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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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17 パズルがはまる時 #ケント

 クリスから、まだマリーには秘密があると教えられ、マリーのいる小屋の近くに戻ったケントは、音を立てないよう、小屋に入った。

 たとえば、ダグラスがケントの留守中に来て、罠を張っているかもしれないからだ。


(罠は…なさそうか)


 マリーを寝かせた寝室のドアを開けると、彼女は起きていた。ベッド脇の小さな台に向かって、立ち尽くしていた。


「マリー」


 声をかけると、ビクッと大きく肩をふるわせ、マリーはケントを振り返った。

 手にはムーンストーンの首飾りを持っている。


 ああ、そうかとケントは理解した。

 拘束の魔法を解除し、元に戻っていたマリーの青白い魔力のオーラが、また消えていた。

 首飾りに記録したケントの呪文を復唱して、自分で消したのだ。

 だから。


「ケント………」


 Aランク魔法使いのケントを見ても、マリーは取り乱さない。

 戸惑った目をしているけれど、それだけ。

 魔力のオーラが魔法で消せると分かれば、ケントの正体もおのずと分かる。


「ごめん。きみに魔法をかけたのは、俺だよ」


 ケントは言った。

 マリーはふるふると首をふった。


「いいの、そのことは。でも、どうして? あんたはもう…戻って来ないと思ってた」

「え? ちょっとクリスに会いに行ってただけで…いや、うん、違うな。ごめん。きみを一人にしちゃいけなかった」


 ケントが心から反省して謝ると、マリーは悲しそうに顔を歪めた。


「やめてよ…」

「うん…ごめん。ずっと、言えなくて。魔法使いだって告白して、きみに嫌われるのが怖かった。俺のこと、嫌になったのは分かってる。もう顔も見たくないだろうけど…」

「待って、ケント。嫌われるって何?」


 ケントの言葉を、マリーが途中で遮った。

 どうやら困惑しているらしい彼女に、ケントも戸惑う。


「何って…きみは魔法も、魔法使いも嫌いだろ? 今も、『やめて』って」


 自分の中で、当然だと思ってきた事柄を打ち明けると、マリーは勢いよく否定した。


「ち、違う! 逆でしょ? 愛想尽かすのはあたしじゃなくて、あんたの方でしょ? あんたのくれた優しい嘘を引き伸ばしたのは、あたしだし」

「優しい…嘘?」


 まったく想像もしなかった言葉が返って来て、ケントは狼狽した。


(優しい嘘ってなんだ!?)


 意味が分からない。それなのに、心臓は、何かを期待するように、バクバクとうるさく高鳴る。

 マリーはケントをまっすぐに見つめた。


「あたし、幸せだったよ。魔女じゃない、ただの女の子になれて。解く方法がないって思わせてくれたおかげで、甘えられた。あたしは、あんたに感謝してても、恨むことなんてひとつもないよ」


