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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第十章 ムーンストーンの娘
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11 宿題の採点 #ケント

「殿下をあなたのところへ行かせてしまったのは、私の監督不行き届きです。申し訳ありません。ただ、事実として、『殿下の前から逃亡して魔法通信に応答なし』ではフォローできませんので、災害現場の指揮を殿下にお任せして、一時間猶予をもらって来ました」


 クリスが言った。

 ケントは、その内容から、王太子ギルバートにマリーの正体がバレたな、とか、逆にそのおかげでギルバートが変に気を遣って、現場指揮を引き取ってクリスを派遣してくれたんだな、などと察したが、マリーの手前、口にはしなかった。


「あ…ごめん。魔法通信がつながらなかったのは…フローライトをマグマの中に落としたからだ」


 表面的な詰問事項に対してケントは答えた。

 厳密に言えば、落とした後マグマに飲み込まれた、だったが、結果、跡形もなく消滅したことは間違いない。


「そう言えば、フローライトは、『思いもよらぬ波乱をひきおこし、持ち主の運命を変えていく石』でしたね」


 クリスは妙に納得したような顔で、フローライトの効能をつぶやいた。


「んん?」

「フローライトは充分に役割を果たしたということでしょう」

「?」


 ケントにはいまいち理解できなかったが、国宝の石を紛失して怒られなかったのは、良かったというべきなのだろう。

 ケントは、昨日の夕方、クリスと会った後の出来事を話すことにした。


「ええと、あのあと、マリーからダグラスの娘だって話を聞いて、サジッタ一座のイライザと、アーサーの協力を取り付けて……あ、アーサーっていうのは」

「アーサー・ケインズ医師でしょう。マリーさんの出生証明書を書いた」


 クリスが当然のように言ったことに、ケントは思わず引いた。

 いくら役所の記録を検索できる立場とはいえ、何をどうやったら、そんなピンポイントな情報を押さえられるのか。

 自分の名をあげられたマリーも目を丸くしている。


「マリーさんの年齢から逆算して、十七年前のイリス一座の出入りを洗ったんですよ。マリア・ホワイトという女性が、流れ者のDランク魔法使いエドワード・ハリスと結婚していました。その後、マリーさんが生まれて、Eランク魔女と認定を受けてますね」

「Eランクって…ランク偽装したのか、あの二人は!」

「え? ランク偽装って…まさか、マリーさんの能力は生まれつきですか?」

「うん。そのマリアさん? が妊娠できない体で、ダグラスは禁を犯してマリーを誕生させたって言ってた」


 その点に関しては読み違えていたらしいクリスに説明すると、クリスの表情が硬くなった。

 管理者たる彼にとって、赤子に行う魔法使いのランク判定は、絶対確実を担保されるべきもので、そこをすり抜けた実例マリーは重大な問題だ。

 しかし、今ここでする議論ではないと思ったのか、軽く頭をふって思考を切り替え、話を進めた。


「それで、マリーさんが五歳のときに、マリアさんが貴族から乱暴されて亡くなり、報復に打って出たエドワード氏が貴族の雇われ魔法使いと魔法戦をした結果、落雷を誘発して館が全焼。そこで死亡した魔法使いとして、貴族の雇われ魔法使い二人とエドワード氏、エドワード氏を追ってあとから館に行ったマリーさんとアーサー医師の五人が記録されていました」


 ケントの隣で、マリーがギュッと自分の手に力をこめた。その手も、体も、小さくふるえている。

 思わずケントは、マリーの手の上に、自分の手を重ねた。

 マリーは、ケントをふりかえりこそしなかったが、ふっと短く息を吐き、そこで体のふるえも止まった。


「エドワード氏が、あなたの父君、ダグラス殿ですね」


 核心をつくクリスの問いに、マリーは「はい」と、しっかりした声で答えた。

 そして。


「落雷は、パパがあたしを使って起こしました。あたしはその後しばらく寝こんで、ずっとそのときのことを忘れてしまっていたけど──ごめんなさい。パパが王になると思いつめたのは、そのときのことが、重くのしかかっていたからです。あたしのせいで、本当に……ごめんなさい」


 マリーはそう言って、クリスに頭を下げた。

 落雷の真実は予想外だったらしく、クリスが息を呑んだ。


「マリーさん、顔をあげてください。辛い経験を…されましたね。あなたに非があるとは思ってませんよ」


 クリスは優しく、マリーに声をかけた。

 彼の目的は、ダグラスとアーサーの行動確認。マリーを追い詰めることは本意ではないのだ。


「でも、あたしがいなかったら」

「マリー」


 赦すと言われているのに懺悔をやめないマリーに、ケントが口を開いた。

 もう、黙って聞いてはいられなかった。


「ダグラスは、子どもが欲しいと望むマリアさんのために無理をして、アーサーはそんなダグラスに協力して、その結果、きみは魔法石の能力をもって生まれてきた。ダグラスは強く望みすぎて無理をした自分を責めたかもしれない。でも、誕生を望まれたことは、誰の罪でもない」

「ケント…」


 マリーがケントを見て、それから、ぽろぽろと涙をこぼした。

 しばらく、マリーの気持ちが落ち着くまで、クリスもケントも黙って見守った。


  *


「ミルキー山脈の件は、俺も、噴火が始まってから聞いたんだ。ダグラスは噴火を抑制しつつ、噴火させずに収束させる方法を探っていたらしいんだが、アーサーから、もう噴火させて大穴に収めようと提案されて。だけど、噴火は想像以上の規模で、ダグラスはマグマを誘導したあと力尽きて……アーサーも一緒に、マグマに落ちていったんだ」

「なるほど………優しい嘘ですね」


 ケントが火山噴火の経緯を説明すると、クリスは少し瞑目し、言った。


「え?」

「彼らは噴火の規模を正確に把握していて、それが命懸けの行為だと分かっていたんだと思います。だから、ここまで、噴火抑制という手段を取らざるを得なかった。彼らには、生きて、守らなければならないものがあったから」

「あ………」


 クリスの指摘で、ケントも気付いた。


「──俺のせいか」


 ケントがマリーの前に現れ、彼女を託しても大丈夫だと思わせたから。


「いえ、噴火抑制を永久に続けられたとは思えませんし、ダグラスが命懸けで噴火を制御してくれたのは、きっと、この国の未来に希望をもってくれたからじゃないでしょうか」


 そう言って、クリスはケントを見た。

 それは、長い付き合いの中でも初めて見る表情だった。


「ケント。あなたがダグラスに、その希望を与えたんですよ」


(ああ──そうか)


──ケント。あなたは、あなたの思うように行動していいんです。


(あの日、クリスに出された宿題を──期待されたことを、俺はやり遂げたのか。だから、こいつは今、こんな顔をしてんのか)


 ケントは誇らしい気持ちになって、そう思った。


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