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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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15 真実は終焉の鐘を鳴らす #マリー

 なんだか身体の芯からゆっくりとあたたまって、ほわほわした気分だった。

 目をあけてみたいような、このまま、まどろんでいたいような……。


 重いまぶたをうっすらと開くと、ケントの姿が見えた。

 なにか魔法の呪文を唱えてる。

 声をかけなきゃ……。

 そう思ったところで、マリーの意識はまた深いところへ沈んでいった。


  *


 見たことのない家のベッドで、マリーは目覚めた。

 簡素なつくりの小屋で、壁のあちこちに練習魔法の攻撃の跡が残っている。

 魔法使いの隠れ家っぽい感じの家だ。


 そういえば、変な夢を見た。

 ケントが魔法使いで、呪文を唱えていた。

 似合いすぎるくらい似合ってたけど、そんなことはありえないのに。


(ケントは……)


 いつものように彼の引力を感じようとして、マリーはハッとした。

 ケントの引力がない。

 拘束の魔法が解かれている。

 それに、マリーの中に封印した人造魔法石コールライトも、奪われて、なくなっていた。


 意識を失う直前の状況を、マリーは思い出した。ダグラスにケントの存在がバレて、マリーは吹雪の世界に閉じ込められたのだ。

 その自分がベッドの上にいるということは。


「ケントっ」


 マリーは飛びおきた。ケントがダグラスに殺されていたら──最悪の事態が頭をよぎり、彼を探さずにはいられなかった。


 カツン! 硬質な音がマリーに応えた。


 ベッドから飛びおきた拍子に、何か床に落ちたらしい。

 マリーはとりあえず音をたてたものを探した。


 すぐに、ムーンストーンの首飾りが見つかった。

 はじめて見る首飾りだった。女性向けの繊細な細工がなされている。

 マリーは、首飾りを手に取った。

 すると、ムーンストーンが光った。


「なにっ」


『もしものときのために、術式を記録しておく』


「ケント!? どこ!?」


 ケントの声が聞こえてきて、マリーはキョロキョロした。

 そして。


『マリー、もしきみの魔力のオーラが戻っていたら、今から言う術式を復唱して』


 続いた声に、マリーは声の出所を理解する。


「この首飾り……」


 ケントが近くにいるわけじゃない。

 首飾りのムーンストーンが、ケントの声を再生しているのだ。


(たしか、声を記録して再生する魔法があった。でも、魔力のオーラが戻るって…)


 声のケントに誘導されるままに、自分の手を見たマリーは愕然とした。

 青白い魔力のオーラが復活していた。


「!?」


 マリーは混乱したが、ムーンストーンのケントは止まってくれなかった。


『いいかい? ちょっと長いけど、ついてきて』


 呪文をすこしずつ、区切りながら唱えるケントの声。

 すべてが自分の理解を超えていたけれど、とにかく復唱しなければと、マリーは必死にケントの言葉をくりかえした。


 そして。

 ちょっとどころではない長さの呪文を言わされて。


『以上だ』


「以上だ……あ」


 呪文の終わりを知り、そして、マリーは絶句した。

 最後の呪文を唱えた瞬間に、青白い魔力のオーラが消えた。ずっと、マリーを『魔女マリー』たらしめ、人波にまざることを許さなかったものが。


 マリーの手からムーンストーンの首飾りがすべり落ちた。


 理解、してしまった。

 さっき夢うつつで見た、魔法使いのケント。

 あれが、彼だ。

 ダグラスと同等の魔力をもった、国王側のAランク魔法使いブラウン・イーグル。

 魔女マリーを恐れず、拘束の魔法をかけ、一緒にいても大丈夫と言い切った。


 彼が見せてくれた、たくさんの魔法石。

 どれもこれも、昔、ダグラスが使っていたのと同じ、とても優しい輝きを持っていた。

 あのときは、ダグラスが過去に使った石をケントが集めたのだと思った。


 カアァッとマリーは頬を熱くした。

 あの石たちを使ってきた魔法使いは、ケントだった。

 かつてダグラスがそうだったように、彼も、石たちをひとつひとつ、大切にして。


 熱をもった頬を、ぬるい雫が伝った。

 恥ずかしさと、痛み。


──マリー、いい加減に気づかないフリはやめたらどうだい?


「アーサーおじさんの言うとおり…」


 マリーがケントに惹かれたのは、彼に大好きだった父と同じ匂いを感じたからだった。


 最初から魔法使いの彼と出会っていたら、きっと一目で恋に落ちて──そして、絶望した。


 彼が国王側の魔法使いで、マリーはダグラスの娘だから。

 覇権を狙う『反逆者ダグラス』を赦せなくても、ダグラスを討伐する国王側の立場の人は、マリーにとっても敵。

 自分が国王側に囚われることで、ダグラスの過激な行動を誘発するような事態は、絶対に避けたかった。


「ううん、この一ヶ月は、囚われていたようなもの」


 だからこそ、ダグラスはケントの親の敵だという魔法使いを巻きこみ、罠を張った。

 このタイミングで仕掛けた全面戦争も。

 マリーは、キュッとまぶたを閉じて、涙を止めた。

 全部、理解した。

 そして、理解したなら、次の行動に移らなくてはならない。


「ケントが雪の世界からあたしを出してくれたのなら、ここはパパのテリトリーじゃない」


 国王側だ。


「帰らなきゃ」


 最期はダグラスの顔を見て、毒を飲み干そうと決めていた。


──あなたのしたことを、あたしは死んでも赦さない。


 その想いを、間違いなく彼に伝えるために。

 手を耳にあて、そこでマリーは、雪の中でイヤリングを外したことを思い出した。


「あ………どうしよう」


 きっと雪の中で気を失ったときに落としてしまったのだ。

 往生際悪く部屋の中を見回して、ベッド脇の小さな台の上にあるものに、マリーは気付いた。

 イヤリングと、細かく砕けた黒い結晶が乗っていた。

 マリーは息をのんだ。


(ケント………!)


 細かく砕かれたものは、コールライト。

 マリーが封印し、自分では取り出すこともできなかったもの。

 ケントは、それを取り出し、壊してくれた。

 コールライトの歪みが心を汚染すると言ったマリーの言葉を、ちゃんと受け止めて。


 愛しい気持ちでいっぱいになって、マリーは思わずその部屋を飛び出した。


「ケント!」


 拘束の魔法が解けたから分からないだけで、ケントは隣の部屋にいるのではないかと思った。


 隣の部屋は、台所だった。

 そして、誰もいなかった。

 いや、動くものの気配がまったくなかった。

 自分の呼吸の音しか聞こえない。

 恐ろしいほどの静寂。


 マリーは、家の外につながると思われるドアも押してみた。

 ドアは開いた。


 家は、丘の上に立っていた。

 裸足に気持ちよさそうな草の丘がゆるやかに下り、そのむこうには森が広がっている。

 白い雲が、風におされて、ゆっくりと動いていく。


 遠くで鳥が鳴いている。

 だけど、それだけ。


 家の中にも、家のそばにも、誰もいない。

 マリーは、思わず自分で自分を抱きしめた。


 拘束の魔法は解かれた。


 マリーはここからどこへでも自由に行ける。


 どこへでも──独りで。


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