17 パズルがはまる時 #ケント
クリスから、まだマリーには秘密があると教えられ、マリーのいる小屋の近くに戻ったケントは、音を立てないよう、小屋に入った。
たとえば、ダグラスがケントの留守中に来て、罠を張っているかもしれないからだ。
(罠は…なさそうか)
マリーを寝かせた寝室のドアを開けると、彼女は起きていた。ベッド脇の小さな台に向かって、立ち尽くしていた。
「マリー」
声をかけると、ビクッと大きく肩をふるわせ、マリーはケントを振り返った。
手にはムーンストーンの首飾りを持っている。
ああ、そうかとケントは理解した。
拘束の魔法を解除し、元に戻っていたマリーの青白い魔力のオーラが、また消えていた。
首飾りに記録したケントの呪文を復唱して、自分で消したのだ。
だから。
「ケント………」
Aランク魔法使いのケントを見ても、マリーは取り乱さない。
戸惑った目をしているけれど、それだけ。
魔力のオーラが魔法で消せると分かれば、ケントの正体もおのずと分かる。
「ごめん。きみに魔法をかけたのは、俺だよ」
ケントは言った。
マリーはふるふると首をふった。
「いいの、そのことは。でも、どうして? あんたはもう…戻って来ないと思ってた」
「え? ちょっとクリスに会いに行ってただけで…いや、うん、違うな。ごめん。きみを一人にしちゃいけなかった」
ケントが心から反省して謝ると、マリーは悲しそうに顔を歪めた。
「やめてよ…」
「うん…ごめん。ずっと、言えなくて。魔法使いだって告白して、きみに嫌われるのが怖かった。俺のこと、嫌になったのは分かってる。もう顔も見たくないだろうけど…」
「待って、ケント。嫌われるって何?」
ケントの言葉を、マリーが途中で遮った。
どうやら困惑しているらしい彼女に、ケントも戸惑う。
「何って…きみは魔法も、魔法使いも嫌いだろ? 今も、『やめて』って」
自分の中で、当然だと思ってきた事柄を打ち明けると、マリーは勢いよく否定した。
「ち、違う! 逆でしょ? 愛想尽かすのはあたしじゃなくて、あんたの方でしょ? あんたのくれた優しい嘘を引き伸ばしたのは、あたしだし」
「優しい…嘘?」
まったく想像もしなかった言葉が返って来て、ケントは狼狽した。
(優しい嘘ってなんだ!?)
意味が分からない。それなのに、心臓は、何かを期待するように、バクバクとうるさく高鳴る。
マリーはケントをまっすぐに見つめた。
「あたし、幸せだったよ。魔女じゃない、ただの女の子になれて。解く方法がないって思わせてくれたおかげで、甘えられた。あたしは、あんたに感謝してても、恨むことなんてひとつもないよ」
真摯な、熱のこもった声が耳朶に届いた。
幸せだった。
恨むことなんてひとつもない。
ケントは、マリーの言葉を受け止めながら、それでも、あまりにも自分に都合が良すぎる気がして。
「俺が…魔法使いでも?」
「うん。魔法使いのあんたが好き…って、ごめん、今のはナシ──」
卑屈な気持ちから出たケントの問いに、マリーは最高の答えをくれた。
自分の言葉に自分で照れたのか、真っ赤になってうつむく。
ケントはマリーに駆け寄って、抱きしめた。
もう離さないと、強く思った。
「俺がきみを守る。ダグラスには渡さない。マリー、俺と一緒に来て欲しい」
魔法使いのケントをマリーが受け入れてくれるなら、もう何の問題もない。
そう思った──のに。
「やめて。ごめんなさい」
マリーはケントの胸を手でそっと押し、距離を取った。
彼女の耳元で、カルセドニーのイヤリングが揺れた。その中心に、毒を仕込んだイヤリングが。
「ま…マリー?」
ざわり、と心がふるえる。
「俺を…好きって言ったよな? そりゃ、俺なんか頼りなくて、不安かもしれないけど」
「ちがう! そうじゃないよ、ケント。あんたは何も悪くない」
「じゃあ、なんで? 俺はイヤだ! なんでダグラスがしたことのために、きみが死ぬんだよ!?」
「娘だから!!」
追いつめられ、爆発したようにマリーが叫んだ。
それから、声のトーンを下げて、言葉を続けた。
「あたしが、魔法使いダグラスの娘だから。パパは、ママを失くして、残ったあたしを守るために道を踏み外した。それが最初だったの。だから、ごめんなさい」
そう言って、最後に力なく微笑んで、マリーはケントの前から姿を消した。
行き先を指定しない、瞬間移動の呪文で。
「──え?」
マリーの姿が消えて、数分くらい経っただろうか。
理解が追いつかず、完全に停止していたケントの口から、ようやく疑問符がこぼれ出た。
混乱した頭が、ぐるぐるしながらも、少しずつ働き始める。
(えええ? …待ってくれよ。どういうことだよ。マリーはダグラスを憎んでて、それで俺は、ダグラスがマリーの魔法石の能力を狙ってるんだと思って…でも)
ダグラスは、マリーの他に、強力な人造魔法石を生み出した。
「…イライザ」
マリーの姐ジプシーを思い出したところで、ケントの頭の中のパズルがはまった気がした。
──あんたとなら、あの娘の心が本当に救われる道がひらけるんじゃないかなんて、期待したあたしがバカだった!
