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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第十章 ムーンストーンの娘
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5 マリーの戦い #マリー

 少し時間を遡る。

 マリーは、ダグラスの魔法で、四方を丸太で囲まれた部屋に転送された。


 素朴な木のベッドと、木のテーブルと椅子が置かれた部屋は、母を亡くしたあと、ダグラスとアーサーの二人と暮らした森の中のログハウスと似ていた。

 数年続いたログハウスでの暮らしは、八年前、ダグラスとアーサーに『どうしてもやらなければならない仕事』ができた時に終わりを迎え、マリーは祖母のいたイリス一座に預けられた。

 イリス一座でもみんなから可愛がってもらったが、『存在するはずのない』マリーは隠れ住む不便があった。

 今から思えば、ログハウスで過ごした数年間は、幸福だけに満たされた時間だった。


「うぅ………!」


 木の床に崩れ落ちるように座り込み、マリーは泣いた。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 マリーを守るために王になるなんて。


 たしかに、マリーは他の誰も持たない青白い魔力のオーラを持っている。

 けれども、自分の身は自分で守れるよう、マリーに魔法を教えてくれたらよかったのだ。それで済む話ではないか。

 それがどうして、マリーには魔法を覚えるなと禁止し、ケントに守れと言い、ダグラスが王を目指すという、大げさで、荒唐無稽な話になるのだろう。


(だけど、ケントもパパに大げさだって言わなかった。別のやり方であたしを守るって………)


──あたしは、一体………何?


「マリー」


 壮年男性の声に、マリーは涙をふいて顔をあげた。


「アーサーおじさん」


 いつのまにか、魔法医アーサーが部屋の中に入ってきていた。

 ただ一人、ダグラスとすべてを共有する共犯者。

 彼の登場を、マリーは不思議に思わなかった。


「ケント君を罠にかけたこと、すまなかったね」


 アーサーはまず、謝罪を口にした。

 強硬手段をあまり好まない彼らしい行動だと思った。


「おじさんが、パパが一番なのは知ってる。でも、イライザ姐さんをサジッタ一座に導いたり、ケントに逃げ道を作ってくれたりしたんでしょ?」


 マリーは言った。

 ダグラスの罠から逃れたあと。ケントには王家に戻るという選択肢もあった。

 彼をダグラスの城に向かわせたのは、マリーだ。


「マリー、この城を支えている巨大な人造魔法石(コールライト)がある。おまえはどうしたい?」

「あ…アーサーおじさん……?」


 ここに来て、マリーはアーサーの立ち位置が変わっていることに気付いた。


「これは、城内魔法無効化を打ち消す魔法をかけた石。他の魔法石と重ねて使う」


 アーサーは、魔法石をひとつ手のひらに乗せ、マリーに見せた。

 本気でダグラスに反旗を翻す、と。


「いいの…?」


 マリーは、信じられない思いで、問い返した。

 表面上はダグラスと『親友』のアーサーだが、彼の心の芯はダグラスを『唯一の王』と思い定めていた。ダグラスが王となる世界は、彼の悲願だったはずだ。

 アーサーは、迷いのない目でうなずいた。


「ああ。ケント君に気付かされてしまってね。戦に勝っても私が見たい世界は実現しないと。…ダグは今、ケント君と話をしている。やるなら、今が好機だ。どうする、マリー?」

「もちろん、やるよ」


 マリーは即答した。


「あ…でも、その前に教えて」


 マリーは、強い決意を胸に、アーサーに言った。


「あたしの秘密。ただ、オーラの色が青いだけじゃないよね? あたしのオーラの青が、パパが持たせてくれたムーンストーンとまったく同質の輝きなのは、偶然じゃないんだよね?」


