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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第十章 ムーンストーンの娘
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10 イライザ流後始末 #マリー

 マリーとケントがイライザの天幕に移動した直後、サジッタ一座の敷地内は人の声と雑多な音であふれた。キビキビと動いている様子が音から伝わってくる。



 イライザは、すぐ二人の元へやってきてくれた。


「あ……あの、姐さん。アーサーおじさんが」


 マリーは、開口一番に彼のことを伝えた。

 彼女の恋人であるアーサーが、ダグラスとともにマグマの渦にのみこまれてしまったと。


「いいんだよ、マリー。覚悟してたから」


 イライザは静かな声でマリーに応えた。


「あの人は、自分がしてきたことの責任をとるために行ったの。あんただって、アーサーと、あんたの父親にケジメをつけさせるために行ったはずだろう?」

「姐さん……」


 マリーは涙ぐんだ。

 イライザはアーサーに恋をしていて。

 それ以上に、マリーの味方で。

 だけど。

 イライザの本来の立場は、家族だったイリス一座をダグラスに奪われた被害者なのだ。


『マリーを守るため』にダグラスに協力しながらも、家族を奪われた恨みを、忘れられはしなかっただろう。


「姐さんは、あたしが憎くないの?」


 マリーはイライザにたずねた。

 イライザは、深い目をしてフッと笑った。


「もし心のどこかに恨む気持ちがあったとしても、そんなもの、あんたが命をかけて愛する父親を赦さないと言ってくれたときに、全部消えたよ。そんなことより、アーサーがしゃべったのかい? あたしとのこと」

「う、うん。もしあたしが戻れて、自分が戻れなかったときには、姐さんのことを頼むって。でも、だからこそ、ビジル市に戻ってってお願いして別れたんだけど」

「あ、それは──俺が伝言を受けた。どうしても果たすべきことがあるから、マリーとイライザに謝っておいて欲しいって。──ごめん、火山噴火が始まってたから、ろくに引き止めることもできなくて」

「だから、あたしのことはいいの!」


 ケントにも謝られて、イライザは苦笑いした。


「たしかにイリス一座は、ダグラスに滅ぼされた。姐さんたちが覇権に反対したって理由でね。だけど、当時のあたしは、マリーの抱える事情も、ダグラスとのつながりも、なんにも知らなかった。突然の姐さんたちの死に、マリーの行方不明。途方に暮れるばかりだったあたしを、アーサーは整形で姿を変え、サジッタ一座に導いてくれた」


 こんな美人整形は、都の高位貴族だってそうそう受けられないよ、とイライザ。

 マリーは、イリス一座にいたころの、筋肉質で、ザ・女戦士といった雰囲気のイライザを思い出した。たしかに、今の彼女が、国一番の魔法整形医の最高傑作であることは間違いないだろう。


「一ヶ月前、実は自分はダグラスの協力者なんだと、すべての真実を打ち明けられて、マリーを守るためにダグラスに協力して欲しいって打診されたときには、恋人になることを条件に引き受けた」


 サジッタ一座に移籍してから約三年。

 時々様子見に訪れ、気遣ってくれたアーサーを、真実を知らないまま好きになっていたのだとイライザは語った。


「でもね、あの人がたくさんの命をもてあそんできた事実は変わらないし、そこを赦しちゃいけないと思うの」


 巨大な魔法石コールライトを破壊するときに見た光景を、マリーは思い出した。

 数千の人間を眠らせ、精気を奪っていた。

 火山噴火を止めるためとはいえ。


「ダグラスも天才だけど、アーサーも魔法医師として右に出る者のない天才だったと思う」


 死亡偽装をして国の管理を外れ、ダグラス陣営にも混ざらず、ひたすらにダグラス個人の影として生きた天才医師。


「だからといって、国の一大事を、たった二人で抱えるのは間違いでしょう?」


 イライザはダグラスとアーサーを非難したが、その声に恨みはなく、あたたかかった。


「二人? すまない、ダグラス陣営で、他に火山噴火を知る者はいなかったのか?」


 ケントが疑問を呈した。


「いなかったと、あたしは聞いてる。火山噴火のことも、マリーのことも。だいたい、そうでもなきゃ、あたしに協力要請は来ないよ」


 イライザは、ここに来て初めて暗い目をした。


「アーサーはね、自分を恨んでいいから…事が成った暁には自分を殺していいから、マリーを守るために協力して欲しいって言ったの。バカな人だよね」


 そして、あたしもバカだよね。

 恨むどころか、愛する道を選んだのだから。

 声にならなかったイライザの想いを受け止めて、マリーは一粒だけ涙を流した。


「姐さん…姐さんはバカじゃないよ。ちゃんと、自分が後悔しない道を選んだの。いつだって、あたしの味方をしてくれてありがとう」

「そんなの、あんたはあたしのたった一人の妹なんだから、当たり前じゃないか」


 マリーとイライザは、かたく抱き合った。

 お互いに、もう涙は流さなかった。


  *


 イライザが、眠らされていた人々の手当てに戻ったあと。


「数千人を眠らせて精気を集めていたとか……なんか本当に、すごいな、あの二人は」


 どうやらその話を聞いていなかったらしいケントが、脱力したように座りこんだ。


「いや、イライザも、か。ビジル市の全面協力を取り付けたんだからな」


 カジノが一大産業の街で、客が襲われたのにろくに守れず、今後の見通しが暗かったビジル市。

 イライザは、七千人弱の被害者たちの再起を支援する一大プロジェクトこそ、この街の新しい生き方になると、市長に掛け合ったのだという。

 また、七千人弱の人々を移送してくるという突拍子も無い事実を説明するため、アーサーを、脅されてダグラスに協力していた者にした。

 長い時間をかけてダグラスの信頼を得て、行動の自由を手に入れたアーサーが、サジッタ一座の舞姫と知り合い、今回、叛旗をひるがえす目処を立てた。

 ダグラス陣営は内部崩壊する。

 アーサーの叛旗への協力は、必ず市長にとってプラスとなる。

 そう言って、市長を口説き落としたらしい。


「イライザを嘘つきにしないよう、クリスに話を通さないとな」


 ケントが言った。

 マリーは、ケントの口から出てきた名前にハッとした。


「クリスさんって、ジャックの村に来た監査局の人だよね? どういう人なの?」


 ケントと深く関わっている人だとは分かるし、『凄い人』だということも分かるのだが。


「どういう……? うーんと、俺や、ギルや、魔法使いが敵に回したくないと思うやつ、かな」

「敵に回したくないとは、ずいぶんな言い様ですね」


 ふいに響いた第三者の声に、マリーも驚いたが、ケントの方が大きく驚き、座っていたところから跳ね起きた。


「く──クリス」


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