11 宿題の採点 #ケント
「殿下をあなたのところへ行かせてしまったのは、私の監督不行き届きです。申し訳ありません。ただ、事実として、『殿下の前から逃亡して魔法通信に応答なし』ではフォローできませんので、災害現場の指揮を殿下にお任せして、一時間猶予をもらって来ました」
クリスが言った。
ケントは、その内容から、王太子ギルバートにマリーの正体がバレたな、とか、逆にそのおかげでギルバートが変に気を遣って、現場指揮を引き取ってクリスを派遣してくれたんだな、などと察したが、マリーの手前、口にはしなかった。
「あ…ごめん。魔法通信がつながらなかったのは…フローライトをマグマの中に落としたからだ」
表面的な詰問事項に対してケントは答えた。
厳密に言えば、落とした後マグマに飲み込まれた、だったが、結果、跡形もなく消滅したことは間違いない。
「そう言えば、フローライトは、『思いもよらぬ波乱をひきおこし、持ち主の運命を変えていく石』でしたね」
クリスは妙に納得したような顔で、フローライトの効能をつぶやいた。
「んん?」
「フローライトは充分に役割を果たしたということでしょう」
「?」
ケントにはいまいち理解できなかったが、国宝の石を紛失して怒られなかったのは、良かったというべきなのだろう。
ケントは、昨日の夕方、クリスと会った後の出来事を話すことにした。
「ええと、あのあと、マリーからダグラスの娘だって話を聞いて、サジッタ一座のイライザと、アーサーの協力を取り付けて……あ、アーサーっていうのは」
「アーサー・ケインズ医師でしょう。マリーさんの出生証明書を書いた」
クリスが当然のように言ったことに、ケントは思わず引いた。
いくら役所の記録を検索できる立場とはいえ、何をどうやったら、そんなピンポイントな情報を押さえられるのか。
自分の名をあげられたマリーも目を丸くしている。
「マリーさんの年齢から逆算して、十七年前のイリス一座の出入りを洗ったんですよ。マリア・ホワイトという女性が、流れ者のDランク魔法使いエドワード・ハリスと結婚していました。その後、マリーさんが生まれて、Eランク魔女と認定を受けてますね」
「Eランクって…ランク偽装したのか、あの二人は!」
「え? ランク偽装って…まさか、マリーさんの能力は生まれつきですか?」
「うん。そのマリアさん? が妊娠できない体で、ダグラスは禁を犯してマリーを誕生させたって言ってた」
その点に関しては読み違えていたらしいクリスに説明すると、クリスの表情が硬くなった。
管理者たる彼にとって、赤子に行う魔法使いのランク判定は、絶対確実を担保されるべきもので、そこをすり抜けた実例は重大な問題だ。
しかし、今ここでする議論ではないと思ったのか、軽く頭をふって思考を切り替え、話を進めた。
「それで、マリーさんが五歳のときに、マリアさんが貴族から乱暴されて亡くなり、報復に打って出たエドワード氏が貴族の雇われ魔法使いと魔法戦をした結果、落雷を誘発して館が全焼。そこで死亡した魔法使いとして、貴族の雇われ魔法使い二人とエドワード氏、エドワード氏を追ってあとから館に行ったマリーさんとアーサー医師の五人が記録されていました」
ケントの隣で、マリーがギュッと自分の手に力をこめた。その手も、体も、小さくふるえている。
思わずケントは、マリーの手の上に、自分の手を重ねた。
マリーは、ケントをふりかえりこそしなかったが、ふっと短く息を吐き、そこで体のふるえも止まった。
「エドワード氏が、あなたの父君、ダグラス殿ですね」
核心をつくクリスの問いに、マリーは「はい」と、しっかりした声で答えた。
そして。
「落雷は、パパがあたしを使って起こしました。あたしはその後しばらく寝こんで、ずっとそのときのことを忘れてしまっていたけど──ごめんなさい。パパが王になると思いつめたのは、そのときのことが、重くのしかかっていたからです。あたしのせいで、本当に……ごめんなさい」
マリーはそう言って、クリスに頭を下げた。
落雷の真実は予想外だったらしく、クリスが息を呑んだ。
「マリーさん、顔をあげてください。辛い経験を…されましたね。あなたに非があるとは思ってませんよ」
クリスは優しく、マリーに声をかけた。
彼の目的は、ダグラスとアーサーの行動確認。マリーを追い詰めることは本意ではないのだ。
「でも、あたしがいなかったら」
「マリー」
赦すと言われているのに懺悔をやめないマリーに、ケントが口を開いた。
もう、黙って聞いてはいられなかった。
「ダグラスは、子どもが欲しいと望むマリアさんのために無理をして、アーサーはそんなダグラスに協力して、その結果、きみは魔法石の能力をもって生まれてきた。ダグラスは強く望みすぎて無理をした自分を責めたかもしれない。でも、誕生を望まれたことは、誰の罪でもない」
「ケント…」
マリーがケントを見て、それから、ぽろぽろと涙をこぼした。
しばらく、マリーの気持ちが落ち着くまで、クリスもケントも黙って見守った。
*
「ミルキー山脈の件は、俺も、噴火が始まってから聞いたんだ。ダグラスは噴火を抑制しつつ、噴火させずに収束させる方法を探っていたらしいんだが、アーサーから、もう噴火させて大穴に収めようと提案されて。だけど、噴火は想像以上の規模で、ダグラスはマグマを誘導したあと力尽きて……アーサーも一緒に、マグマに落ちていったんだ」
「なるほど………優しい嘘ですね」
ケントが火山噴火の経緯を説明すると、クリスは少し瞑目し、言った。
「え?」
「彼らは噴火の規模を正確に把握していて、それが命懸けの行為だと分かっていたんだと思います。だから、ここまで、噴火抑制という手段を取らざるを得なかった。彼らには、生きて、守らなければならないものがあったから」
「あ………」
クリスの指摘で、ケントも気付いた。
「──俺のせいか」
ケントがマリーの前に現れ、彼女を託しても大丈夫だと思わせたから。
「いえ、噴火抑制を永久に続けられたとは思えませんし、ダグラスが命懸けで噴火を制御してくれたのは、きっと、この国の未来に希望をもってくれたからじゃないでしょうか」
そう言って、クリスはケントを見た。
それは、長い付き合いの中でも初めて見る表情だった。
「ケント。あなたがダグラスに、その希望を与えたんですよ」
(ああ──そうか)
──ケント。あなたは、あなたの思うように行動していいんです。
(あの日、クリスに出された宿題を──期待されたことを、俺はやり遂げたのか。だから、こいつは今、こんな顔をしてんのか)
ケントは誇らしい気持ちになって、そう思った。




