15 真実は終焉の鐘を鳴らす #マリー
なんだか身体の芯からゆっくりとあたたまって、ほわほわした気分だった。
目をあけてみたいような、このまま、まどろんでいたいような……。
重いまぶたをうっすらと開くと、ケントの姿が見えた。
なにか魔法の呪文を唱えてる。
声をかけなきゃ……。
そう思ったところで、マリーの意識はまた深いところへ沈んでいった。
*
見たことのない家のベッドで、マリーは目覚めた。
簡素なつくりの小屋で、壁のあちこちに練習魔法の攻撃の跡が残っている。
魔法使いの隠れ家っぽい感じの家だ。
そういえば、変な夢を見た。
ケントが魔法使いで、呪文を唱えていた。
似合いすぎるくらい似合ってたけど、そんなことはありえないのに。
(ケントは……)
いつものように彼の引力を感じようとして、マリーはハッとした。
ケントの引力がない。
拘束の魔法が解かれている。
それに、マリーの中に封印した人造魔法石コールライトも、奪われて、なくなっていた。
意識を失う直前の状況を、マリーは思い出した。ダグラスにケントの存在がバレて、マリーは吹雪の世界に閉じ込められたのだ。
その自分がベッドの上にいるということは。
「ケントっ」
マリーは飛びおきた。ケントがダグラスに殺されていたら──最悪の事態が頭をよぎり、彼を探さずにはいられなかった。
カツン! 硬質な音がマリーに応えた。
ベッドから飛びおきた拍子に、何か床に落ちたらしい。
マリーはとりあえず音をたてたものを探した。
すぐに、ムーンストーンの首飾りが見つかった。
はじめて見る首飾りだった。女性向けの繊細な細工がなされている。
マリーは、首飾りを手に取った。
すると、ムーンストーンが光った。
「なにっ」
『もしものときのために、術式を記録しておく』
「ケント!? どこ!?」
ケントの声が聞こえてきて、マリーはキョロキョロした。
そして。
『マリー、もしきみの魔力のオーラが戻っていたら、今から言う術式を復唱して』
続いた声に、マリーは声の出所を理解する。
「この首飾り……」
ケントが近くにいるわけじゃない。
首飾りのムーンストーンが、ケントの声を再生しているのだ。
(たしか、声を記録して再生する魔法があった。でも、魔力のオーラが戻るって…)
声のケントに誘導されるままに、自分の手を見たマリーは愕然とした。
青白い魔力のオーラが復活していた。
「!?」
マリーは混乱したが、ムーンストーンのケントは止まってくれなかった。
『いいかい? ちょっと長いけど、ついてきて』
呪文をすこしずつ、区切りながら唱えるケントの声。
すべてが自分の理解を超えていたけれど、とにかく復唱しなければと、マリーは必死にケントの言葉をくりかえした。
そして。
ちょっとどころではない長さの呪文を言わされて。
『以上だ』
「以上だ……あ」
呪文の終わりを知り、そして、マリーは絶句した。
最後の呪文を唱えた瞬間に、青白い魔力のオーラが消えた。ずっと、マリーを『魔女マリー』たらしめ、人波にまざることを許さなかったものが。
マリーの手からムーンストーンの首飾りがすべり落ちた。
理解、してしまった。
さっき夢うつつで見た、魔法使いのケント。
あれが、彼だ。
ダグラスと同等の魔力をもった、国王側のAランク魔法使いブラウン・イーグル。
魔女マリーを恐れず、拘束の魔法をかけ、一緒にいても大丈夫と言い切った。
彼が見せてくれた、たくさんの魔法石。
どれもこれも、昔、ダグラスが使っていたのと同じ、とても優しい輝きを持っていた。
あのときは、ダグラスが過去に使った石をケントが集めたのだと思った。
カアァッとマリーは頬を熱くした。
あの石たちを使ってきた魔法使いは、ケントだった。
かつてダグラスがそうだったように、彼も、石たちをひとつひとつ、大切にして。
熱をもった頬を、ぬるい雫が伝った。
恥ずかしさと、痛み。
──マリー、いい加減に気づかないフリはやめたらどうだい?
「アーサーおじさんの言うとおり…」
マリーがケントに惹かれたのは、彼に大好きだった父と同じ匂いを感じたからだった。
最初から魔法使いの彼と出会っていたら、きっと一目で恋に落ちて──そして、絶望した。
彼が国王側の魔法使いで、マリーはダグラスの娘だから。
覇権を狙う『反逆者ダグラス』を赦せなくても、ダグラスを討伐する国王側の立場の人は、マリーにとっても敵。
自分が国王側に囚われることで、ダグラスの過激な行動を誘発するような事態は、絶対に避けたかった。
「ううん、この一ヶ月は、囚われていたようなもの」
だからこそ、ダグラスはケントの親の敵だという魔法使いを巻きこみ、罠を張った。
このタイミングで仕掛けた全面戦争も。
マリーは、キュッとまぶたを閉じて、涙を止めた。
全部、理解した。
そして、理解したなら、次の行動に移らなくてはならない。
「ケントが雪の世界からあたしを出してくれたのなら、ここはパパのテリトリーじゃない」
国王側だ。
「帰らなきゃ」
最期はダグラスの顔を見て、毒を飲み干そうと決めていた。
──あなたのしたことを、あたしは死んでも赦さない。
その想いを、間違いなく彼に伝えるために。
手を耳にあて、そこでマリーは、雪の中でイヤリングを外したことを思い出した。
「あ………どうしよう」
きっと雪の中で気を失ったときに落としてしまったのだ。
往生際悪く部屋の中を見回して、ベッド脇の小さな台の上にあるものに、マリーは気付いた。
イヤリングと、細かく砕けた黒い結晶が乗っていた。
マリーは息をのんだ。
(ケント………!)
細かく砕かれたものは、コールライト。
マリーが封印し、自分では取り出すこともできなかったもの。
ケントは、それを取り出し、壊してくれた。
コールライトの歪みが心を汚染すると言ったマリーの言葉を、ちゃんと受け止めて。
愛しい気持ちでいっぱいになって、マリーは思わずその部屋を飛び出した。
「ケント!」
拘束の魔法が解けたから分からないだけで、ケントは隣の部屋にいるのではないかと思った。
隣の部屋は、台所だった。
そして、誰もいなかった。
いや、動くものの気配がまったくなかった。
自分の呼吸の音しか聞こえない。
恐ろしいほどの静寂。
マリーは、家の外につながると思われるドアも押してみた。
ドアは開いた。
家は、丘の上に立っていた。
裸足に気持ちよさそうな草の丘がゆるやかに下り、そのむこうには森が広がっている。
白い雲が、風におされて、ゆっくりと動いていく。
遠くで鳥が鳴いている。
だけど、それだけ。
家の中にも、家のそばにも、誰もいない。
マリーは、思わず自分で自分を抱きしめた。
拘束の魔法は解かれた。
マリーはここからどこへでも自由に行ける。
どこへでも──独りで。