イライザがケントにぶつけた非難の言葉。
「そう…か。イライザはだまされていたわけじゃなかったんだ。ダグラスの目的がマリーを守ることだったから、協力していたんだ」
マリーはダグラスの望みが覇権だと思い込んでいるが、それは彼女が自身の魔法石の能力を知らないから。魔法石の能力を知らずに『守るための覇権』と言われても、大袈裟すぎて受け入れられないだろう。
「クリスは……」
長い付き合いの保護者の言動を思い返したケントは、「ああ」と、負けた気持ちで嘆息した。
──あなたは、マリーさんを守ることを最優先にしてください。ダグラスとの戦争は、あなた抜きでやりますから。
クリスが最初にそう言ったのは、二週間程前。ケントがマリーの魔法石の能力を打ち明けた次の日だ。
つまり、ケントが出した情報から、クリスはマリーとダグラスの関係にまでたどり着いたということになる。
(なんであの時点の情報でここまで読めるんだよ。一を聞いて十を知るっつっても、限度があんだろ!)
自分がとことんバカみたいではないか。
「いや…バカだよな。だから、マリーも逃げたんだ」
自嘲気味につぶやく。
ケントは、マリーの心を救えなかった。
ダグラスの犯した罪のすべてを自分のせいだと責める彼女を。
その気持ちが、親を慕う心だとしても。
ケントは、その思いに勝てなかった。
自分はダグラスの娘だと告げて、去っていったマリー。
「ん? でも、言わなくてもよかった…よな? どうせ瞬間移動で逃げるなら」
──あなたがマリーさんから聞き出せないと、意味がない。
ついさっき、クリスに言われた言葉。
「えっと…わざわざ言わなくてもいい言葉を言ってから逃げたのは……」
SOSじゃないのか、それは。
ぞくっと背筋にふるえが走った。
この一ヶ月のマリーが思い浮かんだ。
最初は、拘束の魔法を解こうと躍起になっていた。
いつのまにか一緒にいることを受け入れて、シェイド市でサミーに魔法解除をたのんだときには、出会ったころのような必死さはなかったように思う。
そして、イライザの提案とはいえ、二人旅の延長を受け入れた。
二人で星を見て朝まで過ごしたあとは、期待したような目で、ここから『付き合い』が始まるのかと聞いた。
さっきは。
ケントの問いに誘導される形で、魔法使いのケントが好きだと言って、赤面した。
そう。
マリーが魔法も魔法使いも嫌いだと言っていたのは、ダグラスのことがあったからで。
でも、そのダグラスのことだって。
最期に彼に会いに行こうとしているのは、彼を愛する気持ち。
──クリス!
「なあ、クリス。マリーは逃げたけど、言ってもらえたことに変わりはないよな? 俺、自信持ってもいいよな?」
ケントは、心の中のクリスに聞いてみた。
当然ながら、答えは返らなかった。
けれど、もう、クリスの答えは要らなかった。
ケントの中に、たしかな自信があったから。
「マリー。俺さ、きみと過ごした一ヶ月で変わったんだよ。人と話せるようになったし、前よりはマシな人間になった。だから、今度は俺がきみの心を変えるよ。きみに『ずっと俺と一緒にいたい』って言わせてみせる」




