9 魔法石であること #ケント
火山噴火をおさめたものの、マグマに落ちていくダグラスとアーサーを救えなかったケント。
そこにやってきた王太子ギルバートをかわすため、昔、父と過ごした家を経由して、ビジル市のサジッタ一座へと移動した。
経由地をはさむのは、呪文から瞬間移動先を悟られないためだ。(もっとも、ケントの体には位置情報発信装置が入っているから、それを確認されたら居場所はバレるのだが、それでも時間は稼げる)
「ケント…今の」
マリーが、ケントの腕の中で硬い声をあげた。
突然視界を奪われ、二度の瞬間移動を体感したのだ。
なにが起こったのかと、不安にもなるだろう。
「ごめん! 青白い魔力のオーラを可視にしてしまったんだ。きみの魔法石の能力を使うために。あやうくギルに、きみが魔女マリーだって、バレるところだった。もう一度、魔法をかけなおそう」
「待って。その前に教えて」
マリーが、ケントの言葉をさえぎった。
顔から血の気がひいている。
「今…あたしの魔法媒介能力を使って、瞬間移動したんだよね」
「ああ。瞬間移動には、さっき失くした石と同程度の能力がいるんだ。……すまない。瞬間移動なら、きみに負担はかからないと思って。突然で、不快だったかな」
「不快?」
そこでマリーは、少し悩むような表情をした。
「とにかく、天幕の中へ。視る能力のある人間にみつかったら、魔女マリーがいると大騒ぎになる」
*
サジッタ一座の公演用の大天幕へと、ケントはマリーを誘導した。
公演が中止されている今、もっとも人が来ないとアーサーが言っていた天幕だ。
「あたし……魔法石なんだね」
ぽつりとこぼされた言葉に、ケントは自分を呪った。
「本当にごめん! もう二度ときみの力を使うような真似は…」
「それは、いいの。あんたにだったら。ただ……こういうことなんだって、分かったっていうか」
「こういうこと……?」
「瞬間移動。あたし、自分でもやってたでしょ。ずっと、このムーンストーンでしてると思いこんでたんだけど」
袖の下に隠したムーンストーンを押さえながら、マリーは言った。
「ああ」
小さなムーンストーン。防護の魔法がかかったそれは、他の魔法を媒介することはない。
「さっきの瞬間移動ね。いつも自分でするのと同じ感覚だった。それで、ようやく実感したの。あたしは、魔法石なんだって。……魔法使いの思いひとつで、あたしの身体は、魔法を媒介する。それが──すべてを焼き尽くすような魔法でも」
彼女の意思とは関係なく、彼女の身体は、魔法使いに魔法石として利用されてしまう。
そのことを思い知ったと。
ケントが無神経にも、彼女に断りなく瞬間移動をしたせいで。
「その、とおりだ」
自分を呪いながら、ケントはうなずいた。
「だけど、マリー。俺がきみを守──」
「こわいよね。……怖かったはずだよね、パパ」
「え?」
「あたしが魔女マリーとして、いろんな人とふれあってた間…あたしの青白いオーラを見て、いつか、だれかが気づくんじゃないかって……いてもたってもいられなかったと思う」
「!」
その能力を知ったときの気持ちを、ケントは思い出した。
もし、誰か気づいたら。
そう簡単に気づけるものではないと分かっていても、恐れをぬぐえなかった。
「あたし、パパの気持ち、本当になんにも分かってなかった。でももう、ごめんなさいも言えないんだね…」
「マリー」
細い肩が、嗚咽にふるえる。
魔法石の能力をもってることをはっきりと実感して、怖くないはずがないのに。
こんなときでさえ、彼女は他人の痛みを先に考えるのか。
「パパの愛情に甘えて、ひどいこと言った……」
マリーの頬をぬらす、透明な雫。それを隠すように、両手で顔をおおって。
ケントはマリーに手を伸ばした。
──自分が泣かせたくせに。
そう思いながら、今は抱きしめたかった。
けれども。
ケントの指先がマリーに届く前に。
「マリー! 無事だったんだね!」
伊勢のいい声が二人の間に割って入った。
「姐さん!」
マリーが、イライザをふりかえった。
「よく…戻ってきたね……!」
イライザは駆けてくると、感極まった様子で、マリーをひっしと抱きしめた。
それから、ケントに視線をむけて、
「ケント。この子を守ってくれて、ありがとう」
と言った。
「いや…俺は」
最後の最後に、一生残る恐怖をマリーにもたせてしまった。
ダグラスとアーサーをみすみす死なせてしまった。
ケントはイライザに謝ろうとしたが、イライザは手を振ってケントを制した。
「この子を、ここまで連れて帰ってきてくれた。それで充分だよ。ああ、そうだ。今からここにたくさんの人が来る。あんたたちは、あたしの天幕に移って」
「え?」
「第一陣が到着したら、少し時間をもらって説明しに行くから。さあ、早く」
ケントとマリーはイライザに追い立てられ、イライザの天幕に移動した。




