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ケントとクリスが出会った裏側

 王城の、とある一室。

 そこで。


「ケント・ブラウンを処分? なぜだ、アンダーソン?」


 金髪碧眼、利発そうな顔をした七歳の少年が言った。

 ギルバート・パパラチア。現国王唯一の子息で、稀有なAランク魔法使いだった。


「彼がAランク魔法使いで、魔法学に邁進しているからです」


 栗色の髪と瞳、三十代半ばの男性が王子に応えた。

 アンダーソン伯爵。国政能力を持たない王に代わって国政を担いつつ、次代の為に王子の教育に力を注いでいる人物だ。


 彼は、教育中の王子に、魔法学校から問題児と報告の上がってきた魔法使いの少年の話を振った。

 そもそも違法に国の管理下から外れていた問題児ケントを拾ったのは王子だったからだ。


「ええと…魔法使いで要注意なのは、研究熱心なヤツ、だったな。それがAランクなら、使える魔法の幅も広くなるから、反乱を起こされたら厄介…ということか」

「はい。七歳の今なら、確実に処分できます」


 幼い頭で懸命に考え、答えを出す王子を、アンダーソン伯爵は頼もしく思った。


「そう言えば、昔、Aランク魔法使いのダグラス・ウォーレンが処刑直前で逃亡したんだったな。というか、どうしてダグラスを放置しているんだ? 厄介な相手かもしれないが、王家の権威を示すべきじゃないのか?」

「殿下。私もなんの手も打たなかったわけではありませんよ。逃亡後のダグラスと何度かやり取りを重ね、国外に出ないことを担保し、それを諸外国(※1)に示して同意を取りました。最低限のラインを引いた上での放置です」


(※1)諸外国は、魔法使いは見つけ次第処刑。魔法使いとの共存政策を採っているのは、パパラチア王国だけ。そのため、魔法使いに対する諸外国の目は厳しい。


「つまり、ダグラスと取引したのか。逃亡を黙認し、こちらからちょっかいをかけない代わり、国内にとどまれと」

「後、隠遁生活を送ること、ですね」

「それは理想的だが、極刑を言い渡されるような極悪犯がそんな約束を守るか?」

「そうですね……諸外国の王族にも伝えましたが、彼は極悪犯ではありませんので」

「え? 誰が?」

「ダグラスです。彼は何の罪も犯していません。むしろ王家に心から仕えていました」


「つまり、誰かに嵌められたと? 誰だ?」

「前国王フィリップ陛下です」

「お祖父様!?」

「前陛下は、ご子息・現国王の治世を心配しておられました」

「あー…お祖父様は名君だったが、父上は視る能力もなければ、毎日やっていることといえば、気に入った芸術家を肥え太らすことくらいだからな…」

「…陛下は、ご自分の役割をわきまえていらっしゃるのですよ」


「まあ、政治の丸投げ相手におまえを選んだことは評価できる。──しかし、お祖父様が、良く国に仕えた者に冤罪を着せるとは」

「前陛下は、ダグラスの突出した才能と、まっすぐな性格を危険視されたのです。まっすぐな者ほど、絶望したときに豹変しますから」

「そういうものか……?」

「殿下も、たくさん人を見れば、いずれはお分かりいただけると存じます」


「分かった。では一旦、そういうことにしよう。つまり、まとめると、お祖父様はダグラスを濡れ衣で処刑しようとして失敗。後顧の憂いを断つどころか、逆に火種を生んでしまったというわけだな」

「はい。もともと持病のあった前陛下は、ダグラス逃亡の報告にショックを受け、それが原因でおかくれになってしまわれました」


「そうか…ええと、それで、今はケント・ブラウンのことだったな。いくらダグラスが約束通り大人しくしていても、世間が脅威を感じている以上、さらに火種を増やすことは許されない…と」

「ご明察でございます、殿下。それと、ダグラスは事実、脅威なのです。人の心は変わる──反乱を望む者に担ぎ上げられたり、周囲から脅威と思われ続けることで、そちらに気持ちが傾いたりすることは充分考えられます。協力者が現れれば、魔法石の入手も可能になります」


「そ…れは、脅威だな。無実の者に申し訳ないが、放置はまずいんじゃないか?」

「殿下。私は、魔法で戦うためにもっとも必要なのは、視る力、魔法を感知する力だと考えています。たとえ魔法石をもっていなくても、ダグラスほど魔法に精通した者を魔法で罠にかけるのは難しいでしょう。もちろん、魔法以外の方法もありますが……いずれにせよ、確実性がないのです。そして、こちらが約束を反故して彼に仕掛け、失敗したら──」

「今度こそ、凶悪な反逆者を生んでしまう…と。では、こういう考えは? ダグラス対策の保険として、ケント・ブラウンを王家に忠誠を誓うよう育てる」

「たしかにそういう考え方もありますが…いくら忠誠心を育てても、なにかのきっかけで崩れてしまうことはあります。ダグラスのように」


「なあ、アンダーソン。じゃあ、こういうのはどうだ? クリスにケント・ブラウンを見に行かせて、手なづけられたら、生かす。あれだけの才能を、僕ひとりが食いつぶすのはもったいないだろう?」


 王子が食い下がって言うと、アンダーソン伯爵はおや、と目元をやわらげた。


「これは…ずいぶんと愚息を高く評価してくださるんですね。あれなら、ケント・ブラウンを裏切ることのない駒にできると?」


 幼い王子の予想外の提案に対し、伯爵は久しく感じたことのなかった高揚感を感じた。


「そうだよ。だってクリスはどんな僕でも受け入れてくれた。クリスが──僕に、この世界にいてもいいんだって思わせてくれた」

「おや、妬けますね。私も殿下を受け入れてきたつもりですが、力不足でしたか?」

「力不足とか、そんなんじゃないよ。アンダーソンは大人で…色々あるのは分かってるからさ。それに、おまえの前では、おまえの望む完璧な王子でなきゃいけないって思うし…。でもクリスはちがうんだよ。クリスの前だと、どんな僕でもいいやって思えるんだ。だから、ケント・ブラウンだって、クリスなら落とせるさ」


 自信満々に王子が断言する。


「なるほど」


 幼い王子の狭い視野での思い込みともいえる論理だったが、伯爵とて子どもの命を奪うことへの呵責はある。

 いくらケント・ブラウンが周囲の人間すべてとぶつかる手に負えない子どもとはいえ、まだ七歳。そこから変わっていく可能性を考えるくらい、してもいいはずだ。


 そう。試すだけ試す。理不尽な処刑は最終手段でいい。


「あ、この話、クリスには内緒な? へんに意識して会ってほしくないし、それに、人の命を背負うのは、上に立つものの役割だろう?」


 思い出したようにそう付け加えた王子に、今度こそ伯爵は相好を崩した。

 この王子は、すでに『王』だ。


 伯爵は、王子の前に恭しく膝をついた。


「殿下………殿下は本当に、為政者としてお生れになったのですね。殿下がそこまでおっしゃるのでしたら、私も殿下の御意に従いましょう」

 

 心から敬える王をお育てできる喜びを胸に、伯爵は王子に忠誠を誓った。

 


 

 ■補足年表

 

 263年

 アンダーソン男爵(22歳)、前国王(51歳)より現国王(12歳)の後見人の役目と伯爵位を賜る

 

 265年

 ダグラス(29歳)逃亡

 前国王(53歳)崩御

 現国王(14歳)即位

 

 270年

 現国王(19歳)、王子誕生

 

 276年

 クリス(10歳)、王子(6歳)の侍従になる


 277年

 クリス(11歳)、ケント(7歳)と出会う


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