2 マリー×ケント×ダグラス #マリー
ケントは、地面の上にあったムーンストーンの首飾りを拾うと、マリーの首にかけてくれた。
「あの、これ、あたしのじゃ…」
「シェイド市の宝石屋で、きみに似合うように加工してもらったものだから、きみのだよ。それに…きみは自覚してないんだろうけど、さっきの瞬間移動は、この首飾りのムーンストーンを使って実行したんだ。きみが今までやってきた方法では、瞬間移動できなくなってるから」
「そうなの?」
「きっと、何かの助けになるから」
「うん…ありがとう」
マリーは涙をふいて、ぎこちない笑みをケントに向けた。
「行ける?」
マリーを気遣う、ケントの問い。
マリーは、胸の前でギュッと手を握った。
覚悟が必要だった。
思えば、コールライトを封印してから、ずっとダグラスから逃げてきたのだ。
もう一度、ダグラスに立ち向かう。
誰よりも大切な人と一緒に。
迷いがないといったら嘘になる。
怖くないなんて言えない。
自分の『声』がダグラスに届かないことは、骨身にしみている。
だけど。
マリーがこの場で自害したって、ケントとダグラスの対決は避けられない。たぶんケントは………保身を捨てて単身ダグラスの眼前に行くような、無茶をする。
「うん…連れてって」
マリーは言った。
ケント一人にすべてを背負わせたくないから。
ふわりとケントのぬくもりに包まれた。
彼の腕の中で聞く魔法の呪文は耳に心地良く響いて、マリーは、この人のことが好きだと、改めて思った。
*
ふっと体が浮く感覚がして、まわりの景色が変わった。
森の中から、巨大な四角い建物の屋上に。
夜の闇の中、本来なら建物の全容など見えないのだが、建物全体にかかる魔法呪文が、ほの明るい照明がわりになっていた。
「………魔法が封じられたな」
そばで、なんでもないことのようにつぶやかれた言葉に、マリーはギョッとした。
「え? それってヤバくない?」
「話し合いに来たわけだから、別にいいんじゃないか」
「いいわけないでしょ!」
平然としているケントに、マリーはくってかかった。
「やっぱり戻ろう?」
魔法が使えないなんて、不利すぎる。
「飛行魔法も瞬間移動の魔法も使えないからムリ」
「そんな!」
「ようこそ、我が城へ。ケント・ブラウン」
かすれた声がして、マリーはハッとした。
数歩離れた場所にダグラスが現れて、立っていた。
短くかりこんだ白髪。不健康にくすんだ肌。異様にギラギラとした眼光。
彼をとりまくオーラは、一年前よりも黒くなっているように見えた。
やはり、駄目だ。
もはやどんな言葉も、彼に通じるとは思えなかった。
「…マリーも。よく来たな」
「あたしは…」
あなたを止めるために来たのだ。
その言葉を言いよどんだマリーの横から、ケントが声を上げた。
「ダグラス。今日は話があってきたんだ」
「ほう。敵軍のエースが、わしとなにを話す?」
「マリーを…お嬢さんを俺にください。お願いします」
ケントはそう言うと、ペコリと頭を下げた。
マリーは、頬のほてりを意識した。
自分の好きな人が、自分の父親に、結婚のゆるしをもとめて頭を下げてくれている。
こんなときでも、それは心をくすぐった。
「それは、わしの跡を継ぐ決心をしたということでよいのかな。すなわち、国王を倒し、わしがこれから作る王国を継ぐと」
ダグラスは、探るように言った。
(跡を…継ぐ…?)
予想外の言葉に、マリーはケントを見た。
「そうじゃない。俺は俺のやりかたで、マリーを守る。今の政権のもとで。だから、兵を引いてくれないか。この戦いは無意味だ」
ケントは、強い決意を込めた瞳で、声で、言い切った。
「今の政権のもとで、だと? おまえは国王のもとで庇護されてきたから分からんのだろうが、いくら忠義を尽くしても、やつらは一瞬で手のひらを返す。だからこそ、自分が天下をとるしかないのだ。頭を冷やしてよく考えろ」
ダグラスは激昂すると、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、ケントの姿が消える。
「ケント!」
突然の現象に、マリーは悲鳴を上げた。
その場で呪文を唱えて魔法を使おうとすればマリーが気付いて阻止する。そう学習した父が、あらかじめ指鳴らしで発動する魔法を仕込んでいたのだ。
「……パパ!」
「にらむな。殺しはせぬ」
そう言うと、ダグラスはじっとマリーを見つめた。
そのまなざしの奥に、昔と変わらないあたたかさを見つけて、胸の奥がざわりと震えた。
「美しい娘に成長したな、マリー。おまえの魅力で、わしの後継者となるようケントを説得しなさい」
「どうして……? パパはケントを後継者にしたかったの?」
状況理解が出来ないマリーは、父にたずねた。
「そうだ。あやつほど、他人を守護する魔法ばかり研究してきた魔法使いを、わしは知らん。魔法使いとしてまだ若すぎるが、これからの伸び代も含めて、おまえを託す相手として、あいつが一番望ましいと思っておった」
「あたし………?」
「おまえは、わしに反抗しているつもりで、父が見込んだ男に惚れ、わしに国王を倒す好機をあたえてくれたのだよ。わしらは充分、わかりあえておる。そうは思わんかね?」
「────!」
マリーは、よろりと、よろめいた。
ずっと、自分のことは口実で、父の本当の願いは覇権なのだと思っていた。
だから、恨んだ。
でも、そうじゃなかった。
父にとっては、『王になる』ということが、唯一、純粋にマリーを守る『手段』だったのだ。
「ケントは……どこ?」
マリーは、消えいりそうな声で言った。
なんとかケントを解放しなければ。
そう思った。
しかしダグラスは、嫌な笑みをうかべた。
「まずは…休みなさい」




