16 束の間の都 #ケント
ケントが都の監査局に戻ると、みんな、ドタバタと走り回っていた。
誰も、ケントを気にもとめない。
無理もない。魔法使いダグラスから突き付けられた全面戦争は明日に迫っている。
事務局長室に行くと、クリスは監査員の一人と話をしていた。
その表情は真剣で、緊迫感がある。
「クリス」
ケントが声をかけると、クリスは目を丸くした。
「すみません。話は後で」
慌てて監査員を下がらせると、クリスは部屋の鍵をかけ、厳しい顔をケントに向けた。
「ケント。魔力のオーラが消えてますよ」
「あっ、すまない。だが、たぶん、誰にも気付かれてないと思う」
ずっと消しっぱなしで、この状態に慣れすぎて、完全に忘れていた。
「そうですね。皆、忙しいですから」
ふう、とクリスが息をつく。
一瞬、肝を冷やしたにちがいない。
「それで、どうしました? マリーさんは?」
「マリーはトレイシー・フィールドに」
彼女を置いてきた土地の名を、ケントは答えた。王太子の私有地にいて、ダグラスに奪われてはいないと。
「意識を失ってて…いや、大事はなくて、もう少ししたら目を覚ますとは思うんだ。だから、マリーが目を覚ます前に一度、これからのことを確認したくて」
クリスはどう動くつもりなのか。
ケントはいつ、どうやって合流すればいいのか。
ケントが戦場に立つ間、マリーにはどこにいてもらうのか。
明日に迫った全面戦争。
知らなければ、この先を動けない。
「それなら魔法通信で充分だったでしょう。すぐマリーさんのところへ戻りなさい」
クリスの返答は冷たかった。
残り時間の少なさに、はやる気持ち。ケントを好きだと言いながら、受け入れてくれる気持ちのないマリーをじっと見ていられなかった弱さ──そんな想いを抱えて、このままではダメだ、気持ちを切り替えて前を向きたいと、そう思って来たのに。
「いや、でも、言葉だけじゃ…」
「言ったはずです。全面戦争はあなた抜きでやると。それより、マリーさんを一人にしてはいけません」
「あのな、それだけど。ダグラスは強力な人造魔法石を作ったんだろ? 今さらマリーにこだわらないって」
「ケント──」
クリスは、あからさまに落胆した。
ここまで何をやってきたのかと。
「マリーさんと話をしなさい。ここにあなたのポジションは用意していません」
「は? なんだよ、それ。本気で言ってんのか? ダグラスとの決戦だぞ!?」
「ケント。今のあなたと言い争う気はありません。まずは知るべきことを知ってから…」
クリスはそこまで言って、ハッと口元を押さえた。
「知るべきことって……」
(マリーにまだ秘密があるって言ってんのか、こいつは)
そして、そういうからには、クリスは知っているのだ。
いや、いつものごとく、推察で出した答えがあるのだ。
「知ってんなら、おまえが言えよ!」
ケントはクリスにつめよった。
そんなに大事な情報なら、今すぐ知りたかった。
しかし、クリスも頑固だった。
「絶対に言いません。あなたがマリーさんから聞き出せないと、意味がない」
「べつに誰に聞いたって、情報は同じだろ? 変な意地張ってる状況かよ!?」
「違いますよ。とにかく! 私は口を割りませんから、時間がないと思うなら、マリーさんのところに戻りなさい」
ピシャリと言われて、ケントはグッとこぶしを握りしめた。
こうなったら、クリスは梃子でも動かない。
「ああ、そうかよ」
ケントは踵を返し、事務局長室を後にした。
*
マリーを寝かせた小屋から少し離れた森に、ケントは瞬間移動した。
少し頭を冷やしたかった。
(一体、これ以上、何があるって言うんだよ)
人造魔法石コールライトが使い捨てだということはマリーに聞いた。
アーサーとダグラスとイリス一座が協力して、マリーを国から隠し、育ててきたことも分かった。
けれども、ダグラスが覇権を志したことで、状況が変わった。
イリス一座は滅ぼされ、マリーは独り、ダグラスに立ち向かった。
アーサーはダグラスに従っていて、イライザはアーサーにだまされている。
三年前にマリーを魔法石とみなしたダグラスは、今は強力なコールライトの製造に成功したことで、マリーに対するこだわりは薄れている。
いうなら、今の彼女の価値は、ケントの弱点。
(うん…たしかに目を離したのはよくなかった。俺が父と暮らした家なんて、隠れ家でもなんでもないもんな)
自分がいない間にダグラスが襲いに来る可能性だって、充分にあった。
(いや…今、静かだからって、マリーが無事でいるとは限らないよな)
そのことに思い至り、ケントは駆け出した。
そして、数歩で足を止めた。
「そうだ、魔力のオーラ」
どうせもう隠している場合ではないし、オーラ消しに使っている魔法石をフリーにすることで、使える魔法が増やせる。
魔法使いとしてマリーに会う。
そう思うとドキドキしたし、立ちすくみたくなる気持ちもあった。
しかし、切羽詰まった状況が、ケントの背中を押した。
(どうせダグラスより俺を選んではくれないんだ。嫌われたってかまうもんか)
──本当の自分で、きみに会いに行く。
たとえきみに泣いて罵られても。
きみに一生嫌われる存在になったとしても。
それでも。
もう自分を偽りたくない。
だって。
魔法使いじゃない俺は、俺じゃないんだ。




