8 二人で生み出す #ケント
その瞬間、時間が止まったように感じた。
「いいよ、ケント」
ずっと愛用してきた魔法石フローライトを落としたタイミングでマリーが言った言葉の意味を理解して。
理解したことを、否定したくて。
「ま…マリー」
ぐるぐるとたくさんの思いが頭を回った。
マリーは、魔法石の能力を持つことをアーサーから聞いたのだろう。
ここまでマリーだけには教えたくないと思ってやってきたのに。
自分の能力におびえたり、絶望したりしてはいないだろうか。
魔法の痛みがマリーに返るというのに、使っていいとか気楽に言わないで欲しい。
でも…。
「ほら、早く」
マリーが急かした。
まっすぐにケントを見る目は、信頼に満ちていて、迷いがなかった。
(地面に穴を開けるだけなら、痛みは発生しない)
ケントも覚悟を決めた。
「マリー、愛してる」
ギュッとマリーを抱きしめて、言った。
山の頂を吹き飛ばしたマグマは、夜の闇をまっすぐに切り裂いて、赤く光る巨大な柱となって空高く伸びていく。
四方に散っていかないよう、ダグラスがコントロールしているのだ。
そばには、アーサーらしき魔法使いの影もあった。
地面に大穴を開けてマグマを誘導するのは、アーサーの発案だった。
ケントがダグラスの隠れ家からこの地に戻ってきたとき、火山噴火を教え、その打開策として教えてくれたのだ。
ダグラスは、噴火を抑制した上で、噴火させずに収めようとしていて、実りがなかったのだという。
事前に教えて欲しかったと思ったが、ケントとマリーが事の大きさに躊躇しないようあえて伏せたと言われたら、反論できなかった。
巨大なマグマの火柱を横目に、ケントは呪文を唱えた。
マリーに自分の魔力を注ぐ。
ダグラスの力が負けはじめたのか、火柱が轟音を立てて揺らぐ。
しかし、ケントの中に焦りは生まれなかった。
マリーは、乾いた大地が水を吸収するみたいにケントの力を受け入れて、大きな魔法の力に変えてくれる。
その親和性は、これまでの、マリーがケントの魔力を意識していないときとは比べ物にならなかった。
身体と身体で対話してるんだと感じる。
二人で生み出した力が、大量の土を空気に変え、ミルキー山脈のふもと、レイバン台地に巨大な深い穴をあけた。
(あ…調子に乗って大きくしすぎた)
ダグラスとアーサーに、マリーの能力を使ったな、と怒られるかもしれない。
──ヴォォォォォ!
真っ赤な火柱が咆哮をあげた。
火の龍が、一度空に昇って身体をしならせ、そこから地上へと舵をとり、大穴へ流入していく。
マグマはケントが作った大穴をあっという間に埋め尽くし、地上よりわずかに低いところで、渦を巻いて収まった。
ケントは、赤い光の圧倒的な質量を呆然と眺め、それから。
火山噴火と聞いて、ケントが想像した規模を、はるかに上回っていたことに気付いた。
ゾッと、全身が冷えた。
(これだけの質量、いくらダグラスでも、コントロールできるはずが………)
「パパ!」
ケントの腕の中で、悲痛な声があがった。
見ると、空からまっさかさまに落ちていく魔法使いの黒い影があった。
(強力な人造魔法石を使って、限界以上の力を発揮したのか…!)
ケントは、とっさに落下を止める呪文を唱えようとした。
しかし。
ダグラスが豆粒ほどの黒い影であるにもかかわらず、マリーによく似た黒髪の女性が、落ちていく彼を抱きしめる姿がはっきりと見えた。
彼女はケントを見て、微笑んだ。
──あなたには充分、良くしてもらったわ。ありがとう。
そんな声が聞こえた気がした。
黒髪の女性に抱かれたまま落ちるダグラス。
ダグラスを追って降下するアーサーらしき魔法使いの影。
「いやあああああっ」
マリーの悲鳴。
ケントの開けた大穴を埋めて渦を巻くマグマへと落ちていく、二人の魔法使い。
そこへ。
「ケント、説明しろ。いい加減、僕も真実を知りたい」
当然のように上から命じる声がふってきた。
ギルバート・パパラチア。
この国の王太子。
ケントは、マリーの魔力を消す魔法を解いたことを思い出した。
いまの彼女は、青白いランクAの魔力を身にまとう魔女マリーだ。
茶色い外套で彼女を頭からかくすようにして、ケントは言った。
「説明はマリーを休ませてからにしてくれ」
瞬間移動で、ケントは逃げた。




