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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
番外編 クリスの仮説
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5 休息と共有(2/2) #クリス

 魔法使いダグラスの王都警察乗っ取り事件から二年。

 勝てない相手との戦いを、クリスは『負けない』ことに主眼を置いてきた。

 そして、『負けない』ための最後の一手が、王太子亡命だった。


「ダグラスが政権運営に行き詰まったとき、ケントがダグラス側にいれば、橋渡し役になってもらえるでしょう。うまくいけば、武力蜂起をせずに、交渉のテーブルについてもらえます」


 マリーのためにダグラス陣営に寝返ったとしても、ケントとクリス、王太子の絆は変わらない。ケントは両者を生かそうと一生懸命動いてくれるだろう。それに。


「何といっても、魔法石の能力を持つ娘を守るために覇権を目指すダグラスとなら、話し合いの余地は充分あるはずです」


 魔法使いダグラスは、冷酷無比な簒奪者ではない。

 娘を守りたい──その気持ちは真っ当なものだし、理解もできる。

 相手のことを理解する気がない者、こちらからも理解不能な者との話し合いは難しいが、ダグラスはそうではないのだ。

 それが分かっただけでも大きな収穫だとクリスは考えている。


「それはそうね。でも、クリス。ひとつ問題があると思うわ。ブラウン・イーグルがあなたから離反できるかしら?」


 生活面でも精神面でもクリスに依存してきたケントが。

 ヘンリエッタから痛いところを突かれて、クリスはうっとなった。


「できる…というか、せざるを得ないと思いますよ。ケントが覚悟を決めて、マリーさんの人生に責任を持とうとすれば」


 ダグラスがマリーの守護者だと知れば、さすがのケントも戦って下すべき相手ではないと分かるだろう。むしろ特殊な体のマリーを生かすために必要な協力者だと。


 とはいえ、自分はケントではない。

 ケントの行動を一から十までコントロールできたりはしないし、ケントの代わりに覚悟を決めることもできない。


「ブラウン・イーグルがマリーさんを連れて王都に戻って来たらどうするの? なんていうか…大切な娘を掠取したって、問答無用で叩き潰されそう…」

「それは、まあ……これまでだって、あり得た話ですよ。むしろダグラスがケントを後継者候補に入れてくれていたおかげで、ここまでがあったというか」


 二年前の気持ちを、クリスは思い出した。


 ダグラスの王都警察乗っ取り事件は、都の中だけの事件だったから、王家側が鎮圧できた。王都は、入都許可証のない魔法使いは入れず、外からの魔法攻撃が無力化される土地だから。

 けれど。ダグラスはそこからすぐに地方警察を押さえ、地方にいた魔法使いの大半を味方にし、王都の護りを破壊すると公言した。


「そうね。…そうだったわね」


 二年前も、クリスと同じ気持ちを共有してくれたヘンリエッタが共感を込めてうなずいた。

 ダグラス側の態勢が整い次第、丸裸にされた王都で、圧倒的多数の魔法使い軍団の攻撃を受ける。…地獄絵図しか頭に浮かばなかった。

 都中の人々が恐怖に呑まれ、大騒動になったのだ。

 クリスは、間に合うかどうかも分からぬまま監査局の前身組織を作ったが、その組織に守られる王都民にすら、自殺志願者の集まりだと散々な評価を受けた。


「あのときに比べれば、まだ希望があります」


 クリスはそう言って、ヘンリエッタを見た。


 愛しい、クリスの人生の伴侶。

 魔法使いダグラスとの戦いが自分の人生の終わりだと思っていたクリスの懐に飛び込んで来て、運命を共にすると言って譲らなかった。

 おかげでクリスは生き延びる算段を立てるハメになった。

 諦めず、根気強く、しぶとく足掻いて、何とかここまでやってきた。

 死んでも彼女を他の誰かに渡したくないから。

 自分の手で彼女を幸せにしたいから。


 ソファに並び座っていたヘンリエッタの体を、クリスは抱き寄せた。

 ヘンリエッタも甘えるようにクリスに寄りかかってくる。

 クリスは、ヘンリエッタの顎に手をそえると、上を向かせた。

 キスをしようと顔を近づけたところで。


「あ、そういえば」と、ヘンリエッタが言った。


「何でしょうか?」


 寸止めに、惜しい気持ちを持ちながら、クリスはたずねた。

 ヘンリエッタは触れ合いも好きだが、それよりも話し合いが好きなのだ。心がすれ違わないための極意なのだと言う。


「ダグラスのこと、アンダーソン伯爵には話しておいた方がいいんじゃないかしら? たしか昔ダグラスと親交があって、今の状況に胸を痛めていらっしゃるんでしょう?」

「ああ…たしかに」


 ヘンリエッタの助言に、クリスは自分でも分かるくらいに不機嫌な声を出してしまった。

 正直、愛しい彼女のことで頭がいっぱいの今、聞きたい名前ではなかった。


「まだお父様が苦手なの?」


 ヘンリエッタが笑いながら言った。


「昔に比べれば前進はしてますよ、ええ」

「そんなあなたが大好きよ」


 強がりを言ったクリスを、ヘンリエッタが抱きしめてくれた。

 クリスも思う存分、彼女を抱きしめた。

 ただ残念ながら、頭の中の彼女の割合は、さっきより少し減ってしまった。彼女は少し意地悪で小悪魔だと思う。


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