表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
番外編 クリスの仮説
118/151

3 検証と考察 #クリス

 王都に戻ったクリスは、戸籍係の閲覧室を訪れた。

 地域別、年代別に並べられた資料をいくつか抜き出す。持ち出し不可の資料なので、部屋の隅にある小さな机に積み上げていった。


 数冊を選び取った後、クリスは積み上げた資料を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。

 目の前にあるのは、役人が義務として書いた無味乾燥な記録。

 けれど、クリスがそこから読み取ろうとしている真実は、果てしなく大きく、重い。


(…怖気付いている場合ではありませんね。とにかく、仮説を検証しないと始まらない)


「ダグラスと長官(アンダーソン伯爵)が極秘裏に交わした定期連絡には、二度の不通期間がある」


 二度目の不通期間は、ダグラスが王家に宣戦布告した二年前から現在まで。

 一度目は、十七年前から数年間。

 クリスは意を決して、資料をめくった。

 目的の情報をピックアップし、書き出していく。


271年(17年前)

 イリス一座のジプシー、マリア・ホワイトが結婚により除籍。

 流れ者のDランク魔法使いエドワード・ハリスと所帯を持つ。

 田舎の小さな町で薬屋を開く。


272年

 マリー・ハリス誕生。認定Eランク魔女。


277年(事件記録)

 マリア・ハリス、地方貴族の戯れにより死亡。

 エドワード・ハリス、報復で、貴族の館を襲撃。

 落雷・館の全焼で幕を閉じる。

 このとき死亡した魔法使いは五人。貴族付きの魔法使い二人と、エドワード。

 父を追って貴族の館に行ったマリー(5歳)と、ハリス家の知人で魔法医のアーサー・ケインズ。


・アーサー・ケインズの追加調査。

 Cランク魔法使い。極めて優秀な整形技術をもち、地元でも評判の名医。


「ダグラスの音信不通期間は271年から277年。つまり、エドワード・ハリスがダグラス自身。ダグラスほどの魔法使いが、ランク偽装の魔法に気付いていないはずがなかったんだ」


 見事なまでにピタリと一致した符号に、クリスは指でこめかみを押さえた。

 仮説を検証しただけなのに、ひどい疲労を感じた。


「しかし……マリーさんは、最強の刺客ですね。なんの悪意もなく近づいてきて、父親を捨てられないから、結果的に父親の意図を履行しかねない。さて。私はどうしましょうか」


 ケントとマリーは、マリーの姐イライザの提案でビジル市を目指す。


 イライザは、自分のストーカーだった炎の魔法使いの問題が片付いたからマリーを訪ねてきた、偶然、滞在中にマリーが目覚めたという話だったが、クリスは偶然にしては出来過ぎだと考えていた。イライザはマリーの守護者たるダグラスの協力者ではないのかと。


 と、いうのも。

 正直なところ、クリスが手を尽くしてもマリーは目覚めなかったような気がしているのだ。

 魔法石の能力を持つ人の体は、普通の医者の手には余るだろうと。

 それこそ、魔法学の第一人者ダグラスと、優秀な魔法医アーサーの力が揃って初めてマリーは生きて来られたのではないか。

 そう思うとイライザ嬢の介入には感謝したし……同時に遥か高みにいるダグラスとアーサーを恐ろしく思った。


 ふぅーっと、クリスは細く長い息を吐いた。


(どんな相手だろうと、私だって、ここで立ち止まるわけにはいかないんです)


 二週間後、ケントとマリーがビジル市に到着する頃に、ダグラスは王家へ全面戦争を仕掛けてくるだろう。

 おそらくダグラスは王都の護りを破壊する。最初から護り破壊にマリーの力をアテこんでいなかったのなら、すでに彼はその方法を手中に入れているはずだからだ。


 許可証を持たない魔法使いの入都を阻み、外からの攻撃を無効にする王都の護り。

 それを失って丸裸になった王都に、魔法使い軍団が攻め入って来る。


「とにかく民間への被害を最小限にして、王家が民を守ろうとした実積を残さないと。戦闘員の増強は、戦力外にしたケントの穴埋めを名目として。あとはケントですね…」


 ケントに、マリーを守って生きる覚悟ができるのか。

 胸によぎった不安を、クリスは、「いいえ」とふりはらった。


「まだ覚悟を決められないまでも、ケントはマリーさんの手を離さず、踏みとどまった。それに……拘束の魔法をかけて只人として会ったところからずっと、ケントは正解を選び続けてきた」


 ダグラスの娘という意識の強いマリーは、ケントが敵ブラウン・イーグルだと認識した瞬間に、そばにはいられないと思って拘束の魔法の解除条件を発動させ、瞬間移動で逃げただろう。

 また、自死でダグラスを止める決意をしているマリーは、ケントが離さないと強い意志を見せただけでも、やはり逃げただろう。

 魔力のオーラを消してマリーをただの少女にし、かつ魔法を解く手段がないのだと思わせる。明日別れるかもしれないし、別れないかもしれない──期限を切らないことで、ずるずると現状維持を引き延ばす。

 すべてを曖昧にすることで、反発心を弱く抑える。


「白黒ハッキリさせようとした私の行動の方が、二人のつながりを壊していたかもしれない」


 クリスは深呼吸をして、自分を落ち着かせた。


「今は………待つしかないですね。ケントだけじゃない。マリーさんにも、ケントと一緒の未来を選んでもらわないといけませんから」


 期限は二週間。

 これまでのケントを見てきたクリスからしてみれば、二週間は短かすぎる。けれど、マリーと出会ったあとのケントの急成長具合、マリーの切羽詰まった事情を鑑みれば絶対に不可能とは言い切れない…と、思う。おそらく。たぶん。


「それにしても……ケントが気に入られるわけですね。ダグラスが長年悩み続けた、彼の悲願とも言える、マリーさんの魔法石の能力を隠す方法を見つけた。サミーという選択肢もつぶしたからには…」


 ダグラスがケントをあきらめる日は来ない。そして、それが王家側の勝機になる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