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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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14 懺悔 #ケント

 どこにもひずみのない、丸く閉じられた異空間。

 ダグラスが創り上げた『宇宙』は、彼の五十余年の叡智をかけた、見事なものだった。


 ケントには、まったく及びもつかない技の数々。

 術式の、たしかな構想力。

 こんなときでなければ、わくわくしながら読み解いていただろう。

 しかし、今、この術式を創り上げた魔法使いは敵で、この中に閉じ込められた少女を救うためには、時間がなかった。


 ケントは術式を解くことに集中した。

 そして。

 これが最後の術式──。

 ケントが最後の呪文を口にするのと、その声は同時だった。


「なにをもたもたやっとる。二時間経ったぞ」


 一瞬、声の主の方へと飛びかけた意識は、ギギ…と木の軋む音を受け、木箱に戻った。

 木箱が、四方に開いた。

 そして、中から出てきたのは雪のかたまり。

 雪の切れ目から、見慣れた服の柄が見えた。


「マリー!」


 ケントは雪のかたまりに駆け寄ると、急いで雪を払った。

 途中で幅広の布が雪と一緒にばさりと落ち、うずくまった体勢のマリーが現れた。

 肌は陶器のように白く、身じろぎひとつせずに在る姿は、よくできた人形のよう。


「マリー!!」


 ケントは最悪の事態を想像して、マリーに手を伸ばした。

 抱き寄せたマリーは、おそろしく冷たかった。

 けれど、小さな吐息が聞こえ、生きていると──自分は間に合ったのだと確かめられた。


 ホッと息をついたケントの頭上から、かすれた声が降ってきた。


「まるで大仕事でもやり遂げたような顔だな」


 顔を上げると、サジッタ一座の大天幕の上方に、ダグラスは浮かんでいた。

 最上位Aランクの魔力と、魔法学第一人者の貫禄。

 全身に緊張が走った。何が何でも守らないと、と腕の中のマリーを意識した。


「おまえが今、解いた術式は、基本の構文を中心にしたものだ。それに二時間もかけるとはな。おまえは独学が過ぎて、基本が欠けておる」


 ダグラスは、ケントの魔法解析力を批評した。

 魔法使いとして、先を行く天才魔法使いの低評価に胸の痛みを覚えつつ、ダグラスがどうマリーを奪いに来るのか、その一点に、ケントは神経を使った。


 そんなケントに、なぜか心外そうな表情を浮かべたダグラスは、

「そう警戒するな。悪いようにはせん。なあ、アーサー」

 同じ空間にいた、第三者に声をかけた。


「御意」


 アーサーがダグラスに応えた。

 その目は、忠誠を誓った王を見る目だった。


「!?」


 ケントは、心臓をわしづかみにされるような戦慄に呑まれた。


(だまされた……!)


 認めたくない、痛恨すぎる失態。

 イライザとマリーの絆は本物だし、そのイライザが頼りにする相手ならと、無条件にアーサーを信じた。罠にかけられたことだって、マリーやイライザを守る為という言い訳を信じたのだ。


 彼がイライザをだましている可能性を、考えなかった。

 ダグラスは、空中から降りてくると、ケントに話しかけた。


「少し話をしよう。その前に、そこの邪魔者は不要だな」


 そして、言うが早いか、ダグラスは魔法でマクネリーを殺した。

 下手に放置するわけにいかなかったから、眠らせて、そばに転がしておいたマクネリーを。


「何をする!」

「その男は害悪になるだけだ。甘っちょろいことを言って、がっかりさせないでくれないか。ケント、アーサーにマリーを渡して、わしと来い。さあ」


 歪んだ…狂気に染まった瞳。


「何をためらう。おまえとわしの思いは一緒だろう」

「いっ…しょ……?」


 ケントをうなずかせようとダグラスが口にした言葉は、逆にケントの中の怒りに火をつけた。


(一緒!? マリーを裏切って、覇権を狙うあんたと俺が!?)


「マリーは渡せない」


 ケントはマリーをぎゅっと強く抱きしめて、瞬間移動の呪文を唱えた。


  *


 ダグラスの追跡を避けるため、いくつかの場所を経由した後、ケントは野山の中にポツンと立つ小さな山小屋に移動した。


 王太子の私有地で、幼いケントと父親が無断で暮らした家だった。

 もちろん、今も無断使用にあたる。

 しかし、王太子がこの地を訪れたのはケントを保護したときの一度きりで、監査局の仕事を始めてから何度か勝手に使ったが、何も言われなかった。


 マリーをベッドに寝かせたケントは、彼女の口元の違和感に気付いた。

 確認してみると、いつも耳につけていたカルセドニーのイヤリングを、歯で噛んでいた。

 そっと取り出す。

 軽くはさんでいただけのようで、割れたり、傷ついたりはしていなかった。


 なんとなく、イヤリングの中の成分を明らかにする術式を唱えてみた。

 結果は。


「毒……!?」


 心臓が早鐘を打ち始める。

 人造魔法石コールライトが使い手の心を蝕むと言って、かつては優しい守護者だったダグラスの変容を嘆いたマリー。


(ああ、そうだ。マリーは俺を好きだと言って、ありがとうとは言ってくれたけど、俺と一緒に行くとは言ってない)


 あの告白は、おそらく別れの餞別のようなもの。


 マリーは、ケントと出会う前から、ダグラスの目の前で死ぬことを決意していた。死を持って、覇権への志を非難するために。彼女の死が他殺ではないと、間違いなくダグラスに伝えるために。


 そんな中で、ケントとマリーは出会った。そして、一ヶ月を共に過ごした。

 ケントの行動次第では、彼女の決意を覆せたはずだった。


 それができなかったのは。

 ケントが、誰かと手をつないで歩く未来は自分には無理だと決めつけて、マリーとの距離を縮めなかったから。


「ごめん。俺が臆病だったから──きみを止められなかった」


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