚ましたので、秘密裏に会合を持ちたいということだった。

 会合で話し合いたい内容は深刻そうではあったが、それでも、ケントは、早くダグラスに会いたいと思った。


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