1 膨れ上がる疑問 #クリス
「第五章 青い月の夜/短話 クリスの愚痴」の続きです。
クリスが何をどう推理して真実に辿り着いたかのお話。
本編で説明し切れなかった事情なども盛り込んでいますが、細かい部分が気にならない方は飛ばしてもらって大丈夫です。
ちなみに、あくまでも『推理』なので、読み違えている箇所もあります。ややこしくてすみません…。
それはそうと、この話を書いて、『良く視えて』『頭が切れる』って最強だな、と思いました。
今後の予定ですが、上記内容ほか番外編7話を、1日1回更新でお送りします。その後、最終章に入ります。
よろしくお願い致します。
丸い月が、背の高い建物群の上で、煌々と輝いている。
パパラチア王国南部にある大都市シェイド市。
魔法使い連続殺人事件用に借りた家具付きの部屋に一人戻り、窓際に立ったクリスは、月をながめながら、さっきケントと一緒に視たマリーの青白いオーラを思い返していた。
マリーの規格外に強すぎる魔力のオーラはもちろん、色付きのオーラも、初めて目にした。
クリスは、国内にたった一人の特別優れた視る目をもつ者として、これまで相当数の魔法使いを視てきた。魔法石に関しても、最高レベルの鑑定眼を有している。
だからこそ、マリーの異常性が分かる。
(私も大概、同じ人間と見てもらえない人生でしたけど…)
「魔法石の能力なんて……普通に生まれ持った能力として、あり得るのでしょうか……」
マリーのことを『人間じゃない』とは言いたくない。
だけど、それでも──あり得ない、とクリスの心が思うのだ。
魔法使いダグラスが強力な魔法石を生み出そうとしたら、なぜか女性の姿になって、意思を持ち始めたという方が自然な答えではないのか、と。
ケントは頭からマリーを『人間の女性』と見ているが、それは恋心のなせるわざで。
あるいは、魔法石バカのケントにとっては、女性の姿になった魔法石が理想の相手に見える可能性も捨てきれず。
ケントには言えなかったが、マリーが身につけていたムーンストーンと、マリーの持つ青白い輝きは、まったく同じだった。
通常、宝石毎に固有の輝きがあるのはもちろん、ムーンストーンだけを集めてみても、石のひとつひとつに個性があり、まったく同じ輝きをもつ石はない。
大きな石を割って生み出された、元はひとつの兄弟石ですら、グラデーションを描くように少しずつ差異が出る。
「ダグラスがあの石の魔法媒介能力を高めようとしたときに、なんらかの失敗と、マリーさんの接触があった…と考えると、ダグラスが三年前から彼女の能力を知っていた理由にもなるのですが」
長年逃亡者として隠れて生きていたダグラスだが、彼は特定の家にいたし、その場所を王家側も把握していた。
秘密裏に協定を交わしていたからだ。
ダグラスが隠遁生活を送るなら王家側も黙認すると。
そのダグラスの居住地は、マリーが所属していたイリス一座の巡業地域に入っていた。接触の可能性は大いにあり得る話なのだ。
それに。
クリスはイリス一座の調査と平行して、同地域で起こったダグラス方の内部分裂(ナンバー2の離叛騒動)の調査もした。
その結果、恐ろしいことが分かった。
内部分裂というのは嘘で、ダグラス方の魔法使いを二手に分けてなされた実戦演習だったのだ。
ダグラス配下の魔法使いたちの間で、王都攻撃論が盛んになっていて、何もしないわけにはいかなかった、という消極的な理由のようではあったが。
もし、ダグラスが、ケントとマリーの出会いから事を把握していて、その実践演習が全面戦争に向けた布石だとしたら。
もともと勝機が見えないというのに、水面下で着々と準備を進められていたとなると、ますます勝機が遠ざかる。
「いいえ、マリーさんがダグラスの研究被害者なら、外に出さない。そのまま眠らせて、石として利用して終わり。そういえば………魔法を知らないマリーさんをダグラスが二年も捕まえられなかったなんて、あり得ないような………ダメだ。疑問ばかり増える」
思考の迷宮入りを自覚したクリスは、頭を振った。
「紙に、確かなことを書き出してみますか」
項目を列挙することで、見えてくることもあるかもしれない。
クリスは大きな白い紙をテーブルの上に広げ、ペンを用意した。
「確実性の高いところから行くなら、イリス一座ですかね」
直近で調査し、裏を取ったところから、クリスは書き出していった。
『
・イリス一座の廃業(三年前)
[公式記録]
キノコによる集団食中毒死で廃業
(偽造された死亡診断書あり)
[実際]
魔法使いダグラスが魔法で殲滅
イリス一座唯一の生き残り、魔女イライザ・ドーシーはサジッタ一座に移籍。セシリア・レインと名を変え、人気舞姫になる。
・マリーさんのこと
魔女マリーの変装姿がイリス一座の座員達だったことと、イライザの言動により、彼女がイリス一座にいたことは裏付けられる。
戸籍登録がなされなかったのは、彼女が強大な魔力を持って生まれたから。(一座の中に視る者はおり、判別可能)
完璧な変身と謳われた魔女マリー。それだけの変装技術を十三歳時点で仕込まれていたのも、一座の者たちが、彼女の歩く道を心配したから。
』
「ここまでは、確実…ですよね……?」
声に出して言うと、途端に不確かさがふくらんだ。
違和感がある。
納得のいかない何かがある。それは……何だ。
「一番の推測要素はここ。小規模な流民一座に、あそこまで規格外の魔女を隠し通す力量があったかどうか」
そう言葉にすると、違和感がくっきりとした。
「外部に協力者や助言者がいた可能性……」
そう。
完璧に偽装された死亡診断書。魔法使いに座員を皆殺しにされ、一人生き残った十八歳の少女、イライザでは到底用意できるはずのないもの。
確実に、足りないピースがある。イリス一座の影に、まだ知らない重要参考人がいる。
これまで考えてきた以上に、悪い未来を想定しなければならないのかもしれない。
恐ろしい予感に、心拍数が上がった。




