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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
番外編 クリスの仮説
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6 長官に報告する話 #クリス

「ふむ。ケント・ブラウンの回復に期間を要するため、魔法使いの増員を要請すると」


 栗色の髪と目をした、五十前の男が、顰め面をして言った。

 彼が不機嫌でもなければ、嫌われてもいないことはもう知っている。

 ウィルフレッド・アンダーソン伯爵。

 現国王の後見人で、摂政として国政を主導する傍ら、視る者を束ねる最上位機関・視る者協会の長官を務める。

 クリスの父親である。もっとも、私生児として伯爵家の外で生まれ育ち、職場である視る者協会以外で会ったこともなければ、父と呼んだことも人生で一回しかない。

 父親だと思ってはいるが、近い存在ではない。…そんな距離感の人。


「はい、長官。表向きはただの欠員補充ですが、ダグラスとの決戦に対応できるよう訓練してもらうつもりです」


 職場の長に対する態度でクリスは言った。

 決戦の文言に彼がぴくりと反応したのを確認し、クリスは一呼吸おいた。


「それと──今から話す内容は、長官の胸のうちに収めていただきたいのですが」

「了解した」

「ありがとうございます。ケントの怪我ですが、お察しの通り嘘です」


 口止めの言質を取った後、クリスはさっくりと種明かしをした。


「だろうな。開戦に関わる重要な情報を得た…というあたりかな」

「おそらく、ほぼすべての疑問点をクリアできたと思います。長い話になりますが、お時間は?」

「時間は気にしなくていい。どうせ、ちゃんと見計らって来たんだろう」

「ありがとうございます」


  *


「──以上になります。長官?」


 マリーを中心とした魔法使いダグラス側の事情を説明し切ったところで、クリスは父に呼びかけた。

 彼は傍目にも明らかに落ち込み、うなだれていた。

 常に背筋を伸ばし、隙を見せないようにしている人だから、こういう姿は珍しい。というか、初めて見た。


「悔しいな…。私は今、とても悔しいよ。彼が不幸を背負う前になんとかできなかったことが。やれるだけのことはやって来たが、それでも…な」


 父は、ダグラスが冤罪容疑をかけられる前、彼と親しくしていたという。

 ダグラスが王都から逃亡したあと、秘密裏に所在を突き止め、定期連絡を条件に逃亡を認めたのも父だ。


「私の考えを申し上げても?」

「ああ」

「私は、ケントに期待したいと思っています。ケントが覚悟を決めて、マリーさんを引き受けることで、みなが手を取り合えたら…と」

「ああ…そうだな。ケント君に期待したいな」


 力なく父が同意する。

 おそらく、父自身もダグラスのために何かしたい気持ちなのだろう。


「それから、決戦の日ですが。ケントとマリーさんがビジル市につく二週間後になると思います」

「二週間後か。準備は間に合いそうか?」

「そうですね。もともといつ襲撃を受けても対応できるよう対策していましたから。ですが、せっかく二週間後と()()期間をいただきましたので、時間があればやりたかったあれやこれやを、時間の許す限りやってみようかと」


 対策の柱はふたつ。王都の被害を最小限にして王家が民を守ろうとした印象を残すことと、王族を亡命させることだ。

 ()()()()()()()()()()ために。

 クリス自身は、王族が亡命する時間を稼ぐためギリギリまで王都に残る計画だった。

 けれども、一番最後まで残る決意をしているのは父だ。

 ダグラスの逃亡を許した者として、友として。どうしてもダグラスを都に迎え入れ、直接会って話がしたいのだという。…その結果の死は受け入れて欲しいと言われている。


 だから。

 ひとつでも多くの対策を打つことで、最後まで残る父の生存確率を上げたかった。


「ところで、ケント君につけた裏切り防止装置。あれのボタンはお前が持っていたな?」


 これから打ち出す対策案に思いを馳せていたクリスは、父からの問いにギクリとした。

 裏切り防止装置とは、魔法使いの心臓をボタンひとつで止める装置のこと。命をタテに魔法使いを制御しようという、悪しき手段だ。

 魔法使いダグラスの台頭後、魔法使いの反発を考慮して廃止されていたのだが。Aランク魔法使いケントを王都外で活動させたいと国の上層部に許可を求めた際、裏切り防止装置の装着を強いられた。クリスにできたのは、心停止ボタンの管理者を自分にするくらい。

 しかしケントをダグラスに渡すのに、王家がケントの命を握っている状況ではダグラスに恩を売れない。そう考えたクリスの独断で、すでにボタンはケント本人に渡してあった。


「はい。持っておりますよ」


 背中に冷や汗を感じつつ、クリスは堂々と嘘をついた。

 父であっても本当のことを言うつもりはなかった。

 王家に対する重大な離叛行為として、厳罰に処される行為だから。ちゃんとダミーのボタンも用意してある。


「そうか。では、速やかにケント君に渡しなさい。私が許可する」

「ち…長官?!」


 父を騙し切ることを考えていたクリスは、予想外の指示に思わず叫んだ。


「そこは父上と呼んでくれるところじゃないのか?」


 眉尻を下げ、しゅんとした様子を見せ、あり得ない発言を重ねてくる父に、クリスは(…してやられた!)と思う。

 彼は、問題のボタンがすでにケントに渡っていることを見越した上で、自分がその責を負うと言ったのだ。長官としてではなく、父親として。


 ずっと、家族などとは到底呼べない距離の人だった。

 顔を合わせるようになってからも、クリスの前では常に厳しい態度を貫き、馴れ合いは許されなかった。

 最近、父親らしい顔をして距離をつめてくることが出て来たのだが…正直、今更感が強すぎて反応に困っていた。

 …嬉しくないとは言えないから、なおさら。


「勝手な真似をして申し訳ありません。…父上」


 父から顔を逸らし、仕方なくといった体裁を取ってクリスは言った。

 父の口から『渡せ』との言葉が出た以上、クリス一人の責にはもう収められない。この件が公になったときには、父は必ず自分の指示だったとクリスをかばうだろう。


 照れ隠しを含んだクリスの反応に、父は満足げに笑みを浮かべた。


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