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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第十章 ムーンストーンの娘
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12 悲劇の夜は終わった #マリー

「さて。そろそろ時間もありませんので、これからの話を」


 クリスからそう話を切り出されて。


「あっ! パパが噴火抑制のために数千人の人を眠らせて、精気を集めていたんです。今、その人たちは、サジッタ一座で応急手当てを受けています」


 マリーは、伝えなければならなかったことを思い出し、言った。


「それなら、イライザ(セシリア)さんが見事に統制を取って火急の対応をされてましたし、私の方からも医師団の応援要請を出しておいたので、なんとかなると思いますよ」

「あ、そうですよね、姐さんに聞いたから、あたしたちがここにいるって分かったんですよね」


 クリスが来る前から、サジッタ一座はたくさんの人でごった返していたのだ。

 二人に会う前に、まずそちらに注意が向く。

 マリーは、バカなことを言ったと恥ずかしくなった。

 クリスは優しく微笑んで、さらりと話題を変えた。


「ダグラス配下の魔法使いたちですが、ナンバー2を務めていた方を筆頭に話し合いの席についてもらう形で収束がつきそうです」


 城の崩壊に巻きこまれ、逃げ惑っていたダグラス陣営の魔法使いたちの城外脱出を、監査局の局員たちが手伝ったのだという。

 ケントが地面に大穴を開ける前に一報を入れたことが活かされたのだ。


(ううん、クリスさんだったから…ケントの一報を活かすことができたんだ)


 本当に、すごい人だと、マリーは改めて感じ入った。

 そのとき、天幕が外からまくりあげられた。


「話し中、ごめん。ちょっとクリスさん、顔貸してくれないかい?」


 イライザだ。


「分かりました」


 そう答えたクリスは、ふと気が付いたように、マリーに向かって微笑んだ。


「マリーさん。ありがとうございました」

「え? あたしは何も」

「いいえ。あなたがいたから、冤罪で処刑されそうになって国を恨んでいたダグラスが、苦労して噴火抑制に動き、今日、国を守ってくれたんです」

「それだったら、ママの功績です。ママがパパを愛して、あたしを望んでくれたから」

「それだけではありませんよ。あなたもケントの手を取ってくれました。とても勇気のいることだったでしょう?」


 一緒にダグラスのもとへ行こうと、ケントから言われたときのことを、マリーは思った。


「はい………」


 一緒に行けば、ダグラスはケントを殺す。

 その思いがあったから、本当に苦しかった。


「あなたがケントを信じて、彼の手を取ってくれたから、この国の未来が守られたんです。ありがとうございました」


 クリスは、マリーに向かって、深く頭を下げた。


  *


「そうだ。きみのオーラ、消さないとな。ひとまずはこないだの術式で」


 二人きりになったところで、ケントが言った。


「ひとまずは?」

「うん。色々とやり直さないといけないところがあるから。あ、そうだ。これを、きみに」

「それ! パパの城でなくしたと思ってたの!」


 ケントが取り出したムーンストーンの首飾りを見て、マリーは叫んだ。


「剣の形で落ちてたから、魔法で引き寄せて、首飾りに戻しておいたよ」


 ケントは得意そうに言った。

 しかし、反対にマリーは引いてしまった。


「あのときって、火山噴火が始まって、大変なときだったよね」

「ああ。でも、魔法石の有無で色々変わるからさ、ひとつでも拾っておくにこしたことはない」

「ふ、ふうん…」


(ケントが好きなのって、あたしの魔法石の能力なんじゃないの?)


 ケントの魔法石に対する執着の強さに、マリーはそんなことを思ってしまった。


  *


 クリスがなかなか戻らないので、マリーとケントは天幕を出て、探してみることにした。


 いつのまにか空が白み、朝日が顔を出しかけていた。

 野戦病院と化した大天幕に行くと、クリスは青年医師につかまっていた。長身のクリスよりさらに背が高く、体つきもがっしりしていて、白衣を着ていなければ、医師だと思わなかっただろう。

 医師の方が図々しくクリスに絡んでいる感じだったが、クリスも真剣に話を聞いていて、しっかりとした信頼関係のある相手だと分かる。


(夜明け前の急な応援要請だったのに、もう来てくれてるって、すごいことだよね)


 クリスは、ケントとマリーに気付くと、医師の前を辞して、二人の方にやってきてくれた。


「すみません、なかなか戻れなくて。とりあえず、でましょう」


 まだ医師と調整することがあるというので、三人は大天幕のそばで話すことにした。

 たくさんの人が行き交っていたが、みな、バタバタと走り回っていて、他人の話を聞く余裕のある者はいなかった。

 クリスは、先程の医師に捕まって戻るに戻れなくなったため、ケントの件は問題なしとだけ王太子に伝えて、各種調整に走り回ってくれていたらしい。


「今回の件ですが、セシリアさん(イライザ)がビジル市に説明した内容に合わせることにしました。彼女を通してアーサー医師とケントが出会って、内部崩壊につながったと」


 クリスの説明を聞いて、マリーは、ああ、と嘆息した。


──終わったんだ。


 ダグラスの、長かった苦しみが。

 父に抵抗しつづけたマリーの戦いが。

 そして。

 たぶん、今日まで死んでも死に切れなかっただろう、母の悲しみが。


 全部、ケントが救ってくれた。


 ケントを見ると、朝日の中、自信に満ちあふれた明るい表情がとても頼もしく、まぶしかった。


「ありがとうございました」


 マリーは、ケントとクリスに頭を下げた。


──あたしは、魔法使いダグラスの負の遺産。


(きっと、ケントの隣にいない方がいい……)


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