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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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13 雪 #マリー

 マクネリーの魔法を一身にうけた次の瞬間、マリーは冷気を感じた。


「雪っ?」


 冷たくてやわらかな結晶が、上からも横からも容赦なく身体にうちあたってくる。

 雪は、よほど北の地か、高い山にのぼらないと、なかなか見ることのできないものだった。

 雪の存在を知らない人もいるだろう。


 しかし、マリーは雪をよく知っていた。

 イリス一座で暮らすマリーの元に、ときおり魔法使いダグラスがやってきて、瞬間移動で雪山に連れて行ってくれたのだ。

 けれども、一歩間違うと、凍死する危険のある場所でもあった。

 ダグラスはマリーから目を離さず、一緒になって雪遊びをしてくれた。

 それが何よりもうれしくて、マリーは雪遊びが大好きになった。

 何度もおねだりした。

 おかげで、瞬間移動の呪文だけは覚えたのだ。


 マリーは、ゆっくりとまぶたを閉じた。

 瞬間移動には特別な力がいるからと、ダグラスが使っていた、黒い魔法石。

 思えば、あれが人造魔法石コールライトの使い始めだった。

 子どもだったマリーが、自分の楽しさに目を奪われて、その石の歪みに気づかず、彼に乱用させた。

 そして、彼の心の底に眠っていた権力欲を目覚めさせてしまったのだ。


(あたしが──すべての元凶だった)


 雪の世界を覆う、コールライトの歪み。

 マリーが奪ったほかにも、彼が大量にコールライトを生産し、使いつづけてきた証。

 彼の心が、今もコールライトに蝕まれているという証。


 ダグラスは、もう、マリーがここに囚われたことに気づいただろうか。


 ふいに、ケントの引力が弱まったことに、マリーは気づいた。

 マリーが閉じ込められている場所に、彼が向かって来ている?

 ケントからの引力はどんどん弱くなって──ああ、彼がマリーの目の前に立った。


「ケント」


 マリーは思わず手をのばし、歩いた。

 しかし。

 歩いたはずなのに、彼との距離感は変わらない。

 後ろをふりかえると、歩いた分の足跡がしっかりとついていた。


(ああ…そういうこと…)


 容赦なく体温を奪っていく、冷たい風。

 マリーに向かって襲いかかってくる、幾千、幾万の白いつぶて。

 頭に、肩にうちあたっては、降り積もっていく。

 視界をうめつくす雪を、マリーは見た。


 ここは、ダグラスの創り上げた特異な空間。

 ケントは、そこにいるのに。

 この雪の世界に囚われているせいで、ほんの一歩の距離を近づくことができない。


 おそらくケントは、アーサーに拘束されている。

 魔法医アーサー・ケインズ。

 世間の誰も知らない、ダグラスの()()。彼の影となり、すべてを共有し、人生を捧げて協力している人。


 マリーのことも、娘のように愛してくれた。

 だけど、彼の一番はダグラスで。

 ダグラスと敵対する今のマリーには、もっとも厄介な相手。

 ケントは下手な魔法使いよりも魔法を識っているから、おとなしくつかまっているつもりはないだろうけれど。


「ごめんなさい…」


 吹雪の世界に囚われたマリーには、彼の無事を祈ることしかできない。

 マリーは、腰に巻きつけていた布を取って頭からかぶると、しゃがみこんで小さくなった。


 雪の中で迷子になったら、走り回らないこと。体力を消耗するし、汗をかくと体温を奪われる。

 ダグラスが、子どもだったマリーに言いきかせたことだ。

 自分が必ず助けに行くから、動かないで待っていてと。

 皮肉な気持ちになって、マリーは唇の端を持ち上げた。


「早く来てよ。ここで待ってるから…」


 マリーは、カルセドニーのイヤリングを片方、耳から外した。


「ジェシー姐さん…お祖母ちゃん…ごめんね」


 占いの師匠で祖母のジェシーを、マリーは呼んだ。




『いいかい、マリー。これはね、使わせたくて持たせるんじゃないよ。特に、もう辛いから、逃げたいから。そんな理由では絶対に使わないでおくれ。人間一人の知見なんて、とてもちっぽけなものさ。もう無理だ、限界だ、どうにもならない──そんな風にしか見えなくても、思いもよらないところに救いはあったりするものだからね』


 ジェシーは、口をすっぱくして、何度も何度も、使ってはいけないとくりかえした。


『だけどね、私はこれをおまえに持たさなきゃならない。おまえが死を選ばなければ世界が暗闇に沈むと──そう確信したときのために』


 カルセドニー ──未来に希望を与える効果を持つ石──に包んだ毒を。




「お祖母ちゃん、ごめんね。あたし、お祖母ちゃんみたいに強く、まっすぐに生きられない」


 分かっているのに。

 彼は権力欲に囚われて、変わってしまったと。

 だから、マリーが死んでも止められないと。

 そう──分かってるのに。

 冷たい雪の中で、マリーはダグラスを待った。


「早く来てよ。『すべてあたしのため』なんでしょう? ねえ……もう終わりにしよう、パパ───」


 イヤリングを、マリーは口に含んだ。


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