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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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12 術式読解 #ケント

 サジッタ一座が公演に使っている大天幕に、ケントは案内された。


「マクネリーの事件の影響で公演が中止されていてね。今、もっとも人が来ない場所がここなんだよ」


 魔法医アーサーが言った。

 天幕内の片隅に、ちょうど人間一人が入りそうな、縦長の木箱が設置されていた。

 おぞましい量の魔法がかかっている。


「マクネリーが唱えたのは、移動の呪文だよ。マリーはこの中にいる。この箱の中──空間をねじまげて作られた、吹雪の世界に」

「吹雪の世界?」

「そう。歩けども歩けども、どこへもたどりつけない。あるのは、四方八方からふきつけてくる吹雪だけ。もちろん、きみといえど、その世界を論破し、脱却するのは、難しいだろうね。ダグラスは、内側からやぶられることのないように、空間をまるく閉じたと言っていた」

「まるく閉じたって……宇宙を作ったってことじゃねーかよ!」


 ケントはぞっとした。

 宇宙を作るなんて、神の領域──レベルが違い過ぎる。

 入都許可証の作成や、都の護り無効化。立て続けに格の違いを見せつけられ、怖気付いてはいたのだが、トドメを刺された気分だ。


 魔法学の第一人者ダグラスの持つ技術は、ケントには遠すぎる。


「マリーはどのくらい……もつ?」


 自分への信頼を失ったケントは、おそるおそるアーサーに尋ねた。


「なんともいいにくいが……できれば一時間以内に」

「くそっ」


 ケントは木箱にこぶしをぶつけた。

 魔法の術式の量が膨大すぎて、どこから手をつけたらよいのかも分からない。


 いくら拘束の魔法が生きているからといって、自分の代わりにマリーが囚われて、無事でいるなんて楽観はしていなかった。


 それでも。

 いつ様子見に来るか分からないダグラス。

 今も、マリーの命を確実に削っている雪の世界。

 この状況下で、取っかかりの糸口すら見えない膨大な術式は、ケントの心を押しつぶしそうなほどに重くのしかかった。


「ねえ。お取り込み中のところ、悪いんだけど」


 ふいにサンドラの声が響いた。

 一体いままでどこにいたのか。そして、いつ現れたのか。

 大天幕の入り口に、サンドラはふてぶてしく腕組みをしながら立っていた。


「なんだよ、この大変なときに!」


 ケントは遠慮なく非難した。


「お別れを言いに来たのよ。あんたのことは見込み違いだったから」

「は?」


 詐欺仲間にならないかと誘った件はナシにする。

 サンドラはそう言った。


(空気読んで勝手に消えりゃいいのに、なんだよ、くそっ!)


 ケントは、(とが)る感情のままに彼女を睨みつけた。

 だが、もちろん、そこでひるむ女じゃない。


「ふふっ、勘違いされるのはゴメンだから、言いにきたのよ。いい? 一回しか言わないから、ちゃんと理解しなさいよ? つまりね、最後の最後に父親に命を救われて親の愛情を受け取った──あんたはあたしの嫌いな甘ったれだから、仲間にはいらないってことなの! じゃあね!」


 一方的に言いたいことを言うと、サンドラは背を向け、あっという間に去っていった。

 言い逃げされたケントは、数秒、ぽかんとして。

 それから。


──あたしはね、愛とか優しさとか語って、綺麗なつもりでいる甘ったれた奴が大嫌い。


──あたしもあなたも、愛なんてまやかしに毒されていないからこそ、真実の世界を生きていける。


 サンドラの言葉を思い出した。

 ケントの心に強く響いた言葉だった。

 彼女を、自分に近い存在だと思った。


 だけど。

 サンドラはそれを否定したのだ。

 ケントは違うと。

 愛を信じる者の世界にいるのだと。


 マリーとの旅の途中で、自分が作った魔法の札を師匠作だと偽ったとき。

 師匠と表現し、頭に思い浮かべた人物は父だった。

 ろくな食事も与えられず、練習魔法に失敗すると暴力をふるわれる毎日だった。それでも、上手くできたときは、「さすがは俺の息子だ」と褒めてくれた。


 それに。

 母や、育児放棄されて入った施設の人間たちは、ケントに怯えてほとんど近寄ってこなかった。

 今から思えば、父は、二十四時間、ひたすらケントにかまってくれた人だった。

 ケントが魔法を習得できるよう、ああでもない、こうでもないと考えてくれた。

 最期は、マクネリーの魔法攻撃からケントをかばって死んだ。


(ああ、そうか。俺が、魔法を研究し続けてきたのは、それが父との唯一の絆だったから)


 マリーを好きになって。

 でも、互いが互いを思いやる優しい愛の関係なんて、自分には築けないと思っていた。

 そんな素養、自分は持ち合わせていないと。

 だから、恐れていた。

 マリーとの関係が深まることを。

 だけど。

 ケントは、グッと握りしめていたこぶしを開いた。


(俺は、サンドラとは違う)


 愛することも、愛されることも。

 ケントの心の中にあった。

 クリスにも、愛されてきたと思う。


 ケントは、サンドラが消えていった天幕の入り口を見た。

 別れの挨拶なんてガラじゃないくせに、途方にくれるケントにハッパをかけていった。


 ケントの父が殺された話をしたとき、話を止めようとしたサンドラ。

 あの時点で彼女は気づいていたはずだ。

 ケントは自分の世界には来ないと。

 もう用済みで、何の利用価値もないと。

 それなのに、ケントに付き合い、休息を与え、大事な気付きを与えていってくれた。

 もちろん、サンドラにはサンドラの損得勘定があるのだろうが。

 それでも、魔法使いダグラスに目をつけられるリスクを冒しての助言は、損得勘定から出た行動ではありえない。


(ありがとう)


 心の中でサンドラに礼を言って、ケントは木箱と向き合った。

 魔法使いダグラスが創り上げた、壮大な魔法の術式に。


  *


 これが最後の術式──。


 ケントが最後の呪文を口にするのと、その声は同時だった。


「なにをもたもたやっとる。二時間経ったぞ」


 魔法使いダグラスが、サジッタ一座の大天幕の上方にあらわれ、ケントを非難した。


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