7 ケントの魔法の色 #マリー
マリーを連れて、火山噴火を収めるために移動した上空で。
ケントは、紫色の魔法石フローライトを取り出した。
「ごめん、先に一報だけ」
そう言うと、ケントは石に向かって話し始めた。
「クリス! 応答しろ!」
そして。
『ケント!? 状況は!?』
石がしゃべった。
「戦争は中止だ。ミルキー山脈が噴火する! 俺は今からマグマを封じ込めるが、災害応援の方を頼む!」
石が息を呑んだ。
しかし、それは一瞬のことで。
『分かりました』
すぐに、おそろしく冷静に、ケントの要請を引き受けた。
(石と会話するとか、何、このシュールな………魔法?)
側で見ていたマリーは、ケントもまた、父と同じ、一般人にはついていけないレベルの魔法使いなんだな、と実感した。
──ヴォォォォォ………!
山がひときわ大きく唸り、赤いマグマが空高く噴き出した。
通信を終えたケントは魔法石フローライトを握り直そうとし。
「わっ………」
フローライトが、ケントの手からすべり落ちていった。
(落ちる……っ?)
マリーは思わずケントにギュウとしがみついた。
しかし、落下は始まらなかった。
空を飛ぶ魔法には、他の魔法石を使っていたらしい。
ホッとしてケントを見ると、彼はこれまで見たこともないくらいに、焦った顔をしていた。
どうしたの、と聞こうとして、気付いた。
さっきケントが落とした石は、マリーがこれまで見たことのある天然石の中では、一番能力の高い石だった。
瞬時に地面に大穴を開けるのに、あの石が必要だったのだ。
「いいよ、ケント」
考えるより先に、マリーは言った。
自分の魔法石の能力を使っていいよ、と。
「ま…マリー……」
ケントが驚き、戸惑っている。
まっすぐに彼と視線を合わせ、マリーは力強くうなずいた。
ケントの持っていた魔法石たちの温かい輝きを思ったら、不安はなかった。
「ほら、早く」
マリーは急かした。
ケントも、長くは迷わなかった。
「マリー、愛してる」
ケントは、ギュッとマリーを抱きしめて言った。
マリーは、目を閉じて彼に全身をあずけた。
ケントが唱える魔法の呪文とともに、彼の魔力が自分に流れこんでくるのを感じた。
ああ、ケントの色だ。
すごく心配そうに、こわごわと、だけど優しく温かくマリーを満たしてくれる。
これが、魔法を媒介するということ。
(ううん。これはケントだから。そうだ…昔にも一度………)
とろけてしまいそうな気持ちよさの中で、マリーは過去にも魔法使いの魔力を受け入れたことがあった、と思い出した。
それは、こんなあたたかさとは正反対の体験だった。
そう。
あれは──母を失くした夜だ。
母は、近所でも評判の、綺麗な人だった。
だから、なんとかという偉い人に目をつけられ、酷い目に遭わされたのだろうと、動かぬ母の前で泣きながら、隣の家のおばさんが言った。
そして、マリーは、アーサーにたのんで、父を追いかけてもらったのだ。
母の死に逆上し、家を飛び出していった父を。
嵐の中。
やっと出会えた父は、怒りで我を忘れていた。
マリーを見ると、こっちへおいでと言って、抱きあげてくれた。
だけど、その目は怖かった。
父の目は、マリーの中の何か別なものを見ていた。
そして、抱きあげられた直後。
父の魔力が自分の中にながれこんできたのである。
怒りと悲しみ。
痛みに満ちた、それが。
身体がちぎれそうだった。
悲鳴をあげたとき、またべつの痛みがマリーを貫いた。
家や草花や大地。
そして、人間の。
生命を断ち切られる、壮絶な痛み。
次に目を覚ましたとき、マリーはそのときのことを忘れていた。
それ以前の記憶もあやふやになった。
ケントの優しい魔法の中で、涙が止まらない。
これほどの痛みを忘れていたなんて。
これほどの想いを無視していたなんて。
やっとダグラスの気持ちが分かった、と思った。
父をかりたてていたのは、母をなくした痛みだけじゃなかった。
自分の魔法が娘を傷つけたという後悔──そんな、なまやさしい言葉では語れないほどの思いが、マリーを守るための権力へと向かわせたのだ。
母をなくした痛みは、マリーでは癒せない。
だけど。
もうひとつの痛みは、マリーだけが癒せるものだった。
マリーが気付いて、伝えなければならなかったのだ。
マリーは大丈夫だから、あの日のことでもう自分を責めないでと。
もう一度、ダグラスと話をしたい。
この魔法が終わったら───。