 真摯な、熱のこもった声が耳朶に届いた。


 幸せだった。

 恨むことなんてひとつもない。


 ケントは、マリーの言葉を受け止めながら、それでも、あまりにも自分に都合が良すぎる気がして。


「俺が…魔法使いでも?」

「うん。魔法使いのあんたが好き…って、ごめん、今のはナシ──」


 卑屈な気持ちから出たケントの問いに、マリーは最高の答えをくれた。

 自分の言葉に自分で照れたのか、真っ赤になってうつむく。


 ケントはマリーに駆け寄って、抱きしめた。

 もう離さないと、強く思った。


「俺がきみを守る。ダグラスには渡さない。マリー、俺と一緒に来て欲しい」


 魔法使いのケントをマリーが受け入れてくれるなら、もう何の問題もない。

 そう思った──のに。


「やめて。ごめんなさい」


 マリーはケントの胸を手でそっと押し、距離を取った。

 彼女の耳元で、カルセドニーのイヤリングが揺れた。その中心に、毒を仕込んだイヤリングが。


「ま…マリー?」


 ざわり、と心がふるえる。


「俺を…好きって言ったよな? そりゃ、俺なんか頼りなくて、不安かもしれないけど」

「ちがう! そうじゃないよ、ケント。あんたは何も悪くない」

「じゃあ、なんで? 俺はイヤだ! なんでダグラスがしたことのために、きみが死ぬんだよ!?」

「娘だから!!」


 追いつめられ、爆発したようにマリーが叫んだ。

 それから、声のトーンを下げて、言葉を続けた。


「あたしが、魔法使いダグラスの娘だから。パパは、ママを失くして、残ったあたしを守るために道を踏み外した。それが最初だったの。だから、ごめんなさい」


 そう言って、最後に力なく微笑んで、マリーはケントの前から姿を消した。

 行き先を指定しない、瞬間移動の呪文で。




「──え?」


 マリーの姿が消えて、数分くらい経っただろうか。

 理解が追いつかず、完全に停止していたケントの口から、ようやく疑問符がこぼれ出た。

 混乱した頭が、ぐるぐるしながらも、少しずつ働き始める。


(えええ? …待ってくれよ。どういうことだよ。マリーはダグラスを憎んでて、それで俺は、ダグラスがマリーの魔法石の能力を狙ってるんだと思って…でも)


 ダグラスは、マリーの他に、強力な人造魔法石(コールライト)を生み出した。


「…イライザ」


 マリーの姐ジプシーを思い出したところで、ケントの頭の中のパズルがはまった気がした。


──あんたとなら、あの娘の心が本当に救われる道がひらけるんじゃないかなんて、期待したあたしがバカだった!


 イライザがケントにぶつけた非難の言葉。


「そう…か。イライザはだまされていたわけじゃなかったんだ。ダグラスの目的が()()()()()()()()だったから、協力していたんだ」


 マリーはダグラスの望みが覇権だと思い込んでいるが、それは彼女が自身の魔法石の能力を知らないから。魔法石の能力を知らずに『守るための覇権』と言われても、大袈裟すぎて受け入れられないだろう。


「クリスは……」


 長い付き合いの保護者の言動を思い返したケントは、「ああ」と、負けた気持ちで嘆息した。


──あなたは、マリーさんを守ることを最優先にしてください。ダグラスとの戦争は、あなた抜きでやりますから。


 クリスが最初にそう言ったのは、二週間程前。ケントがマリーの魔法石の能力を打ち明けた次の日だ。

 つまり、ケントが出した情報から、クリスはマリーとダグラスの関係にまでたどり着いたということになる。


(なんであの時点の情報でここまで読めるんだよ。一を聞いて十を知るっつっても、限度があんだろ!)


 自分がとことんバカみたいではないか。


「いや…バカだよな。だから、マリーも逃げたんだ」


 自嘲気味につぶやく。


 ケントは、マリーの心を救えなかった。

 ダグラスの犯した罪のすべてを自分のせいだと責める彼女を。


 その気持ちが、親を慕う心だとしても。

 ケントは、その思いに勝てなかった。

 自分はダグラスの娘だと告げて、去っていったマリー。


「ん? でも、言わなくてもよかった…よな? どうせ瞬間移動で逃げるなら」


──あなたがマリーさんから聞き出せないと、意味がない。


 ついさっき、クリスに言われた言葉。


「えっと…わざわざ言わなくてもいい言葉を言ってから逃げたのは……」


 SOSじゃないのか、それは。


 ぞくっと背筋にふるえが走った。

 この一ヶ月のマリーが思い浮かんだ。


 最初は、拘束の魔法を解こうと躍起になっていた。

 いつのまにか一緒にいることを受け入れて、シェイド市でサミーに魔法解除をたのんだときには、出会ったころのような必死さはなかったように思う。

 そして、イライザの提案とはいえ、二人旅の延長を受け入れた。

 二人で星を見て朝まで過ごしたあとは、期待したような目で、ここから『付き合い』が始まるのかと聞いた。


 さっきは。

 ケントの問いに誘導される形で、魔法使いのケントが好きだと言って、赤面した。


 そう。

 マリーが魔法も魔法使いも嫌いだと言っていたのは、ダグラスのことがあったからで。

 でも、そのダグラスのことだって。


 最期に彼に会いに行こうとしているのは、彼を愛する気持ち。


──クリス!


「なあ、クリス。マリーは逃げたけど、言ってもらえたことに変わりはないよな? 俺、自信持ってもいいよな?」


 ケントは、心の中のクリスに聞いてみた。

 当然ながら、答えは返らなかった。

 けれど、もう、クリスの答えは要らなかった。

 ケントの中に、たしかな自信があったから。


「マリー。俺さ、きみと過ごした一ヶ月で変わったんだよ。人と話せるようになったし、前よりはマシな人間になった。だから、今度は俺がきみの心を変えるよ。きみに『ずっと俺と一緒にいたい』って言わせてみせる」


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