  *


 アーサーに案内されて入った部屋は、とてつもなく広い空間だった。

 高さも、奥行きも。

 通常の建物なら、こんなに広い空間はありえないだろう。

 そして、その空間には、数百、いや数千の棺のようなものが、所狭しとひしめきあうように浮遊していた。


「おじさん…あの棺は……」


 たずねるマリーの声は、ふるえた。


「私たちが眠らせた人々。巨大なコールライトを支えるために、精気をもらっているんだ。おまえと関わって、ダグに消された人も多い」

「ニール…男の子は!?」

「一年前、ダグからコールライトを盗んでおまえに託した男の子なら、ほら」


 アーサーは、棺のひとつを引き寄せてくれた。

 棺は上半分が透明になっていて、いくつかの数字が表示されていた。

 大人用の棺にちんまりと横たわる少年は、血色がいいとは言えなかったが、死人の顔ではなかった。

 かすかに胸が上下している。


「ニール! 生きてる!」

「ああ。彼らの体調管理の都合上、ここの魔法石は私も扱えるようにしてもらっていてね。コールライトの破壊と同時に、ビジル市郊外に彼らを転送しようと思う。そこで彼らは目覚めるだろう。後のことはイライザに頼んである」

「壊してくる!」


 マリーは勢いよく走り出した。

 だだっ広い部屋の最奥に、祭壇のようなものがあり、巨大なコールライトが鎮座していた。

 しかし。

 石に近づくにつれ、マリーの足取りは鈍った。


「マリー、どうした?」


 あとから来たアーサーが言った。


「コールライトの…まわりの空気のよどみが……」

「澱み? 私には分からないが……顔色が悪いな。これ以上進めないのなら…」

「待って。あたしにやらせて。お願い」

「分かった。肩をかそう。その前に、ここで剣を作っておこう」

「うん」


 マリーは、ケントからもらったムーンストーンの首飾りを外した。


 これでコールライトを破壊したいとアーサーに望んだのだ。

 首飾りのムーンストーンに、城内魔法無効化を打ち消す魔法石を重ね、アーサーから教わった魔法の呪文を唱えた。

 アーサーの説明によると、マリーは魔法の第一歩である魔法石を通して魔法を使う訓練が出来ていないものの、自分と同種のムーンストーンだけは扱えるのだと言う。


 ムーンストーンの首飾りが剣に変わる。

 マリーは剣を手に、アーサーの肩を借りて歩いた。

 巨大なコールライトに一歩近づくにつれ、濃くなっていく邪気。


 アーサーは感じないと言ったが、マリーには毒の空気に当てられているようなものだった。

 毒の空気に体の内側も外側も蝕まれ、めまいや吐き気に襲われた。

 体は思うように動かず、鉛でも背負っているかのように重かった。


 それでも、強い気持ちでマリーは進んだ。

 この巨大なコールライトこそ、ダグラスの狂気につながっているものだと確信したから。


「ありがとう…おじさんはイライザ姐さんのところに行って」


 やっとたどりついた台座の前で、浅い呼吸をつきながらマリーは言った。

 アーサーがこの場に残っていたら、ダグラスの逆鱗にふれて、殺されてしまうから。


「しかし…」

「大丈夫。あとは一人でできるよ。ケントも来てくれるだろうし……あの人たち、目覚めても、すぐ元気に生きていけたりしないんでしょ? パパとおじさんのせいなんだから、責任取って」

「マリー……」

「行ってよ。お願い。みんなを元気にしてあげて」


 マリーと関わって、それまでの人生を奪われた人たち。

 戻らないものも多いだろう。

 それでも、せめて体だけでも、元通りになって欲しかった。


「分かったよ、マリー」


 苦渋の決断、といった表情で、アーサーがうなずいた。


  *


 アーサーが去り、一人になったマリーは、両手で剣を構え、巨大な黒い石、コールライトを見すえた。

 気分は最悪だったし、頭はくらくらした。

 体は重くて、動かせる気がしなかった。

 それでも。


──これを壊せばパパをコールライトの歪みから解放できる。


(これを壊して、あたしが魔法石の能力を持ってても、パパの王位は望まないって言えば、今度こそ、届くよね。あたしの気持ち──!)


 マリーは気力だけで剣を持ち上げ、気力だけで振り下ろした。


「わあああああ────────!」


 黒い石が無数の破片となって砕け散った。

 そして。


「─────────!」


 それまでの邪気がまだ優しいレベルだったと思い知らされるほど濃密な邪気の爆発的な拡散を受け、マリーは意識を飛ばした。


 すべてが暗転した。


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