13 キスの失敗と再挑戦の約束 #ケント
「ケント、ごめんね」
クリスとこれからの話をし、イライザの天幕に戻ったところで、マリーが言った。
眠らされていた人々の手当てをしたいと言って、都行きの話を断ったことを謝っているのだ。
クリスと一緒に都に戻るケントとは、しばらく別れ別れになる。
「いや、いいよ。俺もダグラス絡みの後片付けで、しばらくは都にいないだろうし。クリスも、きみの居場所を作ろうとしただけで、特に気にしてないと思う」
ケントはマリーに答えた。
「落ち着いたら迎えに来るよ」
「うん…ありがとう」
マリーがぎこちなく微笑んだ。
なぜかマリーが消えてしまいそうな気がして、ケントは落ち着かなくなった。
「キス…しても?」
思いがけず出た言葉に、ケントは自分でハッとした。
いくらずっとしたかったからといって、これは唐突すぎる。
しかし、おどろいたことに、マリーは、頬を染めて、小さくうなずいた。
キスしてもいいよ、と。
この瞬間、ケントの頭から他のことは抜け落ちた。
マリーを抱きよせ、頬に手をそえ、顔をあげさせる。
誘うように、マリーが目を閉じた。
赤く、やわらかそうな唇が艶っぽい。
ゆっくりと顔を近づけ、あともう少しというところで、ケントも目をとじた。
「!?」
唇とは思えない、骨のある感じに、ケントは目を開けた。
マリーも、同時に目を開けていた。
どうやら鼻の頭にキスしたらしい。
「もうっ」
マリーが、楽しそうに怒る。
そのまま笑いだすので、つられてケントも笑った。
「ファーストキスのやり直しは、次に会うときの楽しみにしてる」
ひとしきり笑ったあと、マリーが言った。
「うん」
愛しい気持ちでいっぱいになって、ケントはマリーを抱きしめた。
「マリー、愛してる」
「えっ!?」
抱きしめた腕の中で、マリーが戸惑いの声をあげた。
「どう……」
どうかしたかと問いかけて、ケントも異変に気付いた。
さっきかけ直したばかりのマリーの魔力のオーラが戻っていた。
「ごめん、俺がキーワードを言ったからだ」
「キーワード?」
「長い魔法を瞬時に解きたいとき用に、一言いえば解けるように、魔法の術式の中に入れこんでたんだ」
ケントが頑張ってかみくだいて説明すると、マリーは首をかしげ、五秒ほど考えた。
そして。
「ねえ、もしかして、そのキーワードって、『マリー、愛してる』?」
「うん。俺が使わない言葉を選んで決めた…」
バカ正直にそこまで言って、ケントはマリーの視線が刺々しいことに気付いた。
「ええと、その、このキーワード決めたときって、シェイド市を出てすぐのころで。俺には『愛してる』なんて言う資格がないと思って決めた言葉で」
「ふうん? でも、さっき魔法をかけたときにキーワードを変えなかったのはどうして?」
「そこまで頭が回らなかったんだ、深い意味はないよ!」
一生懸命にケントは言った。
ふいにマリーの腕が首すじにまきついてきて、顔をひきよせられた。
チュッと頬に、やわらかな感触。
おどろくケントに、マリーが挑発するように言った。
「次に会うときまでに、別の言葉、考えておくから。そのときは、あたしが決めた言葉に変更してね」
「う、うん」
ケントはコクコクとうなずいた。
──次に会うとき。
二度もマリーがその言葉を使ってくれた。
そのことに、ホッと胸をなでおろしながら。
*
クリスからその連絡が入ったのは、ダグラスの城の崩壊から三日後のことだった。
ケントは、国として所在を把握しながら、長年立ち入り禁止区域のようになっていたダグラスの館にいた。
ダグラス配下の魔法使いたちが出入りし、魔法技術を学んでいた館には、大量の魔法書があり、その整理をしていたのだ。
「本当か!?」
人払いをして、クリスと魔法通信で話していたとはいえ、つい声を大きくしてしまって、ケントは口を押さえた。
「嘘でこんな話はしませんよ。秘密裏に迎えに行ってもらえませんか? 場所はあなたが知っていると」
「ああ、知ってる」
「では、後ほど」
クリスと通信が切れたあとも、ケントはしばらくその場を動けなかった。
強い感情の揺れに呑まれて。
そう。
すべてが終わり──ケントは、大きな喪失感の中にいた。
ケントにとって、自分のはるか先を行くダグラスは、目標であり、道しるべだったのだ。
魔法書でその知恵を手に入れるほど、肝心の『超えたい相手のいない』虚しさを募らせていた。
けれど。
(生きてた…! アーサーの『果たすべきこと』は、ダグラスを生かすことだった…!)
目標の復活に、ケントは腹の底から力がわくのを感じた。
伝わってきた内容は、生死の境をさまよっていたダグラスが目を覚ましたので、秘密裏に会合を持ちたいということだった。
会合で話し合いたい内容は深刻そうではあったが、それでも、ケントは、早くダグラスに会いたいと思った。




