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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第十章 ムーンストーンの娘
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7 ケントの魔法の色 #マリー

 マリーを連れて、火山噴火を収めるために移動した上空で。

 ケントは、紫色の魔法石フローライトを取り出した。


「ごめん、先に一報だけ」


 そう言うと、ケントは石に向かって話し始めた。


「クリス! 応答しろ!」


 そして。


『ケント!? 状況は!?』


 石がしゃべった。


「戦争は中止だ。ミルキー山脈が噴火する! 俺は今からマグマを封じ込めるが、災害応援の方を頼む!」


 石が息を呑んだ。

 しかし、それは一瞬のことで。


『分かりました』


 すぐに、おそろしく冷静に、ケントの要請を引き受けた。


(石と会話するとか、何、このシュールな………魔法?)


 側で見ていたマリーは、ケントもまた、父と同じ、一般人にはついていけないレベルの魔法使いなんだな、と実感した。


──ヴォォォォォ………!


 山がひときわ大きく唸り、赤いマグマが空高く噴き出した。

 通信を終えたケントは魔法石フローライトを握り直そうとし。


「わっ………」


 フローライトが、ケントの手からすべり落ちていった。


(落ちる……っ?)


 マリーは思わずケントにギュウとしがみついた。

 しかし、落下は始まらなかった。

 空を飛ぶ魔法には、他の魔法石を使っていたらしい。

 ホッとしてケントを見ると、彼はこれまで見たこともないくらいに、焦った顔をしていた。

 どうしたの、と聞こうとして、気付いた。

 さっきケントが落とした石は、マリーがこれまで見たことのある天然石の中では、一番能力の高い石だった。

 瞬時に地面に大穴を開けるのに、あの石が必要だったのだ。


「いいよ、ケント」


 考えるより先に、マリーは言った。

 自分の魔法石の能力を使っていいよ、と。


「ま…マリー……」


 ケントが驚き、戸惑っている。

 まっすぐに彼と視線を合わせ、マリーは力強くうなずいた。

 ケントの持っていた魔法石たちの温かい輝きを思ったら、不安はなかった。


「ほら、早く」


 マリーは急かした。

 ケントも、長くは迷わなかった。


「マリー、愛してる」


 ケントは、ギュッとマリーを抱きしめて言った。


 マリーは、目を閉じて彼に全身をあずけた。

 ケントが唱える魔法の呪文とともに、彼の魔力が自分に流れこんでくるのを感じた。


 ああ、ケントの色だ。


 すごく心配そうに、こわごわと、だけど優しく温かくマリーを満たしてくれる。

 これが、魔法を媒介するということ。


(ううん。これはケントだから。そうだ…昔にも一度………)


 とろけてしまいそうな気持ちよさの中で、マリーは過去にも魔法使いの魔力を受け入れたことがあった、と思い出した。

 それは、こんなあたたかさとは正反対の体験だった。


 そう。

 あれは──母を失くした夜だ。


 母は、近所でも評判の、綺麗な人だった。

 だから、なんとかという偉い人に目をつけられ、酷い目に遭わされたのだろうと、動かぬ母の前で泣きながら、隣の家のおばさんが言った。

 そして、マリーは、アーサーにたのんで、父を追いかけてもらったのだ。

 母の死に逆上し、家を飛び出していった父を。


 嵐の中。

 やっと出会えた父は、怒りで我を忘れていた。

 マリーを見ると、こっちへおいでと言って、抱きあげてくれた。

 だけど、その目は怖かった。

 父の目は、マリーの中の何か別なものを見ていた。

 そして、抱きあげられた直後。

 父の魔力が自分の中にながれこんできたのである。

 怒りと悲しみ。

 痛みに満ちた、それが。

 身体がちぎれそうだった。

 悲鳴をあげたとき、またべつの痛みがマリーを貫いた。

 家や草花や大地。

 そして、人間の。

 生命を断ち切られる、壮絶な痛み。


 次に目を覚ましたとき、マリーはそのときのことを忘れていた。

 それ以前の記憶もあやふやになった。


 ケントの優しい魔法の中で、涙が止まらない。


 これほどの痛みを忘れていたなんて。

 これほどの想いを無視していたなんて。


 やっとダグラスの気持ちが分かった、と思った。

 父をかりたてていたのは、母をなくした痛みだけじゃなかった。

 自分の魔法が娘を傷つけたという後悔──そんな、なまやさしい言葉では語れないほどの思いが、マリーを守るための権力へと向かわせたのだ。


 母をなくした痛みは、マリーでは癒せない。

 だけど。

 もうひとつの痛みは、マリーだけが癒せるものだった。


 マリーが気付いて、伝えなければならなかったのだ。

 マリーは大丈夫だから、あの日のことでもう自分を責めないでと。

 もう一度、ダグラスと話をしたい。

 この魔法が終わったら───。


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