2 仮説を立てる #クリス
「思い込みを捨てた方がいい。解釈を除いた出来事だけを…いえ、『出来事』にも、主観は入る。それならいっそ、『想い』を拾った方がいい」
魔女マリーにまつわる疑問を解明しようと、紙に確実な情報を書き出していたクリスは、すぐに行き詰まり、方向転換をすることにした。
確実なことの書き出しが難しいなら、想いを拾ってみよう。
一度止まったペンを紙の上に持って行ったところで──クリスは再度止まった。
思いを拾うといっても、漠然としすぎていて、どこから始めればよいのか検討もつかなかった。
ペン先が迷いを示すように、空中で円を描く。
「…仮説を立てて、検証! 手始めに、すぐに破綻するケースから」
クリスは、やや自棄気味につぶやくと、ペンを紙につけ、『仮説1』と書いた。
止まっていても何も解決しない。遠回りでも、とにかくたくさん仮説を立てて、ひとつずつ潰していこうと思った。
『
・仮説1
魔法使いダグラスは、魔女マリーを守ろうとしている。
覇権を目指すのも、彼女を魔法石として利用されないよう万全を期すには、一国の王という最強の立場が必要だから。
けれども、彼が王都襲撃を宣告しながら、魔女マリー捕獲を優先させているのは、王都襲撃に彼女の能力を使うつもりだと考えられるため、彼女を守ろうとしているという仮説は否定できる。
』
「あれ? 否定要素が不確定要素でしたね」
自分が書いた文章に、クリスは自分で駄目出しをした。
王都襲撃に彼女の能力を使うつもり──この部分はクリスの想像だった。
それに。
「彼女を守るために王を目指すというのは、たしかに最善の選択肢……ですよね………」
すぐに否定できる仮説から、と紙に書き出したはずが、予想外の気付きを得てしまった。
そして、思い出す。
『私は王都にいたころの魔法使いダグラスと、友人だった。生真面目で、真っ当な道徳観念を知る男だったよ』
ダグラスが王都警察乗っ取りをした二年前、非公式の場で、クリスにそう言った人がいた。
視る者を束ねる長官で、国政を担うウィルフレッド・アンダーソン伯爵。
そもそもダグラスが王都を出て逃亡者となったのは、先代国王が彼を疎んじて無実の罪を着せ、処刑しようとしたから。ダグラス逃亡の報を受け、先代国王は持病を悪化させて急死。頼りない現国王の後見人として国政を引き継いだアンダーソン伯爵は、極秘裏にダグラスと接触し、表舞台に出てこないことと定期連絡を条件に、彼の逃亡を認めた。
アンダーソン伯爵は国王の姦計には関わっておらず、友人であったダグラスの逃亡劇に胸を痛めていたのだ。
「例えば…」
我ながら極端で強引に過ぎる考えだと思いながら、クリスは考えを進めた。
「もし、マリーさんがダグラスの娘だったとして。彼女の能力は、生まれつきのものではなく、ダグラスの実験被害で。ダグラスは愛する娘を守るための覇権を望んだ……?」
魔法使いを管理する者としては、マリーの強大な魔力が、突然変異で誕生後十六年もバレずに過ごして来たと言われるより、ダグラスの実験被害という特別な理由付きで、かつ、ここ数年の話だと言われる方がまだいい。
「……って、さすがにないか。私がダグラスでマリーさんが愛する娘なら、独り世間に出すなんて真似、絶対に出来ない。ゾッとする。イリス一座にだって預けない。箱に閉じ込め、世間から完全に隔離して、守る」
マリーが世間と関われば関わるほど、彼女の能力に気付く者が出て、利用される危険が高まるのだから。
ケントもその恐怖に呑まれそうになっていたではないか。
「……いいえ……」
家族に近い存在の魔法使いケントを思ったとき。
クリスの中で、恐ろしい可能性が閃いた。
「そう…か。恐怖を抱えこんでも手に入れなければならないものが、ダグラスにはある…!」
ダグラスは五十二歳。
マリーは十六歳。
彼の先の短さを考えたら、彼の代わりに彼女を守ってくれると確信できる存在は、その存在を見つけるまで死んでも死に切れないと思うほどの渇望。
「それはマリーさんの伴侶で………ダグラスの後継者」
──ケント……!




