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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第十章 ムーンストーンの娘
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4 決意 #ケント

 モニターや計器類、たくさんのボタンが煌々と光る暗い部屋で、ケントはダグラスがいかに高度な魔法技術をもってマリーを守ってきたかを知った。


「攻撃の魔法を受けたら、上空に受け流す魔法もあるぞ。下手に打ち消したり、返したりするわけにはいかんからな。状況別に、マリーに痛みの返らぬ魔法を施した」

「受け流す…! その手があったか…!」


 ケントは、ダグラスの説明に、現状を忘れて感銘を受けた。

 ひとつの道を突き進んできた者として、圧倒的な先人の知恵は、心を動かすものがあった。

 ケントの反応に気をよくしたのか、ダグラスはさらに言った。


「おまえはマリーの自害を心配したようだが、毒も受け付けぬ魔法を施してあるから、心配する必要はなかったぞ」

「え…」

「マリーを殺せる者はおらん。そんな事態、このわしが断じて許さん」


 強いダグラスの言葉とは裏腹に、ケントはさっきまでの肯定的な気持ちがガラリと変わるのを感じた。

 たしかにダグラスはすごい。

 魔法使いとして、年齢以上の差があると思う。

 けれども、マリーに対しては。


「ケント。おまえと旅した間、わしの施したマリーを守るための魔法は発動しなかった。その点、評価しておる」


 ケントは息苦しさを感じた。

 褒められても、嬉しくなかった。


「それに、わしには、マリーの魔法石の能力を使い切るという発想がなかった。わしがこれまで築き上げてきたものに、おまえの発想が入ることで、より堅固な魔法王国ができるだろう。なあ、ケント。わしと共にこの国の頂点に立とうではないか」

「無理だ」


 ケントは言った。


「この期に及んで何を言う…! マリーを守る気がないのか!?」


 ダグラスが激昂した。


「マリーを殺そうとしてるのは、あんたの方だろ!?」


 ケントも叫んだ。


「あんたのしていることは、マリーの命は守っても、心は守ってないって言ってんだよ! 父親なら分かれよ!」


 ダグラスの施した、マリーを守る魔法。

 それが発動すれば、『この魔法は何だ』と視た者に疑問を抱かせる可能性を生む。ケントは気付かなかったし、かなり低い可能性ではあるのだが。

 それでも、その可能性を潰すために、魔法を視た者たちをダグラスが殺していったから──マリーの心はズタズタになった。


「心だと!? そんなものを守って何になる!」

「そんなものって…」


 ケントは絶句した。


「奪わず、つつましく、誠実に生きた結果、マリアは冷たい嵐の夜にボロボロになって息絶えた」


──ママを失くして、パパは残ったあたしを守るために道を踏み外した。


 マリーの言葉を思い出す。


(こういうことか………!)


「世の中は、人の善意をふみにじって生きるやつほど幅をきかせ、他人を思いやる正直者ほどむくわれぬ。正しいことがまかりとおらぬのが、この世界なのだ! ──心など、生きてさえおれば取り戻せる」


 鬼気迫る様相で、ダグラスが言う。

 反対に、ケントは、ひどく冷めた気持ちでダグラスを見た。

 妄執にとりつかれた、哀れな人だと思った。

 マリーの言葉を借りるなら、『コールライトの歪み』の影響を受けて、狂気に堕ちた人。


「取り戻せないよ。一度失えば、取り戻せない心だってある。イリス一座の座員たちは、だから反対したんだ」

「知ったふうな口を聞くな。何も知らんくせに!」

「知らなくても分かるよ。俺は…この一ヶ月で、マリーのことをたくさん知ったんだよ!」


 この部屋に来たとき、モニターが映した景色とマリーの声。

 マリーは、泣いていた。

 自分のことがただの口実ではなく、ダグラスがひたすらにマリーを想って行動していると知って。


「自分への愛情からあんたがしたことに、マリーは耐えられない。あんたが王になったら、マリーの心は壊れて、二度と戻らないよ」


 静かに、けれども強い気持ちでケントがそう言ったとき。


「まさか──まさか、そんな……!」


 ダグラスが急に慌て出した。


「おい、どうしたんだよ?」


 ケントはたずねたが、彼の耳には入っていないようだった。

 ダグラスは瞬間移動の呪文を唱えると、消えてしまった。

 そして。

 ケントの胸に収められたまま没収されることのなかった魔法石が振動した。

 魔法通信で、相手は。


「ケント君、聞こえるかい?」


 魔法医アーサーだった。

 魔法通信はケントが開発した魔法で、暗号化し、監査局専用で使っていたはずなのだが。


(ダグラスにしろ、アーサー殿にしろ、俺のしてることなんか簡単に論破できるってことか…)


 微妙に凹みつつ、

「はいっ」

 と、ケントは返事をした。音声通信では、相手の様子が分からないので、返事が遅いと相手を不安にさせる。


「ケント君。そこはダグラスの城じゃない。魔法も使える」


 アーサーから、予想外の情報がもたらされた。


「え?」


 ケントは驚いた。

 使えないと思いこんでいたから、ふいをついて魔法を使おうなんて考えはなかったが、それにしても大胆だ。


「そこは地下十メートルほどの場所に作った部屋で、地上に小屋があるから、三十メートルほど真上に出たらいい。星を見たら、位置は分かるだろう。早急に戻って来て欲しい」

「分かった」


 必要最低限の話だけをして、アーサーとの通信は終了した。

 それから。

 ケントはすぐに、瞬間移動の呪文を唱えた。


(本当に使えた…!)


 空に出たところで浮遊の呪文を唱え、高度を保ったまま下を見ると、たしかに小さな小屋がひっそりと建っていた。

 深い森の中、よほど気をつけないと上空からでも見落とすだろう。


 早急に戻れと言われたケントだったが、興味がまさり、小屋のそばにおりてみた。

 小屋の近くに墓があった。


「マリア…」


 墓の主の名前を読んで、ケントはゾクッとした。


(ここは、ダグラスと、マリアさんと、マリーのためだけの家だ…!)


 国が把握しているダグラスの家は別にある。

 屋敷というべき規模で、たくさんの魔法書があり、ダグラス配下の魔法使いたちも出入りする家。

 対するこちらは、世間から完全に秘匿された、ダグラスの隠れ家。


「なんてとこにつれてくるんだよ…!」


 ケントはぼやいた。

 ダグラスは、戦えば、王家に圧勝できるだけの戦力を築き上げている。

 にも関わらず、王家側のケントに手の内を見せるようなリスクを冒す。


(全部、思い通りに事を運んでいるくせに、あんた、なんでそんなに追いつめられてんだよ?)


 ダグラスは、戦いに勝っても救われない。

 そのことを、本人もきっと、狂気に塗りこめられた心の奥底で感じているのだ。


「俺が…止めないと」


 ケントは決意を新たに、瞬間移動の呪文を唱えた。


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